【@降矢虎太】


「こ、虎太くん!」
「ん?」

やっと一人になったところを捕まえた。
家ではどうか知らないけれど、学校ではいつも竜持くんか凰壮くんが傍にいる。三人は、兄弟以外に仲の良い男子がいないから。
けれども、トイレまでは三人一緒に行動するわけではないようだ。女子なんかは、トイレに行く時は必ず友達と一緒に行くのに。
ともかく、一人トイレの帰りである虎太くんに、勇気を振り絞って声をかけた。
虎太くんは「なんだよ」とぶっきらぼうに問いた。同じクラスと言えど、話したことは数回しかない。日直が同じ日だった時と、私が落とした消しゴムを謝って虎太くんが蹴ってしまった時だ。

「あ、あの、これね……えと、友達から、預かった、んだけど……」

そう言って、淡いパステルカラーの紙袋を差し出す。
私のお気に入りのケーキ屋さんの紙袋からは、心なしかいい匂いがする気がした。

「虎太くん、今日誕生日でしょ?プレゼントだって」

ヘラ、と笑って見せると、虎太くんは訝しげに目を細めた。

内心、ばれやしないかとドキドキした。
本当は、友達からじゃない。このぶら下がる紙袋は、私から、虎太くんへのプレゼント。
何故こんな拙い嘘吐く必要があるのかと、自分でも自分が情けなくは思うのだけれど、面と向かって「私から」と言うのには恥ずかしいし、「私から」と言って断られでもしたら、きっと悲しくて泣いてしまう。折角の虎太くんの誕生日に、泣くなんて悲しいこと、したくない。虎太くんは竜持くんや凰壮くんに比べて口数が少ないけれど、その分一言でグサリとくることを言う。
片想いしている人に、贈り物を一刀両断されてしまったら、傷つかない人なんていないだろう。

「いらねー」

ほれ見たことか。

あ、そっかあ。と苦笑いしたまま紙袋を下げる。「私から」贈られたものを断ったわけじゃないから、そんなに、傷つく必要、ない。大丈夫大丈夫。このお菓子は、私が全部食べてあげればいいだけの話、だし。
でも、やっぱり、ちょっとショック。だなあ。

「……根性なし」
「……え?」

突然降った虎太くんの言葉に驚いて顔をあげると、虎太くんが私を睨んでいた。
思わず二三歩後ずさると、更に「人に渡すの頼るような奴のプレゼント、受け取るかよ」と付け足した。

虎太くんの核心をついたような台詞が、グサリと胸を刺す。
ごもっとも、正論。
姑息な真似して、馬鹿みたい。虎太くんの、飾らない言葉が私の目を覚ます。虎太くんのそういうところが好きなのに、私は自分を飾って守ってばかりで、全く嫌になる。

思わず言葉を失う私を置いて、虎太くんは教室に戻ろうと廊下を進む。
慌てて追いかけて、もう一度「虎太くん!」と名前を呼ぶと、やはり煩わしそうに眉に皺を寄せて振り向いた。

「……なんだよ」
「ほ、本当は、これ、あの、えと、私から、で!」
「……」
「も、貰ってくれる……?」

語尾がだんだん小さくなる。
勇気なんて、そんなすぐに湧くもんじゃない。それでも、虎太くんに少しでも、自己満足でも、お祝いをしたかったから。だから、折角用意したお菓子が、私の胃袋で消えてしまうことになっては、それは悲しいことだと思った。

「……ん」

フイ、と目を逸らした虎太くんが私に手を差し出す。
嬉しくなって、ついつい飛びつく様に虎太くんに紙袋を手渡すと、それを受け取った虎太くんが「最初からそう言えよ」と、頬を赤らめながら言ったのだった。



【A降矢虎太】


夜も二十四時になりかける。明日は創立記念日で学校が休みだから、従弟である降矢三兄弟の家に遊びにきた。三人は明日も学校だけれど、今日はなでしこが試合をするので「皆で見ようよ」と口実にさせてもらったのだった。
小学校に上がった時からサッカーをやっている三人。今年の初めは少しだけテニスをやっていたみたいだけれど、すぐにサッカーに戻ってしまったあたり、「虎太の付添だよ」などと言っていた凰壮も、結構サッカー好きらしい。今日の試合だって、楽しんで見ている。
それでも、一番食い入るようにテレビを見つめていたのは虎太だ。
少しの動作も見逃すことを許さないかのようなその熱心さには感服する。「あの十番の人、すごいね」と詳しくないなりに感想を述べてテレビに向かって指をさす。確か、清水ミサキと言っただろうか。
「ああ、すごい人でしたよ」
竜持はまるで、知り合いの話でもするかのように相槌を打ったので、思わず首を傾げたけれど「ふうん」と打った私の相槌は、その十番の選手がゴール前に切り込んでいったことで湧きあがったスタジアムの声援に掻き消された。
テレビの前の三人も「お!」と声を上げる。虎太はソファーの腕掛けを握っていた。

