「げ、凰壮寝てる!」

年明けまであと二分を切った。テレビの中には某アイドルのライブ中継の左端に、ゼロに向かって数字が等間隔で刻まれ始まる。具体的な数字を目の当たりにしたことでいよいよ今年が終わるという事実を改めて実感させられ、焦る気持ちが更に加速した。「凰壮、起きてよ」と肩を揺するけれど凰壮は不機嫌そうに眉を歪めるばかりで起きる気配はない。(いや、起きる気配自体はあるのだけれど、起きようという意思が感じられなかった。無理矢理起こそうものなら寝起きの悪い凰壮と喧嘩になってしまうかもしれない)
炬燵に肩まで浸かりぐっすり寝息を立てて夢の中に旅立ってしまった凰壮は、つい先ほどまでは起きていたはずだった。



毎年、幼馴染の降矢三兄弟とは一緒に初詣に行くのが恒例となっていた。ただ今年は、降矢のおじさんとおばさんに用事があり三人を私の家で預かることになったので、折角だからと、年越しを家でしてから初詣に行くことになった。
七時頃になってから家に来た三人は適当な挨拶を済ますとリビングに直行し、意気揚揚と炬燵に潜り込んだ。今更礼儀がどうのとかいう連中でも間柄でもないことは重々承知していたのだからそれはいいのだけれど、一目散にリビングに駆けて行ったことには驚いた。私の家に遊びにくること自体あまりない三人は(いつも私が遊びに行くので)、私の部屋には遠慮なく上がっても、リビングに行くことはそうそうなかった。今日だって私の部屋に上がりこむつもりだろうと思っていたのだ。
驚きを交えつつ三人の後あとにリビングに戻ると、三人はテレビの前に置かれた炬燵を取り囲んで「炬燵だ!」「炬燵!」「ミカン!」とまるで年相応の純真な心を持った少年のようにはしゃいだ。そういえば降矢家で炬燵を見たことが一度もなかったことを思い出す。仕方がない、あの西洋風の家には炬燵なんて似合わないだろうし、何より床暖房が完備されているあの家には無用の長物に他ならなかった。

「炬燵なんかでそんなはしゃぐ?」

無いものねだり、隣の芝生が青く見えるのは世の常である。それは普段尊大な態度を誇っては上からものを言い、負けず嫌いな性分から他人を羨むことなどほとんどない凰壮たち三つ子にすら降り注ぐこととなった。床暖房という私からすれば利便性に優れた画期的とも思える発明も、それが日常と化してしまった三つ子の前にはただただ目新しさのない当たり前の現実でしかないらしい。それよりも今は炬燵という非日常に興味を抱いているようだった。(私が縁側に憧れるそれと同じかもしれない)

呆れ口調の私などまるで三人の視界には入っておらず、溜息を吐いている間に四面あるうちの三面があっという間に埋まってしまった。テレビを背にする面のみが空いており「あ、やられた」と苦虫を噛み潰した顔をする。きっと今年最後の「出遅れた」だ。三人といると、いつもそうなのだけれど。
仕方なしに遅れて炬燵に入ると「おい、そこにお前が入るとテレビ見えねえだろうが」などと理不尽な野次が飛び込んできて、まるでジャイアンのリサイタル強制出席のような横暴さを覚える。実際こいつらの態度はジャイアンそのものだった。けれども私はジャイアンに言い返せないのび太でもスネ夫でもないので毅然とした態度で異議を唱えた。「うるさい」

その後は何をするわけでもなく、ただ四人でぼんやりと大晦日特番のバラエティーを眺めた。けれども皆、さほどテレビに夢中になるわけでもなく、所々プレデターの近況や虎太のスペイン留学についてなどの雑談を交えて、思い出した時に視線を画面に送る程度だった。

