プレデターの練習をずる休みした。
理由はくだらない。昨日、虎太と喧嘩したのだ。

なんで喧嘩したのかなんてそれこそくだらなすぎて覚えていない。練習中に小さなことで言い合いになって、それがどんどんエスカレートして、最後には殴り合いの末絶交してた。か弱い女の子相手に本気で殴るなんて、ホントにあいつはどうしようもないクソ野郎だ。

あんな奴絶交してせいせいした。ただ今日は虎太の顔を見たくないと思った。だってムカつくんだもん。私悪くないし。あいつの顔見たら昨日あいつに殴られた傷が疼く。可愛い可愛い私のフランス人形の如く長いまつ毛を携えたぱっちりお目目や頬の薄紅色が映える雪のように白い肌につくられた青痣が疼く。そうしたら某アニメに出てた銀髪のおかっぱパイロットのように「傷がうずくだろおがあああ」って叫ばざるを得ない。毎回そんなことになったら練習にならないし、皆困ってしまう。チームメイトに迷惑はかけたくない。

この虎太に付けられてた痣が治るまで、あいつと関わりたくなんてない。





「夢子、お友達来たわよ」

夕方。エコロジーなんて言葉知らない幼気な小学生の私が、23℃に設定された冷房をガンガンにかけつつベッドに寝っころがって漫画を読んでいた時だ。お母さんがコンコンとドアを叩いて、来客がきたことを伝えた。
「誰だろう?」と思って私の部屋に通してもらうと、練習帰りのプレデターの皆だった。
因みに虎太はいなかった。

中流家庭の私の家は、慎ましいほどに慎ましい一軒家だ。お金持ちの虎太たちの家や玲華ちゃんの家に比べるとまるで犬小屋だ。したがって私の部屋はそんなに広くない。エナメルバッグを肩にかけた集団が全員部屋に入っただけでギュウギュウになり蒸し風呂のように暑くなった。むしろ全員が部屋に収まっただけでほとんど奇跡に近い。
私が無言で冷房を1℃下げると、凰壮がリモコンを取り上げ「お前、環境のこととか考えないわけ?」と言った。ベッドに腰掛けた私は枕を抱きしめてふて腐れた。

「うるさいなあ、何しに来たの?」
「夢子ちゃん、今日なんで練習来なかったの?」

いつもグランドに響き渡るほど大きな声で喋る翔くんが、今日は小さな声で遠慮がちに聞くので、さっきまで拗ねたように膨らんでいた私の頬もみるみるしぼんでいく。

「……だって、虎太が……」
「夢子ちゃん、うちからも虎太くんにきつーく言いきかせとくから、練習来てくれへん?」

エリカちゃんの気遣うような優しい言葉に、さっきまでただただふて腐れてた気持ちが、申し訳なさに変わっていった。玲華ちゃんも「私も、夢子ちゃんが来ないと寂しい」と続き、ずる休みなんて卑怯なことした自分が恥ずかしくなる。
床に座って見上げてくる皆の視線が痛くて、私はばつの悪そうに視線を外して足をブラブラさせた。枕を抱きしめていた腕からどんどん力が抜けていく。

皆で都大会に向けて頑張ろうって言ってる時期に、くだらない喧嘩してくだらない理由で練習休んでくだらない意地のためにチームの皆に迷惑をかけたことが、今になって罪悪感となって私のお腹にボディーブローをかましてきた。虎太と殴り合った時よりも痛かった気がした。

「さっさと謝って仲直りしてくださいよ、喧嘩両成敗なんですから」
「虎太のやつ、家でも機嫌悪くてめんどくせえんだよ」

竜持と凰壮が続く。
人付き合いの悪い降矢兄弟がわざわざ家にまで来てくれたことも、今更ながら二人なりに心配してくれてるんだろうなあと思って頭が上がらなくなった。

「う、ん……。みんな、ごめん」

私が頭を下げると、安堵したような空気に包まれる。途端翔くんが「じゃあ明日から来てくれるんだね!」といつもの大声を出してエリカちゃんに「声大きすぎや!」と頭をはたかれていた。いや、エリカちゃんも声大きい。

「行く。……けど虎太とは喋らない」

私が言うと、「あー」みたいな落胆の声を皆して上げた。確かに皆には悪いと思うけど、虎太には悪いとは思えない。乙女の肌にこぶしを振り上げたのだ。痣が残ってお嫁にいけなくなったらどうしてくれるんだ。責任でもとってくれるのか?
虎太が謝ったところで絶対に許しはしない。
私は抱えていた枕を再び抱えなおした。
 
「だって絶交したもん。女の子なのにたくさん殴られたもん蹴られたもん。」
「てめえは女のくせに虎太に馬乗りになって殴りかかってただろうが」
「安心してください、もともと女の子だなんて誰も思っていませんよ」