液晶に映るポニーテールが暴れるように揺れると、アナウンサーの「ゴール!」という叫び声が聞こえた。
後半四十三分。同点だった試合が、遂に動いた。

「おー、すげー」
「さすが清水ミサキさんですね。ねえ、虎太くん」
「ああ……」
「なに、虎太あの人好きなの?」

尋ねると、虎太は「はあ?」と素っ頓狂な声を上げて私を見た。「なんでそうなるんだよ」と言うので「え、ファンなのかなって、思って」としどろもどろに答えると「……あ、そ」とそっぽを向く。
虎太の反応に首を傾げると、試合終了のホイッスルが鳴った。すると、それを聞き届けた虎太は徐に立ち上がって掃き出し窓から庭に出てしまう。
え、なんで外?

「ちょ、虎太どうしたの?」
「虎太くん、触発されたみたいですねえ。ボールが蹴りたくて、仕方がないみたいですよ」
「え、でも、もう暗いよ?」
「よくやるよなあ。俺、風呂入ってこよ」

凰壮が立ち上がると、それを追いかけるように竜持も立ち上がって「ちょっと僕、父さんに用があるので」と二人してリビングを出て行ってしまう。
試合が終わった途端これだ。

「ちょっとお、折角私が……」

恨めしそうに異議を唱えるけれど、誰も返事はしない。仕方がないので、掃き出し窓から私も庭に出て、グラウンドに置かれているものより幾分小さいシュートにゴールを叩きつける虎太を眺めた。

「虎太、もう遅いよ?」
「……」
「……虎太、清水選手好きなの?」
「はあ!?」

思い切りシュートを空ぶった虎太が、先程のように眉間に皺を寄せて私に振り返った。

「あは。やっとこっち向いてくれた」
「……チッ」

煩わしそうに舌打ちを打った虎太が足元のボールをつま先で触る。

「虎太ー」
「……なんだよ」
「あと十秒ー」
「は?」

きゅー、はーち、なーな。
一秒ずつカウントダウンすると、私のカウントが四秒のところで、降矢家の鳩時計がクルッポーっと鳴った。しまった、私の腕時計、ズレてたみたい。

「誕生日、おめでとー!」

掛け声と共にポケットに忍ばせていたクラッカーを慌てて取り出すと、ぱーんと軽快な音が鳴る。同時に鮮やかな紙吹雪が宙に舞って、虎太の上にも降った。

「……」
「あれ、驚いた?本当はさあ、三人一緒にやりたかったのに、皆どっか行っちゃうんだもん。私の計画台無しだよー。まあまだクラッカーあるし、お風呂に入ってる凰壮にも一発かましてこようかな。あはは」
「……」
「あれ?ツッコミなし?」
「……暇人」

そう言ってフンと鼻を鳴らした虎太はそっぽを向いてしまったけれど、素直じゃない虎太が実は喜んでいたということは、彼の赤くなった耳が教えてくれた。



【B降矢竜持】


「竜持、モンブラン美味しい?」

私の隣でモンブランを口に運ぶ竜持に頬杖を突きつつ尋ねると、チラリと竜持がこちらに視線を送った。中学生になってからかけ始めた太い淵の黒い眼鏡が竜持の視線を遮るくせに、どことなく目力は強い。

「コンビニのは、あんまり」

やっぱり、エリカさんが連れて行ってくれたところのモンブランが特別ですねえ。

そう文句を言いながらも、二百五十円プラス税金のコンビニサイズモンブランを竜持は咀嚼する。今日は竜持の誕生日だから、美味しいケーキでも買ってきてあげようと思ったけれど、行きつけのケーキ屋さんはお休みで、時間もないので仕方がなくコンビニのモンブランを買ってきた。
私の部屋に遊びにきた竜持は開口一番に「コンビニのケーキですか」と冷めた音色で言い放ったが、途中で透明なスプーンを放り投げないあたり、なんだかんだ喜んでくれているみたいだ。

