※高校生くらい






「夢子」
「んー、な……」

ちゅ。

「……」

キスされた。





今日は彼氏である凰壮が珍しく部活が休みだというので、家に御呼ばれされた。
だからといって特別何をするわけでもなく、凰壮は自分のベッドに背中を預けて座って、帰り道に寄ったコンビニで買ってきた某週刊少年マンガ雑誌に読みふけっていているので、私も凰壮の右横に腰掛けて黙ってテレビを見ていた。
最近夢中になっているドラマの再放送は、その昔四十パーセントの視聴率を叩きだした伝説のトレンディードラマであり、帰宅部である私の放課後における現在最大の楽しみでもあったのだ。今日は怒涛の最終回。強気で意地っ張りでその癖ドジなどうしようもない主人公が、惹かれ合っているにも関わらず恋人がいる会社の上司と、上手くいくかどうかの瀬戸際なのである。胸を締め付けるような展開に、私は生唾を飲み込んでその行く末を見守っていた。
職業女子高生などという人生の辛酸を欠片も味わっていないような一小娘の私にとって、大人たちが繰り広げる大人の恋愛トレンディードラマは見本手本教本であり、また、私も大人になったらこういう恋愛をするのだろうか、と思わせた。加えて、いわゆる「バブル期」の作品であるということも手伝って、ポップで華やかでいちいちシャレている正にその時代を反映したトレンディな世界は、私にとって羨望の的でもあった。

「(私もいつか、こんなオフィスラブがしたいなあ)」

私は感嘆の溜息を吐いた。

凰壮と付き合い始めたきっかけなんてトレンディのトの字もない、有り触れた平凡なものだった。
とはいっても、降矢凰壮というまさしくトレンディードラマから出てきたような、かっこよくて実力もあって周囲の憧れの存在である人間と私みたいなそれこそ平凡な人間が付き合えたこと自体、劇的なドラマみたいな話なのだけど。
始まりはクラスが一緒で、委員会も一緒で、用事があったら話すような仲になって、それで私が困っていたらよく助けてくれる凰壮を好きになって、告白して、オッケーもらって、そしてなんだかんだ付き合って一年という、まあどこかで聞いたことのある恋物語である。もちろん、私にとっては大事な大事な思い出だ。
けれども、ドラマみたいな恋がしたい!という願望は、また別の話である。デザート的な。別腹的な。そんな話。

とはいうものの、この先凰壮以外の人と付き合いたいとも思わないし、恋の相手は凰壮がいい。
ならば、オフィスラブをするためには、凰壮と同じとこに就職しなければならないということになるが、彼氏に合わせて進路を決めると言うのは如何なものか。自分の進路ぐらい、真剣に考えたい。凰壮は将来やるべきことをこの歳で既に決め、それに向かって努力している人なのだ。ただでさえ凰壮に釣り合わない平凡な一小娘である私が毎日ぐうたらと夕方ドラマの再放送だけを楽しみに生きている時点で、かなり劣等感に浸れる話であるというのに、更に進路まで夢も目標もないがしろに決めてしまっては、凰壮の隣にいる資格なんてないじゃないか。っていうか、そんなの恥ずかしくて「凰壮の彼女」と胸を張れない。もともと貧乳なのに。

大体凰壮は、スポーツ選手だし、オフィスラブには成り得ないんじゃないか?
それでは何ラブがあるの?スポーツラブ?なにそれただスポーツが好きな人みたいじゃん。

などと考えている内に物語は佳境へ。
意中の上司がアメリカへ転勤することが決まってしまった。
ああどうなる主人公!それに上司の恋人も見ていて切ない。ああ、二人とも幸せになる方法は……!

