まるで天の川で引き裂かれた織姫と彦星のようだ、と自分の境遇を嘆いたのが四十一日前。それから毎日枕を涙で濡らしてはせめて夢だけでもあなたに会いたいと細やかすぎる願いを胸に秘め、すっかり冷えた枕に頭を預けつつ祈りながら眠りにつく日々。しかしながら人間の脳みそはそんなに単純にできてはいないらしく、彼は一度も夢の中には現れなかった。ああなんて憎い人。
藁にも縋る思いとはよく言ったもので、私が縋ったのは笹の葉であった。私と同じ境遇をもう幾億年過ごしたか分からない織姫さまなら私の願いを叶えてくれるでしょうと、七夕をすっかり過ぎてしまったにも関わらず季節の趣なんて露にも気にしない私の部屋にあった片づけそびれたミニサイズの笹の葉に、私の想いの丈を綴った短冊を家族に見られないようにと見えにくいところにそっと飾った。

虎太くんに会いたいです。と。

しかしながら七夕でもない織姫さまは、てめえの願いなんか知ったことかというように私の願いなど一向に叶えてくれなかった。それもそうだ。一年に一度しか会えない織姫さまは今まさに彦星断食中なのである。きっと彦星不足で飢餓寸前なのだろう。そんな人が、たかだか四十一日会えないだけの私に同情するはずなどない。しかも私の場合、ほんの少し勇気を絞り出せば織姫さまに願わずともこの願いは成就するのだ。
なぜなら私と虎太くんを引き裂いているものは天の川でも身分でも国境でもはたまた時空でもなんでもなく、ただの夏休みという、小学生にとってはハッピーなサマータイムなのだ。

では何故織姫さまに頼るだなんて天文学的確率に等しい可能性にかけるという無謀なことをしているかというと、それは私と虎太くんの関係性にある。
私と虎太くんは別段仲がいいというわけではない。ステータスとしては、クラスメイト。クラスが一緒。ただそれだけ。
もちろん用があれば喋るしラッキーな日には挨拶だってする。さらに神さまのご加護があれば目が合ったり肩がぶつかったり学校以外で見かけたりもできる。
……ただそれだけ。

ただそれだけの関係である私が、クラスの否学校の人気者である虎太くんにプライベートで会えるはずなんてない。「会いたい」だなんて家電してみろ。「なんでだ?」と聞かれるのが落ちだ。だって私と虎太くんは今まで、偶然を除き学校以外で会ったことなど一度もない。
なにせ私たちは、ただのクラスメイトなのだから。

一縷の望みであろうと夏休み前には予想していたラジオ体操にも、虎太くんは現れなかった。折角眠い目をこすり参加していると言うのに。
なんでも、三つ子はラジオ体操には出ず自主トレをしているのだと、ラジオ体操に来ていたクラスの女の子たちが話しているのを聞いた。
確かにあの三人なら「夏休みぼけしている人たちに合わせてラジオ体操なんかするよりも自主トレでもしていたほうがよっぽど効果的ですよ」と言ってる姿が容易に想像つく。因みにこの脳内で再生されているイメージ映像だと喋っているのはもちろん口が達者な竜持くんだ。凰壮くんは後ろで同意するように鼻で笑っていて、虎太くんはうんうんと頷いている。あ、イメージ映像でも虎太くん可愛い。

虎太くんに会えない日に比例してラジオ体操のスタンプは増えていき、本当は「ラジオ体操」などではなく「虎太くんと会えない体操」に参加してしまっているのではないかと錯覚してしまうほど、私のスタンプカードは着々と赤いインクで埋まっていった。
まるで私の砕かれた望みが血の涙となって滴っているようだった。
虎太くんが来ないラジオ体操なんて、もう。



