「今年は幾つ貰ってくるかな」

朝食のトーストにバターを塗っていると母さんが心底楽しそうに言うので、俺だけじゃなく、たぶん虎太も竜持も、うんざりした気分になった。
今日は二月十四日。世に言うバレンタインデーだ。世間ではお菓子会社の陰謀だとか言って文句を垂れる奴もいるが、お菓子会社の陰謀だろうがなんだろうが、世間の認識としてバレンタインデーという概念がある以上避けては通れない行事である。

別に貰えようが貰えなかろうが正直言ってどうでもいい。毎年誰かしらから贈られるチョコレートは、幼い頃こそ三人で数を競い合ったりどんなお菓子を貰ったか机に広げて見せあったりしてそれなりに楽しんでいたが、貰えば荷物になる上に母さんが「あんたたちモテるねえ」なんて冷やかしてくるから、歳を重ねる毎に面倒くさい行事へとなっていった。しかもホワイトデーには母さんが律儀に買ってきたお返しをいちいち配らなければならない。一か月先のことを考えると、今から億劫だった。
去年のバレンタインなんて、名前も知らない女がチョコを渡してきたので「誰、お前。知らねえんだけど」と聞き返したところ、傷心したというその女が担任に泣きついたらしい。そうして昼休みに呼び出された挙句、帰りの会では学級討論なんてものをさせられて、ますます面倒くさい思いをした。道徳心がどうのとか発言する女子にあからさまに苛ついた竜持が卓越した語彙力と屁理屈と自論で完全論破をしたことは今も鮮明に覚えているし、学級討論のせいでサッカーの練習が削られた虎太の機嫌がすこぶる悪くなったことも懐かしい。
そんなもんだから、帰り道で「でも、私も、受け取ってもらえなかったら嫌だなあって思うけどなあ」と控えめに批難した夢子が、竜持と虎太にぼろクソにされていた。
「だって、チョコあげるのって、勇気いるんだよ」
二人に圧倒されながらもそう、おずおずと述べる夢子は、いつ誰にあげたチョコレートに勇気をだしていたのだろうか。そんな相手、こいつにいたのか?
測り兼ねて、訳もなく虫の居所が悪くなっていた。


「ダーリンの子供だもん、モテるに決まってるわよねえ」

母さんがキッチンで洗い物をしている父さんに話しかける。応えるように父さんが笑ってまた二人の世界を創るので「また始まった」と三人でそっと呆れながら朝食を平らげた。

「いってきまあす」

ソファーに転がしておいたランドセルをひったくり、三人で玄関に向かう。おざなりな「行ってらっしゃい」を背中にしょって、学校に向かった。


二月の気候は今年度一番寒い。
子供は風の子だと初めに言ったやつは誰なのだろうか。風の子だろうが、寒いもんは寒いよなあと、首に巻いた赤いマフラーに顔を埋める。
雪でも降れば楽しいんだろうけどなあ。
ただ寒いだけじゃなんにも良い事ねえなと、吐けば白くなる息を眺めながら思った。

「おはよう」

不意に後ろから駆け付ける挨拶が聞こえて振り返ると、同じタイミングで虎太と竜持も振り返った。こういうところが、嫌なんだよなあとそっと嫌気がさす。
視線の先には、ランドセルを揺らしながら駆け寄ってくる夢子がいた。

「おす」
「おはようございます、元気ですねえ、夢子さん」
「三人が見えたから」
走ってきた!

弾む息を整える夢子の頬は、寒さのせいかずっと赤かった。跳ね上がった前髪から覗く、普段隠れているはずの額だってどこか寒そうである。
「健気ですねえ」と嘲笑う竜持に、何故か夢子が更に頬を赤くさせて睨んだ。

「馬鹿なこと言ってるとバレンタインあげないよ」

夢子が手に持っていた小さな紙袋から、毎年恒例の板チョコと上手い棒(コンソメ味)を取り出した。

「あーはいはい、すみませんでした」
「ん」

心のこもっていない謝罪をした竜持とぶっきらぼうな虎太が躊躇いなく手を差し出す。
二人ともバレンタインなんて面倒くさいと内心思っているに違いないのだが、バレンタインというにはあまりにもお粗末な夢子からの贈り物に関しては、バレンタインというよりお菓子を貰える日という認識らしかった。
夢子からお菓子を受け取ると、虎太はその場で板チョコを齧りだす。「虎太くん、行儀悪いですよお」と注意しながら、竜持は上手い棒(コンソメ味)を給食袋にしまった。
三人のやり取りをジッと見ていると、夢子がふっと俺に振り返った。

「えっと、はい。凰壮の分」

そう言って、虎太と同じ板チョコを差し出す。
今まで他の女から貰ってきた気合の入ったラッピングや彩った手作りチョコに比べれば、本当に味気ない。

「……いらない?」

受け取らず、ジッと板チョコを眺めていた俺に、夢子が遠慮気味に尋ねてきた。

「誰がいらないって言ったんだよ」

サンキュ。
礼を言いながら受け取ると、どこか安堵したように夢子が笑い、手をスカートで拭う動作をした。
再び歩き出して学校に向かう虎太と竜持の後ろを、俺と夢子も並んでついていく。

さっきまで話題だったバレンタインなんて、自分の使命を終えてからすっかり忘れてしまったかのようにいつもと変わらない調子で話しだす夢子の話を適当に聞きながら、ふと「受け取ってもらえなかったら嫌だなあ」とか「チョコ渡すのって勇気いるんだよ」とか言っていた去年の夢子が脳裏を過った。そうしてそれは、何気ない疑問に取って代わる。

「……お前さ」
「なあに?」
「俺たちにチョコ渡すのにも、緊張とかするの?」

問いかけると、予想外の質問だったのか、夢子は目を僅かに見開いて唇をきゅっと結んだ。
物珍しくて瞬きする間も惜しんで眺めると、居心地が悪そうに視線を泳がせた夢子が「き、緊張しないわけないじゃん。バレンタインだし、一応」と蚊の鳴くような声で言った。

「へえー……」

バレンタインっていう自覚、こいつにあったんだ。
高々百円程度の板チョコ二枚と百円にも満たない上手い棒(コンソメ味)なんかしか用意しない癖に。だったらもっと、女らしく、力の入ったモンでも用意すればいいのになあ。変なやつ。

こいつのくれるものだったら、虎太も竜持も俺も、素直に受け取るだろうになあ。
言わねーけど。

「来年はもっと手の込んだモン用意しろよ」

虎太と同じに、板チョコの銀包みをはがして齧る。甘くて苦い味が広がった。
夢子が熱心に覗き込んでくるから「食いたいのかよ?」と尋ねると懸命に首を横に振った。訝しんで目を細めると、夢子は言いにくそうに口淀む。

「……ほしい?」
「あ?」
「……手の込んだモン」
「……ちょっと」
「……そ。考えとく」
「よろしく」

もう一口、チョコを齧ると先ほど齧った分が舌に残っていて、より一層甘さが増した気がした。


こいつのチョコは、荷物にならないから、結構スキ。



(20140215)

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