「夢子」

そして物語は冒頭。
テレビに釘付けになり手に汗握っているところ、先ほどまで微動だにせず雑誌に視線を落としていたはずの凰壮が、私を呼んだ。
もう、今いいところなのに!
私は「んー」と生返事しながら惜しそうにゆっくりとテレビから凰壮の方に首を回して、「なあに」と尋ねようとした、その時だった。


ちゅ。


目が合って、コンマ一秒。振り向いた瞬間にキスされた。
いや、目が合ったかすらも、よくわからない。
気付いた時にはキスされて、でも一瞬で離れて、甘い雰囲気とかなんにもなく、凰壮は私を見つめることすらなく、すぐにまた何事もなかったように雑誌に視線を落とした。本当に、一瞬の出来事だった。
一連の動きはまるで流れるようにスムーズで、呼吸をするように自然であった。

私は再び雑誌に夢中になってしまった凰壮の横顔を、眉を顰めて眺めてから、またテレビに視線を戻した。


「(またか……)」


凰壮が、こうやってキスしてくるのは、初めてではない。
むしろムードがあってキスすることの方が珍しい。
凰壮のキスは大抵、さっきのように突然やってくる。凰壮の気の向くままに。思いつきのように。

トレンディードラマに憧れる私にとって、それは物凄く不満である。
もっと、こう、ムードを大切にしたい。劇的な展開の末、高まる感情の中、夢のような素敵なキスがしたい。
しかしながら、あんなに突然やってきてしまっては、緊張する間もないじゃないか。実感もできない。

その癖破壊力があるから性質が悪い。だって、好きな人に突然キスされたら、ドキドキしないはずがない。直後は実感がなくても、後からジワジワくるものがあるのだ。
ほら、もう、ドラマの内容が頭に入ってこない。


しばらく、ぼんやり液晶の向こうで動き回る役者を眺めていたら、暖かい何かが手に触れた。
驚いて視線を向けると、膝に雑誌を乗っけたままの凰壮が、右手で私の左手をとっていた。
なんだ?と思って私も凰壮が触る私の左手に視線を向けると、その手が凰壮の右手に誘われるように凰壮の唇まで引かれ、そして今度は指先にキスされた。
な、なにを……!

「う、あ、ちょ」
「何どもってんだよ」

凰壮がニタリと、意地悪い顔で笑った。

だって、指先って、なんか、敏感というか、なんというか、とにかく緊張する。

慌てる私にお構いなしに、凰壮が今度は手の甲を包むように持って、手のひらにキスをした。
ひやあ、と変な声が漏れて恥ずかしいけれど、そんなこと気にしている場合ではない。さっきまで心臓にジワジワと浸食していた緊張が、突然押し寄せてきて、全力で動く心臓に合わせて体も熱くなってきた。それに、こんなに一度にたくさんキスされたことなんて、ない、し。

凰壮はそんな私を鼻で笑って「手、弱いのかよ」とからかうように言った。

「じゃあ、こっちは?」

そのまま手を握られて、凰壮の方にグッと体が引っ張られる。
力が加えられ、前に倒れるように凰壮に近づくと、今度は空いていた左手が伸びてきて、私のおでこを触った。髪を掻き分けられて、また、触れるだけのキスをする。
はあ、と思わず息が漏れて目を閉じると、瞼、頬、また唇と色んなところにキスが落ちる。

「(も、これ、どうしよう)」

と、トレンディードラマでは、こういう時どうするんだっけ?と私の教本であるドラマを参考にしようと思ったが、如何せんトレンディードラマはムードに重きを置いていたので、こんな脈絡のない展開、教本には載ってなかった。
私はいっぱいいっぱいで、ただただされるがままであった。

ひとしきり凰壮の満足いくまでキスされると、体が離された。
私はただキスされてただけなのに、緊張からか心なしか息が切れていて、また、はあ、と息を吐くと凰壮がフッて笑ったのが聞こえた。

馬鹿にしたような凰壮の態度がムカついて「満足した?」と少し乱暴な声で尋ねると「お前は?」と聞き返されてしまった。


「お前は?満足した?」
「……うん」


じゃあいいじゃねえか。
そう言って凰壮はまた雑誌を読み始めてしまった。


なんだよそれ、と内心ツッコむが、鼻うた歌って楽しそうに口角があがっている凰壮の横顔を見たら、乱暴な気持ちはどこかへ行ってしまった。


凰壮ってほんとマイペースだけど、こんなに心臓をドキドキさせてしまうのだから、まあこの人ならトレンディーじゃなくてもオフィスじゃなくても、なんでもいいやって思った。


テレビに視線を戻すと、ドラマはいつの間にかエンディングを迎えていて、聞きなれた名曲が流れてハッピーエンドで幕を閉じた、みたいだ。














キス魔…?(2012.10.4)

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