もっとずっと先のことだと思ってたのになあ。思ってたよりも、ずっと早く来てしまった。だって、まだあの子らはたった十二歳なのに。もう別れの時が来るなんて、やっぱり早すぎる。
そんなことを言ったら、三人とも「何言ってんだか」って呆れたように肩を竦めた。別に今生の別れになるわけでもないだろ、って。凰壮なんて「ずっと一緒だったんだから、少しくらい離れるのがちょうどいいんだよ。清々するぜ」なんて少しばかり冷たいようなことを言った。確かに三人は兄弟だからなんだかんだいつまでも離れることだってあるわけないだろうし、元々サバサバした子たちだから私みたいにウジウジ寂しがることなんてないのだろうけど。でも、私はあの子たちと違って、言ってしまえば他人なのだ。帰る家が同じ、あの子たちとは違う。いつまでも、兄弟っていう繋がりがあるあの子たちとは違って、私は離れようと思ったらいつだって離れてしまうんだ。そう思ったら、いくら幼馴染とは言えど、少し寂しくて、羨ましい。いいなあ、兄弟って。



一足先に私たちへ別れを告げたのは虎太だった。スペインにサッカー留学するのだと。今日はみんなで空港まで虎太を見送りに行った。
メールしてね、電話もしてね、まめに連絡絶対頂戴ね。寂しかったら教えてね、会いに行くからね、暇が出来たら帰って来るんだよ、夜が怖くても泣かないでね、泣くんだったらちゃんと教えてね。虎太の電話だったら、いつでもちゃんと取るからね。
一息にそう言うと、虎太は照れたように頬を染めて「子ども扱いすんなよ」と言った。
そうか、もう子供じゃないんだなあ。一人で海を渡って、夢に向かって走り出す虎太は、子供なんかじゃない。年上の私なんかよりずっと、大人なんだ。そう思ったら、やっぱり少し寂しいね。
竜持は相変わらず憎まれ口を叩いて「虎太くん、僕にだって電話していいんですよ?寂しがり屋の大きな赤ちゃんに、子守唄歌ってあげますからね」なんて笑う。「うるせえ」って虎太が頬を膨らました。いつも通りの光景に、少しばかり頬が緩む。まるで、しばらく会えなくなってしまうなんて思いもしないくらい。
ひとしきり皆でふざけ合って笑って、いよいよ虎太が飛行機に乗り込もうという時になった。私と竜持が「元気でね」と虎太に手を振ると虎太もニッと得意気な笑顔を見せた。
「じゃあな、凰壮」私たちを見ていた虎太が視線を横にずらして、今度は凰壮に声をかけた。そういえば凰壮、ずっと黙ってたなあ、なんて思って凰壮の方に視線を向けると、凰壮はぼんやりした目で虎太を見ていた。凰壮?って不思議に思って呼びかけたら「あっ……ああ、元気でな、虎太」と慌てたように返事をする。

「やだなあ、凰壮くん。まだ寝ぼけてるんですか、相変わらずですねえ」
「お前、俺がいなくても朝のランニングさぼるなよ」

竜持と虎太がからかうように笑った。凰壮は「ああ」って短く返事をして引き攣ったように笑った。

どうしたんだろう、凰壮?



虎太を見送ったら、桃山町まで竜持と凰壮と一緒に帰って別れた。私はまっすぐ家に帰って、自分の部屋でダラダラしていたのだけど、夕方くらいに来客が来て驚くことになる。
来客とは、凰壮だった。

「凰壮、どうしたの?」

部屋に訪れた凰壮はゴロン、と年上の女の子のベッドに無遠慮に寝転がった。何も言わず、ぼおっと天井ばかりを見ていて、なんだか元気がない。
どうしたんだろう。凰壮がこんな風に元気がないの、初めて見た。元気がないこと自体、相当珍しい。何も言わない、元気のない凰壮に戸惑って一人オロオロとしていると、凰壮が「俺さ……」と天井を見つめたまま呟いた。