しかしながら恋する乙女というものは随分活力的なものであるらしく、恋のパワーというやつは内気な私をも変えた。
と言っても微々たるものであるのだが。

一度だけ、虎太くんの試合を見に行ったのだ。

織姫さまが叶えてくれないのならば自分で行動すればいい。会えないなら会いに行けばいい。アポが取れないのならばアポ無しで行けばいい。
私はこっそり、誰にも気づかれないように、虎太くんの試合を応援しに行くことを決意した。
万が一にもばれたら恥ずかしいので伊達メガネに帽子をかぶった簡単な変装を施した。

話せなくたっていい。遠くからでもこの目に映ればそれだけでいい。学校にいても同じようなものなのだ。こっそり見に行ってこっそり元気な姿を見れればそれだけで満足だった。
一方的に見ただけでは「会った」ことにはならないが、それでもよかった。

しかしながら人気者である虎太くんを想っているのは私だけではなく、同時に虎太くんの応援をしたいと思っているのも私だけではなかった。

つまり試合当日、会場にはたくんさんの見知らぬ顔含め見知った顔が応援に来ていたのだ。

「降矢くんかっこいいよね〜」と囁き合っている同じ歳くらいの知らない女の子や名前も知ってる隣のクラスの可愛いあの子など、虎太くんだけに限らず三つ子に想いを寄せる恋する乙女が客席に点々としていた。
私だけじゃなかったんだ、と安堵と落胆の入り混じった溜息を漏らし、こんなにも人がいるなら変装なんてしなくてよかったなあと思った。


しばらく待っていると虎太くんの所属するチームがグラウンドに現れて、女の子たちの黄色い声が響き渡った。その声に反応するように、虎太くんたち三つ子が煩わしそうに客席を見上げると、そんな彼らの表情など気にも留めない黄色い声はますます大きくなった。


試合は、虎太くんの所属するプレデターは序盤苦戦を強いられながらも結果的には圧勝であった。
それは素人目からも分かる快勝ぶりで、虎太くんなんて一人で三点も決めていた。

試合中の虎太くんは学校にいる時とは比べ物にならないくらい楽しそうでキラキラと輝いていて、それはまるで天の川の星の光のように否それ以上に眩しすぎて直視できず、伊達メガネをかけていてよかったと思った。フィルター通して見ないと、私の目は輝かしい虎太くんのせいで焼かれてしまうところだった。直視できないなんてまるで太陽じゃないか。ああでも、虎太くんは星っていうより太陽っぽいかも。

点を決めて得意げな顔をする虎太くんも相手に抜かれて悔しそうな顔をする虎太くんもチームメイトとハイタッチする虎太くんもボールを取り合って必死な顔をする虎太くんも全部全部かっこよくて、きっとサッカーが大好きなんだろうなあとか一生懸命練習したんだろうなあと思うとますます好きになってしまって結局、残りの夏休みの日数を更に恨めしく思ってしまうこととなった。



結局夏休み中虎太くんに会った(というか見た)のはこの一回こっきりで、残りの日々はひたすら「虎太くんと会えない体操」に赴いて血涙スタンプを増やすだけの毎日となった。
しかしながら、私が「虎太くんに会えない体操」に参加している間にも虎太くんたちは試合に勝つための努力をしているんだ、と考えると私も虎太くんがいなくても頑張って参加できる気がした。




そして今日、遂に夏休みが明け、待ちに待った二学期が始まるのだ。
まるで天の川で引き裂かれた織姫と彦星のようだ、と自分の境遇を嘆いたのが四十一日前。思えば長かった。本当に長かった。指折り数えてこの日を待った。手だけではなく足の指をつかっても足りなかったので往復して数えた。もーういーくつ寝―るーとー、と正月ではなく新学期を待ちわびた替え歌を自作し寝る前に歌った。
今日からは週五時々週六で虎太くんに会えると思うと、特に好きではない勉強にも身が入る。得意ではない早起きもなんなくこなせる。
虎太くんを想うと、微々たるものだが力が湧くのだ。これが恋する乙女のパワー。これが他のことにも活かせたらいいのに!