私の向かいに座った虎太は炬燵に置かれていたミカンを黙々と食べていた。駕籠の中のミカンが少なくなると、まるでわんこそばのように母が駕籠の中に追加していくので際限がなかった。虎太の前にはミカンの皮がいくつにも積み重なる。下の中央から外に向かって開く剥き方は、花びらを作るようだ。虎太は案外、綺麗にミカンを剥く。豪快なプレースタイルからよくガサツな人だと思われがちだけれど、そんなことはない。三つ子の中では一番真面目だし。その証拠に、剥いた皮は端に積み重ねており、散らかす様子もなかった。(その代り量も多い) ただ、いつまで経ってもゴミ箱に捨てようとしないところは、食べた数を数えておきたいのだろう、誰と競っているわけでもないのに負けず嫌いの性分のせいなのか思うと、少し面白かった。
私の左隣を陣取っていた竜持は珍しく背中を丸めて炬燵を堪能していた。普段は膝に乗せたアイパッドをコツコツ叩いてつまらなそうにしているくせにその両手も炬燵の中だ。余り人の家では寛がない竜持がやはり珍しくリラックスしているようだった。
右隣の凰壮は四人の中で一番テレビに視線を向けていた。けれどもやはりさほど興味はないようで、時々つまらそうに瞬きをしては「そういえばお前年賀状書いたのかよ?」とか「冬休みどっか行った?」とかテレビの内容に関係のない話を振ってきた。

次第に、私越しにテレビを見る凰壮の視線を否が応でも感じることに、居心地が悪くなっていった。別に私を見ているわけではないのだと、なるべく意識しないようにと努めるのだけど、凰壮に見られているかもしれないという緊張から時々動作がたどたどしくなってしまった。受け答えだって、上手くできていたかは定かではない。
炬燵のせいだけじゃない。体が熱くなるのは。

しばらくするとテレビに飽きたのだろうか、凰壮は私が読んだまま放っておいた少女漫画をうつ伏せに肘を立てながら読み始めた。そこでやっと安堵して溜息を吐く。
今年最後の緊張だった。

頭の位置が低くなった凰壮が視界から消えてしばらく。番組はバラエティーも終わりアイドルのライブ中継に切り替わった。
時々竜持や虎太が振る会話に凰壮が一切参加しなくなったことに気付く。漫画に熱中しているのかとも思ったが、熱中して人の話が聞こえなくなるタイプではない。不思議に思って「凰壮?」と尋ねるように呼ぶと、微かに捉えた寝息が返事をした。


そして冒頭に戻る。


「大変!竜持、虎太!凰壮寝てるよ!」
「ああ、虎太くん。早く蕎麦食べ終えないと。年跨ぎながら食べるのは良くないという説もあるそうですよ」
「おう」
「聞いてってば!」

竜持の肩を女子らしい力加減で揺さぶれば、煩わしそうに目を細められた。虎太はと言えば、先程母が運んできた年越し蕎麦を食べるのに懸命だった。

「寝かせてあげればいいでしょう。夜なんだから」

竜持が私の手を払い、呆れたように溜息を吐いた。炬燵で暖をとっていた割に、冷たい。

「いや、そうだけどさ、そうだけど!」

でも、こんなに「瞬間」が貴重な時って、早々ない。それに今を逃したらあと一年、年の境目に居合わせられないではないか。
大体、折角一緒にいるのに、こんなの少し寂しい。どうせなら、今年の終わりも来年の始まりも、一番に凰壮に会いたい。くだらないかもしれないけどさ。

「凰壮、起きてよお」

私に背を向けている凰壮の身体を大きく揺さぶる。相変わらず凰壮は「うるせ……」と小さく唸った。
テレビの中のカウントダウンが残り二分となる。

凰壮の身体をうねらせて、仰向けにさせる。眩しかったのだろうか、眉を顰めた。

「夢子さん夢子さん、王子様のキスですよお」

先程まで冷たかったはずの竜持が、茶化すようにエールを送る。こちらから絡むとあまりいい顔はしないけれど、自分から絡むときは絶好調なことがしばしば。竜持の特徴だ。

「ば、馬鹿じゃん、私男じゃないし!」
「ただ眠っていればいいだけのお姫様の時代は終わりました。男女平等が唱えられ女性の社会進出が認められつつある昨今、暢気に夢を見ているだけのお姫様など落ちる枯葉の中に埋まってしまいます。草食系男子が蔓延る代わりに肉食系女子が群雄割拠を始めたこの時代、ドレスを脱ぎ捨てなければ生き残れませんよ」
「いや、でもキスして凰壮が起きるわけじゃないじゃん」

