「なに怒ってんだよ」
「怒ってないよ」
「怒ってんだろ」

後ろを歩く凰壮が、語気を強めて言った。
高校からの帰り道。凰壮は、私の機嫌を察してか、わざと並んで歩かない。背中から掛けられる凰壮の声は、どんどん低くなる。傍から見れば、きっと凰壮の方が怒っているように見えるだろう。凰壮のことだから、この不毛なやりとりを、面倒くさいと思っているに違いない。
私も、凰壮の立場だったらそう思ったかもしれない。
けれども、この状況は私にとっても不本意だった。

だって今日は、恋人である凰壮の、一年に一回の誕生日なんだから。

「ほんとーに、怒ってないよ」

そう、なるべく穏やかな声色に努めた。

「……あっそ」

遂に呆れてしまったのか、凰壮はため息交じりに呟いた。思わず不安になって、反射的に振り返ると、目の合った凰壮は少しだけ面食らった顔をした後、フッと笑って「やっとこっち向いたな」なんて言った。

「あ、怒った……?」
「怒ってねーよ」
「……そ」

私が速度を緩めると、歩幅の大きい凰壮と並んだ。私と並ぶと、凰壮の歩幅は小さくなったので、私も凰壮の速度に合わせた。
それだけで仲直りできたみたいで、なんだか嬉しい。

「ほんとはね、ちょっとだけ……」
「……なに」

おずおずと切り出すと、凰壮は続きを促すような相槌を打った。

「凰壮、プレゼントにケーキ貰ってた、でしょ。ホラ、同じクラスの可愛い子」
「そんな抽象的な印象じゃ、誰かわかんねーよ」

凰壮の言葉に、ちょっとだけホッとしてしまうんだから、私も大概性格が悪い。自分の「女」っぽいところを自覚するたびに、嫌悪感がじわりと育った。
凰壮みたいに、サバサバした人になれたら、どんなに清々しいだろう。

「私も、その、ケーキ焼いたのね。でもあのその、あんまり、美味しくないかもって思って……。形もなんか、いびつで……。自分では、上手くできたと思ったけど、ケーキなんて数えるくらいしか作ったこと、なかったから」
「……」
「見劣りしちゃうかも、って思って、ラッピングだって自分でやったから、ぎこちないっていうか、もっと可愛くすればよかったって……それで、勝手に落ち込んでたの。だから、怒ってないっていうのは、本当。ただ、機嫌が悪かっただけ」

ごめんね。

私の話を黙って聞いていた凰壮は、「それってヤキモチ?」と尋ねた。
見上げると、凰壮はじっと私のことを見ていた。なんだか視線が恥ずかしくて、思わず俯いた。
日が落ちて暗くなった帰り道。五月の風は、生ぬるく、夏を感じさせるには充分だった。

「え、うん……」
「ふぅん」
「……凰壮、笑ってる」
「笑うだろ」

凰壮が口の端を吊り上げて、からかうように笑った。

「で? そのケーキはどうしたんだよ」
「え? あ、えと……はい」」

慌ててスクール鞄の中を漁り、箱を取り出した。
雑貨屋さんで買った赤い柄の箱に、金色のリボンでラッピングしていた。

「あの、誕生日、おめでとう」

両手で持って凰壮に差し出すと、凰壮も同じように両手で受け取った。

「サンキュー」

凰壮が笑うので、顔が熱く火照った。
なんだか、すごく好きだなって思って、目の奥が熱くなった。
なんでもないフリをしながら歩いていると、不意に凰壮の手が私の手を握るので、いよいよなんでもないフリは出来なくなった。

「お、ぞ」
「理由わかんなかったから、ハラハラした」
「……え?」
「女ってむつかしい」

凰壮の五本指が、私の指先を握る。
一般的な指を絡め合う恋人繋ぎじゃなく、凰壮が手を握る時はいつも、私の指先だけを持った。
そのぎこちない感じが、すごく好きだった。

「ごめんね」

指先に力を込めると、凰壮が笑うので、私はやっぱり「この人が好きだな」と、本日何回目かわからない実感をした。

凰壮が今日という日に生まれてきてくれ、本当によかった。

私は、ぎこちない私たちの恋が一生続けばいいと、指先に触れながら思ったのだ。




遅刻ですみませんが誕生日おめでとうございますウルトラハッピー!(20150524)

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