凰壮と竜持の生意気な口ぶりに、あの兄にしてこの弟たちありか、と思った。先ほどまで申し訳なかったが、やっぱり憎たらしいには違いない。

「それに、虎太くんも悪かったと思ってるみたいですよ」
「……なんで竜持にそんなことわかるのさ」
「わかりますよ、虎太くん素直じゃない代わりに顔に出やすいですからね」

竜持が呆れたように笑うから口をへの字に曲げて睨んだ。そんな私の目線など気にせず、竜持は「早く仲直りしないと、どんどん謝りにくくなりますよ」と続けた。

わかってるよ、そんなこと。





皆が帰るのを見送ってリビングのソファーでグダっと横になる。
いつものこの時間は練習でクタクタになってソファーでグダグダしているだろうに、今日は一日暇を持て余して疲れてしまった。実にもったいない一日だった。
それもこれも虎太のせいだ。

虎太に殴られた場所が、痛い気がした。





コツン。
窓から音がした。
窓を見ると既にカーテンが閉まっていて、外の様子は見えない。気のせいかとも思ったが、音は不規則的に鳴り続ける。

窓の外は我が家の猫の額ほどしかない庭だ。お母さんが端正こめて育てている花壇が連なっているそこは、人が二人ほど並んで通れるくらいのスペースしかない。
固有の敷地内であるそこに誰かが入ってくるとは考えにくいが、誰かがいなければ窓がコツコツとなるはずもないのだ。
少し怖かったが、音が鳴りやまないのも怖いので、思い切ってカーテンを開けた。

するとそこにいたのは、口の端にばんそうこうを張った虎太だった。



「……なにしてんの?」
「……」

ガラガラと窓を開けるが、虎太は不機嫌そうにそっぽを向いて黙ってる。
人の家まで来てなんだこいつは。ある種の嫌がらせか?

「……用がないなら帰ってよ」

沈みかけた夕日が眩しすぎて、さっさとカーテンを閉めたかった。
何よりこの沈黙が居たたまれない。何が悲しくて絶交した相手と、夕日の沈む景色に包まれ色とりどりの花が咲き乱れる庭に二人っきりで佇まなければならないのか。見る人が見たら、まるでロマンチックな青春を送っているようじゃないか。冗談じゃない。

私が虎太を冷たくあしらうように窓を閉めようと、虎太がそれを阻止するように窓に手をかけた。
何事かと驚いたが、虎太は俯いていたので、どんな顔をしていたか分からなかった。

「何よ……」
「……昨日は、悪かった」

虎太の言葉を聞き、私は目を見開いて驚いた。
だってまさか、虎太が謝るなんて思ってもみなかった。
皆に何か言われたのかもしれないが、人に言われて素直に従うようなやつじゃない。

私がただただ黙って驚いていると、今まで目を合わせようとしなかった虎太が視線をあげて、私を見た。
口よりものを言うような鋭い目と目が合って、心臓が跳ねた。

「だから、明日は練習こい」
「……」
「お前が来ないと、皆うるせえ。それに……俺も張り合いがない」

虎太の真剣な視線と真摯な言葉に、体が固まるような思いだった。
私は全部虎太のせいにして練習までさぼったのに、ちゃんと練習に出た虎太には先に謝られた上に宥められてしまった。

自分がひどく情けなかった。

虎太に殴られた痣が痛かった。でもそれ以上に虎太と喧嘩してしまったという事実が悲しくて、それを考えると色んなところが痛くなった。虎太に嫌われたと考えると、心臓が痛くなった。虎太ともう二度と話せなくなるかもと思うと、足がすくんで練習に行けなかった。
虎太を殴った手が、一番に痛かった。

本当の本当は、私だって、虎太と仲直りしたかったんだ。



「……私も、ごめん。口切ったんだね……」
「別に、痛くなんかねえよ。竜持が大げさに手当しただけだ」
あいつ、ばい菌が入るとか言ってうるせえんだよ。

溜息をつく虎太の言葉に、竜持らしいなと思って笑ってしまった。
それを見た虎太は口の端を吊り上げてニッと笑った。

たった一日ぶりなのに、笑った虎太の顔を見るのはひどく懐かしく思えた。
それがなんだか、嬉しかった。

「……痣残ったら責任とってよ」
「責任?どうやって?」

首を傾げる虎太に「冗談だから真面目に答えないでよ……」と言うと、虎太はやはり意味が分からないという顔をした。
わからなくていいよ。
夕日の赤い日差しが直撃して、頬が熱くなった気がした。


「じゃあ、俺帰る」
「ああ、うん。気を付けてね」

虎太は背を向けて、小走りに帰っていく。

「虎太!」

叫ぶような声で虎太を呼び止めた。
虎太が黙って振り返ってこちらを見る。

「ありがとう。また、明日ね」

窓の外に体を乗り出して言うと、虎太は「ああ」と短く返事をして去っていった。


小さくなっていく虎太の背中を見つめて、明日はちゃんと練習にでよう、と心の中で誓った。









(2012.8.16)

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