「……うん?」
「ずっと、煩わしかったんだ、三つ子ってこと」
「……そう」

突然、凰壮の気持ちを吐露されて、私は一瞬答えに戸惑った。相槌を打つので精一杯だった。凰壮が自分の気持ちをこんなふうに話すのは、長い付き合いだけれど初めてのことだったと思う。

「うん。特に虎太なんて、暑苦しい奴だって思ってた。だから、正直、清々するって言ってたのだって、本心だったんだ」
「うん」
「でも……いざさ、こういう時が来たら、案外……寂しかった」
「……そっか」

うん、と凰壮が相槌を打つ。ベッドに寝転がる凰壮に近づくようにベッドの横に腰掛けたら、凰壮が寝返りを打って、私のほうを見つめた。空港で、虎太を見送った時のようにぼんやりとした虚ろな、寂しそうな目だった。
凰壮って、案外鈍感なんだね。直前になるまで、自分の気持ちに気付かないだなんて。人の気持ちにばっかり敏感で、自分の気持ちに鈍感なんて、馬鹿だなあ。

「凰壮、どうして、私のとこに来たの?」

凰壮が、こんな風に弱って、私に頼ることが珍しくて不思議に思った。(弱ること自体珍しいのだけれど)だからって、彼は、人に弱みを見せるような人じゃないのに。
凰壮は私を見つめたまま少しだけ目を細めて「竜持にこんなとこ見られたら、あいつ、泣いちゃうだろ」と言ってフッと笑った。あいつ、口ばっか達者で、ただの強がりだからさ、と。悲しそうに笑った。

私だって、泣いちゃうよ。凰壮が、あの憎まれ口ばっかり叩いて、飄々とした凰壮が、こんなに寂しそうに、泣きそうにしてたら、私だって悲しくって泣いちゃうよ。

「私は、泣いてもいいの?」

思わず、泣きそうになるのをグッと耐えて尋ねると、凰壮は顔を歪めて笑う。

「お前は、俺を慰めて」

お前が泣いたら、俺が慰めてやるから。

凰壮が私の手を取って、自分の頬に添えた。縋るように目を閉じる凰壮がたまらなく愛しくなって、空いてる方の手で頭を撫でた。髪の毛を指に絡ませて、現れたおでこに唇を落とすと、凰壮が薄ら目を開けて「なにしてんの」と小さく呟いた。

「……えっと……何してんだろうね」
「……」

凰壮が、ジッと私を見つめる。寝転がっているから、必然と上目づかいになっていた。
だって、だって、凰壮が、寂しそうだから。寂しくって、悲しそうだから、だから、励ましたくなったの。護りたくなったの、凰壮のこと。

「凰壮が、寂しそうだったから、つい……」
「……」
「……え、えっと……」
「夢子」
「は、はい」

もう一回してよ。

相変わらず上目遣いの凰壮が、目を逸らさずに言った。
甘えたな凰壮って珍しい。今日の凰壮は、珍しいとこばかり見せる。きっと、ずっと兄弟を煩わしいのだと思ってた分、こんなに寂しがってしまった自分自身に戸惑ってるんだろうなあ。

「凰壮」

愛しい。愛しいの、この人が。いつも悪ぶった口調で、その癖優しくって、大人びてて冷静で、でも自分のことには鈍感で、寂しいってことにも、兄弟のことが好きだってことにも、全然気づけなかった、この人が。
愛しいの。

今度は、凰壮の唇にキスをする。
少しだけ触れて、ゆっくり離れると、それと一緒に凰壮の閉じていた瞼がゆっくり開いて私の瞳を覗き込んだ。

「俺……お前のこと好きかも」

なにそれ。
遅いよ、キスしてからそれ言う?
凰壮、やっぱり鈍感だなあ。直前になるまで、自分の気持ちに気付かないなんてさ。

「寂しい時は、頼ってね」

凰壮が一人で泣いてたら、きっと私も泣いちゃうから。

そう言うと、凰壮は「お前の前以外では泣かないよ」と、眉を下げて笑った。





凰壮くんのキャラソンきいてると(2013.03.04)

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -