パスタの木っていうものがあるらしい。どういう形状をしているのだろうか。わたしが瞬時に思い描いたのは、枝から麺一本一本が枝垂れ桜のようにお辞儀している様だった。けれどもパスタというのは、茹でる前はそれはそれは固く、しかし少し力を銜えただけで儚く折れてしまうものなので、それはきっと間違いなのだろうと考えを改めた。では、あんな折れやすいパスタが雨や風に晒されてなお、折れずに生き残っているのは、とても低い確率なのではないか。一体、どうやってパスタは、私たちの食卓に運ばれるまでにどんな苦難を乗り越えているのだろうか。
私がうんうん唸っていたら、パスタの木の存在を教えてくれた張本人、竜持くんが「ビニールハウスで栽培されているので意外と大丈夫なんですよ」と微笑みながら言った。
なるほど、さすが竜持くんは博識だなあ、なんて感心した。



「馬鹿じゃないの、パスタの木なんてないよ」
「ひょえ」

友達の冷めきった視線と辛辣な言葉に変な声が出た。
給食の時間、班の子たちと机を向い合せて食べていた。今日の献立はパンとコロッケとサラダとリンゴで、「たまにはパスタとか食べたいよねえ」と友達がフォークを巻きつけるような動作を見せながらぼやいたことで、パスタの木のことを思い出し得意げに話したら、みんな呆れたように顔を引き攣らせたり、失笑した。

「誰から聞いたの、そんな話」
「りゅ、竜持くん」
「それ絶対馬鹿にされてるよ。夢山さんちょろいなーって思われてるよお前」

目の前の友達は溜息を吐きながら、コロッケを挟んだ食パンを齧った。

なんということでしょう!
私は竜持くんに騙されていたのです!竜持くんはクラスで一番頭のいい男子だから、すっかり信じてしまった。
騙されたのか、そうか、嘘吐かれたのか。
そう思うとお腹の中がムカついてきて、さっき食べたコロッケの衣が胃の中で一寸法師みたいに暴れ回っているような痛みにも似たようなものを感じた。

ああ、あの竜持くんの微笑みを思い出すと、ムカつく。



「ちょっと、竜持くん!」
「おや、どうしたんです?何怒っているんです?」

給食も終わり昼休み。教室から出て行った竜持くんを踊り場で捕まえて睨みつけると、竜持くんは楽しそうに笑った。どうしてこんなに敵意むき出しの人間を前にして、そんな屈託なく笑えるのだろうか。

「さっき!の!嘘だったんだって?」
「さっき?」
「パスタの木だよ!」

半ば叫ぶような声に、竜持くんがきょとん、とした顔をした。
予想外の反応に、え、嘘じゃないの?と私も鳩が豆鉄砲くらったような顔をしてしまった。(鳩が豆鉄砲くらった顔なんて見たことないのだけど)しかしそれを見て竜持くんがまたクスクスと笑うので、瞬時に「騙された」と理解して、怒りと羞恥で顔が赤くなる気がした。

「今日はエイプリルフールですから」

だから何嘘ついてもいいんですよって竜持くんが笑う。
そういえば今日は四月一日だった。
そう言われては、先ほどまで口から飛び出そうとしていた文句も、喉の奥に引っ込んでしまった。今日は一年で唯一、嘘を許された日なのだ。警戒していなかった私のほうが悪いのかもしれない。
けれども苛立つことには変わりないので口をへの字にして噤んだら、竜持くんはやっぱり愉快そうに笑った。

「じゃあそういうことだから」

教室に戻ろうと踵を返すと、「夢山さん」と背中に竜持くんの声を聞いた。
小さく振りかえると竜持くんは薄く微笑んで「僕、夢山さんの怒った顔好きです」と言った。「というか、夢山さんのこと好きなんですけど」と更に付け足す。
一瞬、思わず顔が熱くなったけれど、すぐに「四月馬鹿」という言葉が脳裏によぎりハッとして、頭を左右に振った。

「もう竜持くんの嘘になんて引っかからないからね」
「嘘ですかー……」

竜持くんがまたクスクス愉快そうに笑った。何が面白いんだろうと思って訝しげに竜持くんを睨みつけたら、竜持くんが小さく微笑んだ。

「夢山さん知ってますか?」
「なに、また嘘?」


「エイプリルフールって、嘘ついていいの午前中までなんですよね」


その言葉に、目を丸くする。
さっき、給食を食べ終えたから、ええっと、今は、一時過ぎ……。

「……」
「……」
「……また嘘?」
「さあ、どうでしょうねえ」

クスクス笑う竜持くんを前に、今度は違う意味で顔が赤くなった。




なんで四月一日から学校に行っているのかなんてそんな野暮な疑問は……(2013.04.01)

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