※高校生くらい。



凰壮もただの男だったなんて思い知らされたのは、怪我で入院をした友人のお見舞いに、二人で病院へ行った時だった。
入院と言っても大したことはないらしく、「二三日で退院できるって」と笑った友人に安堵しながらも「心配かけるな」と二人揃って説教をした帰り。「トイレに寄るから待っていて」と凰壮を一階のロビーに置いてトイレに行った。
磨かれた鏡の前で化粧を直し、ニコリと微笑んでみる。前髪を分け目に合わせて整えると、ちょっとだけ可愛くなった。
凰壮が待っている。
走らない程度に駆け足をして愛しい彼が待つロビーへ戻ると、ロビーの中心にある椅子に腰かけた凰壮が見えた。ぼうっと前を眺めている凰壮に声をかけようと軽い足取りで近づくけれど、ふと、凰壮の視線が何かを追っているのに気づく。そろっと凰壮の後ろに寄って、私に気付かない凰壮の視線を追いかけると、なんとまあ、その視線にいたのは……。

「凰壮……看護婦さん好きなんだ?」
「っ!」

凰壮の耳元で声を顰めて尋ねると、ガラにもなく凰壮はぎょっと驚いて振り向いた。
目の合った凰壮は眉間に大きな皺を寄せて私を見る。私も黙って凰壮を見ると、しばらくして「忍者かよ。普通に声かけろよ」と、至極いつも通りに目を細めて見せた。
凰壮は、なんでもない顔がうまいのだ。

「らしくないよね。人が近づいているのに気付かないのも、そんなに驚くのも。……そんなに夢中だったんだ?」
「……なんなの、お前」

ムッとした表情の凰壮とにらみ合う。ジッと見つめ合う視線にばちばちと火花が散った。険悪な雰囲気が漂うけれど、珍しく(というか今までで初めて)私の方が優勢な気がした。

「……凰壮のえっち」
「いや、意味わかんねえんだけど」
「見てたじゃん、看護婦さん」
「見てねえよ」
「見てたよ」
「見てねえって」
「見てた!」

潔く認めない凰壮につい声を荒げると、周りにいた人の視線が集中してハッと自分の口を両手で覆う。
凰壮はそんな私に溜息を吐いて一言。

「……うざい」
「なっ!」

さいてー!

凰壮に罵声を浴びせると、血が上った頭で、一人病院を飛び出した。
うざいって、うざいって何よ!ヤキモチくらい妬いたっていいじゃん!大体、看護婦さん見てたのは事実の癖に。しらばっくれようとするなんて、往生際が悪い!
別に、他の女の人を見てたくらいで怒んないもん。凰壮が隠そうとするから、だからムキになって……。それなのに、それなのに「うざい」って……うざいって……。



「一般的な話として、ナース服嫌いな男もそういないんじゃないですか」

近所のファミレス。竜持はドリンクバーのコーヒーを一口飲んで、面倒臭そうに言った。

「マジか。竜持も好きなの?」
「今それ答えないといけない質問ですか?そんなことに付き合わされるなら帰りますけど」
「ごめんごめんごめん」

急いで謝ると、竜持はこれ見よがしに溜息を吐いた。面倒くさいと言われているようだ。

「浮気したわけでもあるまいし、そこまで怒りますか」
「わかってるよ〜。わかってるから悩んでんじゃん……くだらないことで喧嘩しちゃったって思ってるんだよお私だって……」
「喧嘩じゃなくて一方的に怒ったんでしょ。ヤキモチも度をすぎると可愛くないですよ」
「うっ……」

はあ。
竜持は今日何度目かわからない溜息を吐くと、威圧的に腕を組む。その仕草に一瞬構えるけど、次には「くっ」と喉で笑い、唇を厭らしく吊り上げて見せた。

「仲直りしたいなら、いい方法を教えてあげましょうか」
「えっ。ほんと?」
「えーえ」

ニンマリ。
竜持は至極楽しそうに微笑んだ。





夢子を怒らせた。
原因はものすごくくだらないことだが、夢子にとっては大事らしい。
半泣きになって病院を飛び出した夢子を追いかけようかとも思ったが、どうせ俺が追いかけても怒らせるだけだし、たぶん竜持のところにでも行って愚痴るんだろうと、放っておいた。竜持には素直なんだ、あいつは。
家に帰ってくると案の定、竜持はいなかった。