「夢子さん、もしかして食べたいんです?」
「えー、別に?」
「でも、物欲しそうな顔してますよ」
「え、マジか」
「全く、夢子さんはしょうがないですねえ」

竜持はそう言うとニタリといやらしい顔で笑って、スプーンに小さくのせたモンブランの端っこを私の口元に差し出した。

「はい、アーン」
「えー、恥ずかしいー」
「いーから、早く」

私の嫌がる顔に、竜持はニタニタと笑う。竜持って、性格悪いよね。

頬を赤らめながら、恥ずかしさに目を瞑りつつ小さく口を開けて「アーン」と返事をすると、訪れたのは甘いスポンジの味ではなくて、柔らかい、竜持の唇の感触だった。
驚いて目を開けると、近すぎて見えない竜持が一瞬だけ離れる。一度目が合うと、さっきまでニタニタ笑っていた竜持は、至極真面目な顔をしていて、その切れ長の目が射抜くみたいに見るので、ちょっとだけ緊張した。
ゴクリを喉を鳴らすと、もう一度竜持が私に顔を近づける。目を瞑って待つと、食べられるみたいに唇を挟まれてキスされて、また離れた。

「美味しーですよ」

再び竜持がニタリと嫌な顔で笑う。

竜持って、やっぱり性格悪いよね。

おちょくるみたいに表情を変える竜持に、いつも緊張してしまうのだ。



【C降矢凰壮】


「前髪切ったんだけど」

高校からの帰り道。部活帰りの凰壮を待って一緒に帰った。
今日一日、いつ言ってくるかと期待してたのに、いつまで経っても彼女の些細な変化に気付いてくれないから思わず自ら申告すると「知ってる」と淡泊な相槌が返ってきたので、憤慨せずにはいられなかった。

「気付いてたなら言ってよ!」
「前髪くらいでなんでいちいち言わなきゃなんねーんだよ」
「バッサリ切っても言わないくせに!」
「言ったからってなんか良いことでもあるわけ?」

凰壮が呆れたように目を細めるので、こちらは頬を膨らませて対抗する。すると、凰壮の親指が、私の頬をつつくので、口から空気が抜けた。

「今日はね、他にも色々あるんだよ。気付かないかな!?」
「間違い探しかよ」
「なんでそう、屁理屈ばっかり!」

屁理屈で私を茶化す凰壮にやきもきする。
「もっと凰壮は、乙女心を勉強した方がいいと思うな!」と批難してみると「……ふうん」と何かを含んだような凰壮の相槌に、思わずたじろいだ。
な、なんだよ。
威嚇するように睨むと、凰壮が口角をあげてフッと笑う。まるで、何か企んでいるみたいでもあり、ちょっとどこか、せくしーだった。そんな凰壮になかなかドキドキしていると、不意に凰壮の腕が伸びてきて、私の頬を撫でた。

「え……え?」

脈絡のない凰壮の行動に目を白黒させて驚くと「今日、髪の毛巻いてるよな」と言った。

「え、あ、はい。な、なんだ、凰壮、気付いて」
「あとグロス塗ってんだろ」
「あー、うん。正解」
「失くしたら嫌だからって使ってなかった俺のプレゼント、つけてるし」
「う、うん、このネックレスねえ、皆に好評だったよ。凰壮、やっぱセンスいいね、あはは」
「香水つけてる?」
「……うん」

なんだ、全部気付いてるんじゃん。
と思いつつ、一つ一つジワジワ指摘されていくのは、じらされているみたいでどこか居心地が悪いというか、物凄く、恥ずかしかった。

「ふうん」
「な、なに……」
「お前、俺の誕生日だから、気合いいれちゃったわけ?」
「う」
「へー、可愛い奴」

凰壮が、頬に置いた手で、私の耳を撫でる。

耳は、苦手だからやめてって、前にも言った、じゃん。

「や、あの、あ、凰壮、えと、や、やだ」
「なんだよ、乙女心勉強したほうがいいんじゃなかった?」
「も、もーいい!じゅーぶんです!」

叫ぶように拒否すると、スッと凰壮の手が離れる。
くすぐったさの残る耳を両手で抑えると、やはり凰壮はフッと、からかうように笑った。

「面白いプレゼントだったぜ。さんきゅー」

凰壮は乙女心というか、私の心、全部知ってるくせに。

凰壮って、結構意地悪だ。




(20130523)

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