虎太の蕎麦を啜る音が所々聞こえた。

「起きますよ。ビックリして」
「それ、私じゃなくてもよくない?」
「そりゃあ僕たちがしたらそれはそれで驚くでしょうけど、僕たちは夢子さんと違ってそういうことしたくないし、夢子さんがした方が面白いじゃないですか」
「お、面白くないし、っていうか、別に私だって、キスなんて、したくなんかないよ!」

そうこうしている内に「残り一分でーす!」などと陽気なアイドルの声がマイク特有の籠った声で視聴者に伝えられる。
カウントダウンの数字が、分数から秒数に切り替わった。

「ほら、急がないと夢子さん!キスですよ、キス!」
「う、うるさい、竜持うるさい!」

竜持が後ろから囃し立てはじめたせいで顔に熱が集まる。まるで炬燵の中の熱、全てが私の足の裏から伝わっているようだ。

竜持から凰壮に視線を戻す。閉じている凰壮の瞼が無防備で、竜持の楽しそうな声も手伝い、いとも簡単に焦りが緊張にすり替わった。秒数は遂に三十秒台に突入し、いよいよ今年も終わるという時。凰壮の傍についていた腕を誰かに突然掴まれた。
ぎょっとする。
ひっ、と声を上げると、凰壮の瞳がまるで一度の瞬きを終えた時のように自然と開いた。

「え、お、凰壮、起き」
「起きてねーよ」
「は」
「キス」
「え」

凰壮がニヤリと、この上なく意地の悪い顔で微笑む。

「キスしないと起きない」
「な」

何を言っている?

十九、十八、とカウントが聞こえてくるけれどもはや焦る気持ちなどはない。
今年を振り返る余裕もなければ思い出も忘れた。あまりに凰壮が訳の分からない注文をしているからだ。
え、これ誰?凰壮?

「はやくしろよ」
「え、で、でも」
「いいから、な?」

なんだこれ、なんだこれ。なにがいいんだ。
私の手首を掴んでいた凰壮の手がスルスルと登ってくる。指先が、私の頬を撫でた。
どこか色気を含む凰壮に、言葉を失う。

え、なんで?なんでこんなことに?

完全に固まってしまった私の代わりに、寝そべっていた凰壮がのそりと起き上がった。
凰壮が、顔を近づける。
無関心に虎太の啜る蕎麦の音と、竜持の口笛がまとわりつくが、それどころではない。

「え、え?」

十、九、八……。

「おせーよ」

七……。

「凰壮」

六……。

「なに」

五……。

「これって、もしかして」

四、三、二……。

「夢?」

一……。





「ハッピー!ニュー!イヤー!あけましておめでとうございまーす!」

高らかに叫ぶ某アイドルの声で飛び上がった。
いつの間にか床に寝そべっていた身体を起こすと、テレビの中には今年よりも一年歳を取った四桁の数字が並ぶ。つまり、今年は去年になっていた。
混乱する頭で首を左右に振り状況の確認に努めると、先程まで四面埋まっていたはずの炬燵には誰もいない。代わりにソファーに座った両親が「あけましたー、おめでとー」と笑いかけた。

「夢子もったいない、年跨ぐ直前で寝ちゃうんだもん」
「え、ね、寝て……?あ、あれ?凰壮は?」
「ああ、今年も皆で初詣行くんでしょう?そろそろ迎えに行ったら?迷惑かけないようにね」
「あ、う、うん……」

頭を掻くと髪の毛がぼさぼさに絡まっている。炬燵の中で熱に包まれていた足は汗をかいていた。熱い。
茫然としたまま部屋に戻り、コートと手袋をとって降矢家に向かった。
降矢家のインターフォンを鳴らすと、どちらさまですかと尋ねられる前に玄関のドアが開く。暗闇の中からいくつかの足音が近づいてきて、目の前の門を開けた。

「よ、夢子」

最初に声をかけたのは凰壮だった。

「夢子さん、明けましておめでとうございます。今年は迷惑かけないようにしてくださいね」
「あけましておめでと」

竜持と虎太が続く。

「ああ……うん、おめでと」
「どうしたんだよ、元気ねえじゃん」

凰壮が覗き込む。夜の暗闇であまり見えない。

「いや、あの……」
「なんだよ?」
「……なんでもない」
「あっそ」

行こうぜ、と凰壮が促した。
うん、と小さく返事をし、三人と共に歩き出す。


……。
…………。
………………。
……………………。




夢かーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!





(20140102)

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