日も随分落ち、夜になって竜持が帰ってきた。
「夢子は?一緒じゃねえの?」そう聞くと竜持は「心配なら迎えに行ってあげたらいいのに」と笑った。そんな竜持の声色に嫌な予感がして、思わず「……なに企んでんだよ」と問わずにはいられなかった。
竜持は口元に手を当てる。

「企んでないですよ。凰壮くんのために、ひと肌脱いだだけですって」
「俺のために?夢子をからかうためにじゃなくて?」
「ああ、そうともいいますねえ」

竜持はくつくつと喉で笑うと、二階に上がって行った。
「おい」と声をかける寸前で、家のインターフォンが鳴る。
一瞬迷ったが、竜持を追いかけるのは後にして、リビングに向かった。

「はい」
「お、凰壮……?」

受話器をとると、玄関のカメラに夢子が映った。何か、焦ったような声色だった。

「……なんだよ、こんな時間に」
「……開けてくんないの?」
「……今開けるから」

溜息を吐きつつ、玄関に向かった。
履き慣れたスニーカーの踵を踏む。
鍵を開けて、扉を開けた。

パーンッ!

扉を開けた瞬間、破裂音と火薬の匂いに、思わず目を瞑って後ずさった。瞬きの隙間から、色とりどりの紙吹雪が舞ったのが見えて、それがクラッカーだということに気付く。

「な……!?」
「トリックオアトリート!」

弾んだ夢子の声がする。目の前に、満面の笑みの夢子が見えて「ああ、なんだハロウィンか」なんて思ったのも束の間、その夢子の格好に驚いて、思わず頭の中がビックリマークとクエスチョンマークで埋め尽くされた。
何故ならそれは……。

「お、おま……それ」
「あは。どう?可愛い?ナース服」

夢子は、いかにも安そうな生地で出来た、ピンク色のナース服を身に纏っていた。
病院で見たそれよりも、ずっと丈の短いスカートの端を摘まんで、広げて見せようとする。
おいばかやめろ。

「凰壮。お菓子くれないとイタズラするよ?」

そう言ってお気に入りの巾着を差し出す夢子に、「それハロウィン関係ねえだろ」とツッコミたいところだったが、うまく言葉が出てこなかった。

「凰壮?」
「ば……」

竜持の笑い声を理解する。
もう、こいつ、ほんと、何でも真に受けて、こんな時間に、一人で、そんな格好して来て……。

「馬鹿じゃねえの……」


脱力する。





凰壮が盛大な溜息と共に黙ってしまった。
顔を伏せてしまったので、どんな表情をしているか分からないけれど、竜持が言っていたように「喜んでいる」ようには到底見えない。
しまった、また凰壮を呆れさせてしまったのか、と冷や汗をかいた。
さすがの私だって、看護婦でもないのにこんな格好するのは恥ずかしかった。仮装行列をするならともかく、一人きりで浮かれて仮装して、なおかつ目の前の凰壮は笑ってすらくれない。
凰壮の機嫌が直るなら……と思ってしたけれど、やっぱり失敗だったようだ。
やばい、なんか急激に恥ずかしくなってきた。
たった三千円ぽっちの、半袖の薄い生地のナース服は十一月手前の季節には寒い。
……今すぐ帰りたい。

「あ……あの、じゃ、そういうことで。……ばいばい」

やっぱり帰ろう。
熱くなった顔で踵を返して帰ろうとすると、突然凰壮が腕を掴んだ。

「えっ」
「おい」

凰壮がこっち見てる。
視線が上から下にゆっくりと下がっていくのがわかる。
まじまじと見られている。その事実に耐えきれなくなって、凰壮の腕を振り払おうと暴れるけれど、凰壮は一向に離そうとしなかった。

「な、なに、離してよ」
「イタズラ」
「え……?」
「イタズラ、しねーの?」
「あ、あの……?」

「お前がしねーんなら、俺がしてやろうか?」

凰壮が、竜持みたいに、ニタリと笑った。


凰壮もただの男だったなんて思い知らされた。



(20141026)

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -