「凰壮、私たち別れようか」
「いいけど」
「え」

思わぬ展開に頭が真っ白になる。
私はただ凰壮の驚く顔が見たかっただけなのに。いつも冷静で余裕ぶってるこの男を、エイプリルフールを利用して、なんとか平伏してやりたかっただけなのに。そしてあわよくば、私と別れたくなんてないと縋ってくる凰壮を見てみたかっただけなのに。

それがまさか、こんな簡単に受け入れられるなんて思ってもみなかった。

「え、マジで言ってる?」
「なに、お前から言い出したんじゃん」
「え、いや、まあ、それはそうだけど、さあ」
「俺も最近忙しくてお前に時間作るの面倒くせえって思ってたし、お前も別れたいって思ってたんなら丁度いんじゃね?」
「あ、そ、そうですね」

いや、よくない。丁度よくない。全然よくない。
けれども凰壮の本心を聞いてしまった以上、今更「うそでーす」なんて間抜けなこと言えやしない。私は嘘でも凰壮は嘘じゃないわけだし。嘘だと告げたところで、凰壮の気持ちが変わるわけではないのだ。これは後には引けない。

「えっと、あの、じゃあ、今までありがとう、ございました……?」
「なんで敬語?」

凰壮が可笑しそうに笑った。どうしてこんな時に笑えるのか、なんて思ったけど、凰壮的には円満な別れに他ならないのだから仕方がない。口は災いの元と昔の人も言っている。先人たちの言葉は信じて損はない。亀の甲より年の功。私たちより経験豊富な人間の教えには真理が隠されているのである。
こんな嘘、エイプリルフールだからってつかなければよかった。そうしたら、こんなことにならなかったのに。
でも、こんな嘘つかなかったら、凰壮はずっと無理して私と付き合っていたのかもしれない。それはそれで悲しい。だったら、凰壮の負担を少しでも減らせてよかったのではないか。少しでも凰壮の役に立てたのなら、それでよかったのではないか。そう思わないと、涙が溢れてしまいそうだった。

「えっと、あの、凰壮とね、最後にしたデート、楽しかったよ」
「……最後っていつだっけ」
「……二か月前に行ったやつ。映画見た」
「ああ、そういえば行ったな」

そういえば、だって。私は楽しかったのに。そのデートだって、すごく久しぶりのデートで、私は嬉しかったのに。凰壮にとっては面倒くさいことだったのかもしれない。面倒くさがりだからな、凰壮は。

「あ、あと、誕生日にもらったの、あの、ぬいぐるみ、毎日一緒に寝てるの」
「そう」
「うん。あと、凰壮ととった写真ね、定期入れに忍ばせてあって」
「……へえ」
「お、凰壮が、次の大会も優勝できますようにって、内緒で、お守り作ってたんだけど」
「…………ふーん」

この際だから、今まで恥ずかしくって言えなかったこと全部言ってやろうと思って、凰壮との思い出を記憶の中から掘り起こせば、ムカついたこととか悲しかったことよりも、楽しかったことばっかり思い出されて、やっぱり声は震えるし、涙だって抑えれるわけなかった。

「……何泣いてんの」

凰壮の顔が見れないから、どんな顔をしているかはわからないけど、きっと不機嫌に違いない。凰壮は、あんまり泣かれるのが好きじゃないって言ってた。面倒くさいのは嫌いだからって。
でも本当は、優しいから、誰かが泣いてるの見たくないだけなんだろうなあ。だから、凰壮のこと好きになったの。口からでる言葉よりも、ずっと優しいから。

「お前が言ったんだぜ、別れたいって」
「そ、そう、だけどぉ」
「お前さ、泣くほど俺のこと好きなの?」
「う、す、ひっく、好きい……」

泣いてることに託けて、本心をぶちまけてしまった。さっきまでだったら、きっと自尊心や羞恥心が邪魔して言えなかっただろうけど、泣いてる時くらい勢いに任せて素直になってしまってもいいと思った。
なにより、凰壮の声が優しいから。

「ふーん……。別れたくない?」
「別れたくない、別れたくないよお」



「あ、そ。これに懲りて、下らねえ嘘吐くなよ」



ん?嘘?

凰壮の言葉に顔を上げれば、凰壮が口の端を吊り上げて笑う。そして「お前馬鹿だなあ」と言って、私の涙を拭った。
私はというと、驚きで涙が止まってしまっていた。

「え、凰壮、嘘だってわかってたの」
「だってお前、顔二ヤついてんだもん。嘘吐くの下手すぎだろ」
「え、じゃ、え?凰壮のは?」
「うそ」

何それ酷い!と批難の声をあげれば「お前が先に吐いたんだろ」と言われ、ぐうの音も出なくなる。

「ま、別れたくないって縋ってくる夢子見れて、俺はラッキーかな」

凰壮がからかうように笑ってくる。
酷いなあ、私を辱めて楽しんでるよ。なんて酷いやつだ。
悔しいから、来年こそは絶対凰壮のこと平伏してやろう、なんて性懲りもなく考えた。



(2013.04.01)

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