いつも通りに学校に登校した私が教室の扉を開けると、数人の男子がニヤニヤしながら私を取り囲み「よ!遅かったな!」「待ってたんだぜ」と口ぐちに言う。何ごとかと思って一歩後ずさり、状況を探るように教室に目配せをすれば、同じようにニヤニヤして遠巻きにこちらを見ている子や気の毒そうに視線を送っている子がいて、ますます頭の上に疑問符を浮かべる羽目になった。やっと状況を把握できたのは、私を取り囲んだ男子たちが「ジャーン!」と得意気に黒板に書いたものを見せてからだった。
緑色の黒板に、白、赤、青といった色とりどりのチョークを駆使して描かれていたのは、私と虎太くんの名前が並んだ相合傘だったのだ。
自分の名前が想い人のそれと並んでいるだけで普段は気恥ずかしいはずなのに、一瞬で今の自分の立場を理解した私の顔面からスッと血の気が引いていくのがわかった。

「聞いたぞ、お前虎太のこと好きなんだってな?」

どこからバレてしまったのだろうか。私が虎太くんのこと好きだって話は、一番仲のいい友達にしかしていないのに。盗み見るように友達に視線を送れば、目のあったその子は「私じゃない」と言うように一生懸命に首を横に振っていた。
そういえば、一週間くらい前クラスの女子に「学活で席自由に座っていいとき、いつも虎太くんの後ろ座ってるよね」と勘繰られた。その時は「え、そうかな、気付かなかった」と適当に誤魔化したけれど、その子が言ってしまったのかもしれない。私たち小学生にとって、他人の好きな人の噂は格好の話のネタであり、正直真偽のほどはさほど重要ではないのだ。囃し立てからかうネタがあれば、問題ないのである。ちょうど私の目の前で楽しそうに「ヒューヒュー」と口笛を鳴らすクラスのお調子者の男子は、その女子の好きな子だった。

「結婚しちゃえよー!けーっこん!けーっこん!」

一人の男子が結婚コールを始めると、私を取り囲んだ男子たちも一緒になって手拍子付きでコールを始める。不安で心臓がバクバク鳴って、顔は熱くなっていく。
どうしよう。これから先こんな風にずっとからかわれるのだろうか。これからの学校生活を思うと憂鬱に泣きそうになる。けれどそれよりも、虎太くんに自分の気持ちがばれてしまうことや、虎太くんもこんな風にからかわれて嫌な思いをさせてしまうんじゃないかという申し訳なさや、そのことで虎太くんに迷惑だって嫌われてしまうんじゃないかっていう懸念で、心臓が押しつぶされそうになる。
それだけは絶対に嫌だ。虎太くんに嫌われたくない。ずっと、密やかに片想いしてただけなのに。せめて好かれなくても、嫌われたくない。
鳴りやまない結婚コールに足が震えて、よろけた。
思わず後ずさると、ちょうど教室に入ってきた誰かにぶつかる。驚いて振り向いたら、更に驚くことになった。

「こっ……!」
「ん?」

おおー!と結婚コールをやめた男子たちが、興奮の色を孕んだ歓声を上げた。私がぶつかったのは、紛れもない、虎太くんだったのである。

「おや、今朝は随分騒がしいですねえ」

口元に笑みを浮かべた竜持くんが入ってきて、更にそれに続いて教室に入ってきた凰壮くんが黒板の相合傘に気付いて「おい、虎太」と虎太くんの視線を促した。
凰壮が指差す黒板に視線を送った虎太くんが、普段から鋭い目をより一層鋭くしたのが見えた。
虎太くんは私たちの輪を掻き分けて、真っ直ぐ黒板に進むと乱暴にその落書きを消しだした。普段図工の時間だって真面目にやらない男子たちがやる気一杯に描いたのであろう落書きは跡形もなく消えていく。

「あ、何するんだよ!」
「……」
「あ、いや、その……」

一人の男子が非難めいた声をあげたが、虎太くんが一睨みすれば、しどろもどろになって言い返せなくなってしまう。虎太くんは無口だけれど、目力が人一倍強い。同じ目をしている竜持くんや凰壮くんよりも、だ。

「くだらねえことしてんじゃねえよ。幼稚園児でもあるまいし」

消し終わった虎太くんが両手を叩きながら、吐き捨てるようにそう言った。同意するように、竜持くんや凰壮くんが蔑むように笑い、更にそれを見た数人の女子が「虎太くんかっこいい」と囁き合うのが聞こえ、男子たちは何も言い返せなくなってしまった。
私はただ黙って、その光景を見ていた。



「あの、虎太くん」
「ん?」

休み時間、一人廊下を歩いてる虎太くんを呼び止めた。虎太くんはキョトンとした顔で私を眺める。

「あの、朝はごめんね……」
「何が?」

虎太くんが眉を顰めた。

「だって……嫌な思い、させたでしょ?」
「別に、嫌ってわけじゃねーけど」
「でも」
「お前が謝ることじゃねえだろ?」

酷く不思議そうな顔をした虎太くんが、首を傾げた。

「でも……だって、私が、勝手に虎太くんのこと、好きになったから、あんな風にからかわれて……」
「は?」
「え?」

素っ頓狂な声がして、申し訳なさから泳がしていた視線を虎太くんに合わせれば、目を見開いて驚いた顔をしていたので、私も驚いた顔をした。何をそんなに、驚いているのだろうか。

「虎太くん?」
「あれ、あいつらが勝手に言ってただけじゃねえの?」
「え」
「え」

あんな落書きされてたんだから、もうとっくに私の気持ちは虎太くんに気付かれていると思っていた。不快にからかわれたりして、私のことだって嫌いになってしまったかもしれないと落ち込んでいた。
だって、あんなに怖い顔してたから。

でも、今目の前にいる虎太くんは、朝の怖い形相なんて感じさせない。
驚いていた顔は次第に真っ赤に染まっていき、困惑するように瞳を泳がせたあと、右手を顔の前にかざして隠すような動作をした。いつもの目力なんてどこへ行ってしまったのだろうか。

まるで、虎太くんは照れているというように、顔を赤くし目を逸らした。

「あ……あ、の……虎太くん……」

呼びかけると、虎太くんは窺うように上目づかいでこちらを睨む。鋭い目は、どうしてか全然怖くない。普段虎太くんに睨まれたら、きっと悲しさと怖さで涙目になってしまうだろうに。

「(虎太くんって……)」

キーンコーンと聞き慣れた予鈴が鳴る。
その音を聞くと虎太くんは「じゃあな」とぶっきらぼうに言い捨てて、教室に駆けて行った。
私も教室に戻らないと。
追いかけるように、けれどもゆっくりした足取りで教室に戻る。先ほどの光景を、噛みしめるように。

「(虎太くんって、可愛いなあ……)」

ああ、また虎太くんのこと好きになった。



(まとめ:20140430)
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