いつもより早く目が覚めたので、ゆっくり丹念に支度をして学校に向かう。
学校に近づくたびに心臓がドキドキした。

ああ、もうすぐ虎太くんに会える。四十一日ぶりに。

正確には応援に行った日を考慮すると四十一日ぶりではなく十三日ぶりなのだが、細かいことは気にしない。それに、十三日ぶりよりも四十一日ぶりのほうが感動的だ。
織姫と彦星だって光の速さで計算すると、一年に一度の逢瀬も毎日会ってる計算になるとかならないとかいう話を聞いたことがあるが、それではあまりにもロマンがないので細かいことと処理して気にしないようにしている。



教室に着くと虎太くんたちはまだ登校していないようで、私の緊張は最骨頂に達していた。
私には目標があったからだ。

今日は、絶対、挨拶するんだ。タイミング逃しても、絶対する。



少し待っていると虎太くんたちが教室に入ってきた。
教室内の女子の声が少しざわつく。
皆考えるのは同じなんだなあと思った。

数人の女の子たちがすれ違いざまに挨拶をし、虎太くんたちはそれに答えるように挨拶を返していた。

ようし、私も!



「こ、虎太くん!」
「ん?」

声が裏返ってしまった。
恥ずかしくて顔が少し熱くなる。
更に虎太くんが私を見ていることでまた顔が熱くなる。

突然名指ししたためか、竜持くんと凰壮くんまで「なんだ?」という顔をして私に視線を向けた。
ああ注目しないで恥ずかしい。


「あの、お、おはよう…」
「ああ、おはよ」

目標達成!新学期早々ラッキーデイだ!

滅多にない機会だし、欲を出してもう少し話してみようと思った。

「ひ、久しぶりだね、元気だった?」

緊張して顔が引きつったけど頑張って笑顔をつくった。うまく笑えているか不安で虎太くんを盗み見ると、虎太くんは少し目を見開いた。

「久しぶり?」

突然虎太くんが眉を顰める。

え?なに?私変なこと言った?

「え、と?」
「久しぶりじゃないだろ。お前、試合見に来てたじゃねえか」
「え」

思わず息するのを忘れた。それくらい驚いた。
なんで虎太くんがそんなこと知っているの。

「へえ、夢山さん試合見に来てたんですか」
「気付かなかったぜ、虎太よく見てんな」

私と虎太くんの会話を聞いて竜持くんと凰壮くんが横やりを入れてきたが、彼らは私が試合に来ていたことには気付いてなかったようだ。

良く考えれば当たり前だ。お粗末とはいえ、私は変装をして行ったのだから。

「俺がシュート決めると客席ですげー喜んでる奴が目に付いて、よく見たら夢山だった」

虎太くんの言葉に、今度こそ顔から火が出てしまうのではないかと疑うほど熱くなった。
恥ずかしい。そんなに目立っていたなんて。変装までして行ったのに、馬鹿みたい。

私があわあわと慌てていると、傍にいた竜持くんが「そういうことですかあ」と私を見ながら楽しそうに笑った。
ああ、これは、もう終わったかも、私の淡く秘めた恋心。
欲なんてださなければよかった。


「夢山」

絶望に打ちひしがれている私の名前を呼んだのは、竜持くんの意味深な笑みには微塵も気付かない虎太くんだった。
なんだろう、また私の恥ずかしい話だろうか、と思い戸惑いながらも「なあに……?」と聞くと虎太くんは、まるでサッカーをしていた時のように得意げに笑うので、眩しくて思わず私は目を細めた。


「そんなにサッカー好きなら、また試合見に来いよ」



さっきまで打ちひしがれていた心はどこへやら。
私の心は天にも、それこそ天の川にも上る気持ちだった。

好きなのはサッカーじゃなくて虎太くんなのだけれど。

でも、虎太くんが眩しく笑うから、私もサッカー好きになりたいなあって素直に思った。
















今日から夏休みだった銀オフ放送も完全にあけますねってことで三つ子に会えるという祝(2012.9.1)

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