自転車一つあれば子供ですらどこにでも行けてしまう大きさの桃山町には不釣り合いとも言える降矢さん家の豪邸では、毎年商店街にクリスマスキャロルが流れる頃になると黄緑赤のイルミネーションが愛らしく瞬く。庭の木々に散りばめられた丸い電球はクリスマスツリーの様だし、屋根の上は星形の電球が夜空のように光る。二階のベランダから吊り下げられたサンタクロース型の電球は、まるでサンタクロースがプレゼントを届けにきているようで夢があった。まるでアーチのように門が輝くので、サンタクロースを招き入れているみたい。
イルミネーションが輝く時間帯に子供の私がフラフラと出歩くことも出来るはずない。これまで降矢さん家のイルミネーションが活躍するのを見ることは数えるほどしかなかったのだけれど、中学受験を来年に控えた今年から塾に通うようになり、日が暮れるまで授業があることを良い事にわざわざ遠回りして帰ることにした。
まだ何も飾られてない、ただの降矢さん家の豪邸を毎日眺め、色づく日はまだかまだかと心を躍らせる日々。
ああ、はやく会いたい。
サンタクロースを待ち焦がれる子供のように期待に胸を膨らませた。



そして今日。商店街にはクリスマスキャロルが流れ始め、時を同じくし降矢さん家の豪邸にもイルミネーションが輝き始めたのだ。

「わあ!」

塾帰り、勉強で疲弊した脳みそも、瞬くイルミネーションを目の当たりにして活性化される。瞬きするたびに色を変えるイルミネーションが華やかで可愛らしい。黄、緑、赤。順番にくるくる回る。サンタクロース型の電球は下から上に向かって点灯するので、まるでサンタクロースが壁を登っているみたいだ。

「(もっと奥まで見たいなあ……)」

大きな門に手をかけて、夢中で家の中を覗いた。降矢さん家は塀が高く、門の隙間からでしかしっかりと見ることができない。奥を見ようと門を押すのだけれど、施錠されてる門は甲高い音を鳴らして微動するのみで、視界を開けてはくれなかった。
ちぇっ、と一人拗ねたように唇を尖らせて門から手を離す。恨めしそうに眺めてから踵を返し、家に帰ろうと、した。
が。

「おい」
「え?」

振り返えると、こちらを睨んでいる人と目があって、思わず後ずさった。
それも三人。同じ顔。同い年くらいの男子だった。
横一列に並び仁王立ちする様は酷く威圧的。思わず息を呑んだ。なにより何故睨まれているか理解できず、もしかすると私の思い違いなのではないかと疑うが、私の後ろには降矢さん家しかないので、やはり私が睨まれているということになる。何故。

「あ、の……?」
「お前、なに人の家覗いてんだよ」

呼びかけた声と同じ声。真ん中分けの男の子が不快そうに眉を顰めた。
人の家。そうか、この子たちは降矢さん家の子だったのか。

「怪しいですねえ、警察に通報した方がいいんじゃないですかあ。ね、虎太くん」
「……」

おかっぱの子が侮蔑じみた視線を送った。話を振られた男の子は何も言わなかったが、他の二人よりもずっと視線が鋭く、また、目でものを語っていた。
まずい。このままでは警察沙汰だ。
眉間に三本の線がスーっと入る様に青ざめた。

「ご、ごめんなさい!あの!い、イルミネーション、が見たく、て!」
「イルミネーション?」
「ああ、父さんと母さんがはしゃいで毎年飾る、あの……」

サンタじゃなくて不審者が釣れましたねえ。

おかっぱの子が口角を上げたが、好意的な笑いでないのは確かだった。
このままでは変質者認定されてしまう。まずい。真っ白になる頭を一生懸命動かして「ごめんなさい」としどろもどろに呟いた。

「あ、あの、もうしません、から、あの、わ、わたし、帰ります!じゃ!さよなら!」

早口に言い残し、背を向け全速力で走り去った。

「あ」
「逃げた」

呆気にとられた声に見送られた。



次の日の塾帰り、クリスマスキャロルが流れる商店街で一人溜息を吐いた。
クリスマスが近づき、商店街もすっかりイルミネーションで色付いている。サンタクロースの人形や赤と緑のカラーリングが店を彩り、ケーキ屋の前ではクリスマスケーキの予約チラシが配られていた。それでも降矢さん家のイルミネーションの愛らしさには及ばない。

まさか降矢さん家にあんなに恐い男子が三人もいるなんて思わなかった。
昨日のことを思い出し、憂鬱に目を細める。あんなに可愛い装飾を施す家庭なのだから、もっと可愛らしいお嬢様でも住んでいるんだと思っていた。加えて、昨日の会話から察するに、あの三人はイルミネーションに興味もないみたいであった。もったいない。

商店街を出たところで足を止めた。帰り道をどうしようか。
今日も降矢さん家の前を通ればあの三人に遭遇してしまうかもしれない。寄り道しないで真っ直ぐ帰るべきだろうか。またあの三人に見つかり不審者扱いされて今度こそ警察に突き出されたら堪ったもんじゃない。受験を再来月に控えた幼気な小学生がこの歳で前科一犯だなんて、笑い話にすらならないじゃないか。
けれどもこの時期を逃してしまえばまた一年、降矢さん家のイルミネーションを見ることはできなくなってしまう。今年は思う存分眺められると、数か月も前から楽しみにしていたのだ。それでは数か月前の私が可哀想だ。
というか、今まであの道をつかっていて、あの三人に会ったことなど一度もない。それが二日連続で会うことなんて、確率的に有り得ないのではないだろうか。昨日は運が悪く家の中を覗こうとしたところを見つかってしまったけれど。大丈夫、今日も会うことはないだろう。
迷いが吹っ切れた足は、楽観的にいつもの寄り道コースを歩き出し、スキップを交え降矢さん家へ向かった。



