別に凰壮とキスしたかったわけじゃない。
いや、もちろん片想いしているわけだからいつかは……とか考えないこともないのだけれど、まだ付き合ってすらもいないのだから一足飛びにそこまで欲張れるはずもない。
私にはまだ早い。夢の中でさえあんなに緊張で口から心臓が飛び出しかけたのだ。まずは凰壮に私のことを少しでも女の子として意識してもらいたい。ただそれだけでいいの。それだけで私には充分すぎる。それが叶ったら、きっと世界一の果報者だ。

だというのに、この落胆ぶりはどうしたことだろうか。
口をついて出るは新年に不釣り合いな重々しい溜息ばかり。五回目の溜息に、ついに不満げな声を上げたのは竜持だった。

「うざいですねえ、何があったかは知らないですけど、憂鬱アピールするのやめてもらえませんか?」

ファーがついた深い緑色のコートを着た竜持は、神社へ続く夜道の闇に溶け込んでしまいそうだ。対照的に、竜持の隣を歩く虎太の落ち着いた黄色のマウンテンパーカーは容易く目に飛び込む。見比べるように眺めていると、竜持の言葉に同意するように、虎太が視線を送った。

「アピールじゃないし……勝手に出ちゃうんだし……」

拗ねたように唇を尖らせると隣に並んでいた凰壮が「ブス。タコみてえじゃん」と可笑しそうに笑うので、思わず顔が赤くなる。「あ、あは」と引き攣った笑みを見せてから、ゆるゆると唇を引っ込めた。

「なんだよ、言い返さねえの。気味悪ぃな」
「べ、別に……」

夜道でよかった。顔が赤くなっているのがバレたら、何を言われるかわかったもんじゃない。凰壮はタコと形容したけれど、先程あんな夢を見てしまった私にとっては、まるでキス顔でもしているみたいな気分だった。

日付も変わった深夜だというのに歩く距離を長くすればするほど人通りは増えていく。皆、行先も目的も同じなのだろう。夜道は次第に賑わっていった。

「おばさんと喧嘩したとか」
「ちがーう」
「宿題が進まない?」
「だからあ」
「腹でも減ってんだろ」
「別に落ち込んでないってば!」

三人が口々に詮索するので、首を振って「もう、違うんだってば!」と頬を膨らませると「わかった。何かやましいことでもあるんでしょお」と勘のいい竜持が嫌らしい笑いをした。

「だから僕たちに言えないんでしょう?」

やましいこと。
すぐに、夢の中の凰壮が蘇る。ニヤリと妖艶に笑い、誑かすように私を見つめる凰壮が。

咄嗟につけばいい嘘も、喉の奥に隠れた。代わりに弱弱しく顔を伏せる。
恥ずかしくって死んじゃいそう。
夢の中の凰壮を思い出して、性懲りもなく、再び顔を赤くさせた。

あろうことか大晦日の夜に、煩悩の塊のような夢を見てしまった。たったいま肩の触れる距離にいる、大切な幼馴染で。本人の了承もなく。
羞恥心と罪悪感が綯交ぜになる。
やましくないはずなかった。

「なんだよ、なにしたんだよ」

凰壮が訝しんだように声を潜める。

「し、してない、なにもしてない!」

何もしてない。する前に目覚めてしまったのだから。
髪を振り乱し必死に否定すると、凰壮は不思議そうに眉を歪めて見せた。

「夢子さん嘘下手なんだから、早く薄情したほうがいいと思いますけどねえ」

フフンと鼻歌のような笑いをまじえた竜持を睨まずにはいられなかった。



神社は初詣に訪れた人で大分賑やかだった。毎年のことだが、道路に並んだ屋台のために道は混み、ここまでたどり着くのも一苦労である。その隙に虎太は出店で幾つか買い物をし、両手に食べ物を抱えていた。

「あ、甘酒。俺もらってくるわ」

お参りに並ぶ列の中から甘酒を振る舞っているテントを見つけた凰壮が一人列から外れた。行ってらっしゃい、とその背中をジッと見つめる。

夢一つにこんなに落胆してくだらない。
自分に対して一つ溜息を漏らした。

別に凰壮とキスしたかったわけじゃない。
けれどもしたくないと言えば、正直嘘になる。あんな風に、凰壮から好意を向けられれば、どれだけ幸福だろうか。それこそ、本物の果報者に違いなかった。
恥も外聞も建前も全て取っ払い赤裸々に語れば、夢の中でいいから凰壮とキスしてみたかった。

けれども現実は現実である。
私と凰壮は相も変わらずお隣さんの幼馴染でなんの進展もしていなかった。去年と変わらない、当たり前のその現実がどうしようもなく虚しい。

風が冷たい。首を容赦なく叩き付ける風で、マフラーを忘れたことを思い出す。炬燵で汗をかくほど暖まっていたため、あまり寒さを感じることもなく、マフラーの存在も忘れ去っていた。寒がりにとって防寒具の忘れ物は痛い。思わず身を縮こまらせた。

「飲む?」

ふと、甘い匂いが香った。いつの間にか、凰壮が甘酒を持って戻ってきていた。両手に一つずつ、二つの甘酒を持っている。

「ホラ、竜持」
「ありがとうございます。虎太くん、飲みますか?」
「これ食ったら」

持っていた一つを竜持に預けると、もう一つを私に差し出した。

「寒いんだろ?ちょっとは暖かくなるぜ」
「……ありがと」
「寒がりのくせにマフラー忘れんなよな」

凰壮が呆れたように呟いた。

「気付いてたなら教えてくれればよかったのに」
「ブスのくせに何様だよ。いま気付いたんだよ」

凰壮から受け取った甘酒を一口飲む。確かに暖かい。何より、甘くておいしい。口から吐く息が温かくなった気がした。

「夢子」

私を呼ぶ凰壮が、手を差し出した。「ん」と短く返事をし、極々自然に甘酒を差し出すと「サンキュ」と受け取る。そのままの動作で、凰壮が甘酒を口元に運んだ。あ。


あ、間接キスだ。


思わず唇に力を入れた。
今更同じコップを使っただけで緊張するような初な間柄じゃあない。回し飲みだって何度もしている。間接キスくらいどうってことないし、そんな概念すら忘れていた。

だと言うのに、顔が熱くなって仕方がなかった。夢のせいだ。実際にキスしたわけでもないのに、こんなことで照れて喜んでいるなんて、恥ずかしい。細やかすぎる。馬鹿みたい。


馬鹿みたい、だけど。


「お前、なにニヤケてんの?」

凰壮が訝しげに眉を顰めた。

「え、べ、別に!」
「……あっそ」
「……凰壮」
「なんだよ」

列が動く。前に並んでいた虎太と竜持の後について行った。


「今年もどうぞ、よろしくお願いします」







新年早々夢オチ(20140102)
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