「げ」
「……」

会った。二日連続で。
今まで一度も会ったことのなかった人に、何故二日連続で会わなければならないのか。いや、もしかしたら今までも擦れ違っていたのかもしれなかった。ただ、昨日お互いを認識してしまったことにより「ただ擦れ違っただけの通行人」から「降矢さん家の子供」という認識に変わってしまったのだ。なんということ。
不幸中の幸いだったのは、今日はあのよく喋る二人はおらず、一番無口な子一人だけだったということだ。この子はこの子で痛いくらい睨んでくるので恐いと言えば恐いのだけれど、喋らない分だけ他の二人よりはマシかもしれない。
彼は黄色い自転車を引きながら、門を開けようとしていたところだった。私に気が付くと、ジッとこちらを訝しげに、ただただ黙って睨んでいた。

どうしよう、何か言った方がいいのかな。

「あー……こんばんは……?」
「……」

彼は一度更に眉を顰めるとフイっとそっぽを向いて、止めていた手を動かし門を開けた。自転車を引き、家の中に入ろうとするので「あ、待って待って!」と思わず手を伸ばして引き留める。「なんだよ!」と怒鳴る彼に「へえ、こういう声してるんだ」と暢気な感想を抱いた。

「ねえねえ、一度だけでいいから庭にいれてくれないかなあ」

ヘラっと抜け抜けとした顔で笑うと、彼の口がへの字に曲がった。
自分でもよくもまあこんな図々しいお願いができたものだと思う。ただ、昨日ズケズケと嫌味を言ってきた二人より遥かに頼みやすそうと思ったのは事実だったし、畳み掛けるように責める彼らの前より幾分冷静でいられたということもあった。

「はあ?なんでだよ」
「言ったじゃん、イルミネーション見たいの」
「知らねーよ」
「ねえねえお願い」

黄色いラインが入った彼の黒いジャージを引っ張ると、酷く煩わしそうに眉を顰める。一瞬物怖じしそうになるが、負けじと睨み返し、ジャージを引っ張る手に力をいれた。彼は一瞬目を大きくさせたが、しばらく睨み合うと、彼はチッと舌打ちをした。

「……こい」
「わ!ありがとう!」

遂に根負けしたかのように彼が顔を逸らした。手を叩いてお礼を言うが、彼はそっぽを向いたまま返事などしなかった。門を開け家の中に入っていく彼の後に、そろそろとついて行った。


「わあ、すごい!」

門を潜ると豪邸に辿りつく前に、すぐ庭が一面広がった。門の向こうからも大体は見えていたが、遮るものがないので視界が広く感じる。辺りを見渡せば念願のイルミネーション。木々を瞬かせる緑と赤の電球と、花壇の隙間に置かれた光るトナカイやサンタの人形たちが可愛らしい。門から玄関に続く道も電球で照らされるので、迷うこともない。
ハロウィンのなごりなのだろうか、顔のついたかぼちゃが塀に花壇の傍で三つ、積み重なって置いてあり、思わず笑みが零れた。
彼は家には向かわず、隅にある車庫に向かって行くので、視線はイルミネーションに奪われながらも彼の後について行く。車庫内に止まっていた緑と赤、二台のクリスマスカラーの自転車の隣に彼の黄色の自転車を止めてから、改めて庭に向かった。

「あれ、虎太くん。どうしたんですかあ、その荷物」

一階の庭に面した窓が開くと、おかっぱの男子が不思議そうに尋ねてきた。
虎太くんと呼ばれた彼は、おかっぱ男子を一瞥し「しつこいんだ、こいつ」と不機嫌そうに呟いた。

「(もしかして、荷物って私のこと?)」

おかっぱ男子の嫌味に気付き、口を間抜けに開けた。

「昨日の女じゃん。なんだよ、虎太そいつ入れたの?」

ソファーでくつろいでいる真ん中分けの男子が、おかっぱの彼の後ろから声をあげた。彼はニヤニヤと笑う。昨日は不快そうに睨んでいたのに。気分屋なのだろうか。

「いいだろ、家見るくらい」
「いいんじゃね、どうでも」
「二人がいいならいいです、けど」

おかっぱの男子は言葉では納得したように呟いたが、表情は不服そうだった。
そんな彼に気付いていないのか気にしていないのか、それとも会話に飽きたのか、虎太くんは一家庭にはなかなか置いてないであろうサッカーゴールの傍まで行くと、転がっていたボールを拾ってリフティングを始めた。
代わりに私がおかっぱの男子に向き直る。

「ごめんね、満足したら帰るから」
「……ええ。そうしてくださいね」
「イルミネーションなんかに熱心だな。女ってそういうの好きなの?」

尚もソファーに座り一向にこちらには来ようとはしない真ん中分けの彼が、意外にも話を広げた。

「うん、私は好きだよ、綺麗だし。でも降矢さん家は特別」
「へえ」
「どうして特別なんです?」

先程までツンケンしていたおかっぱの彼が不思議そうに首を傾げた。疑問には答えを見つけないといけない性質なのだろうか、それともソファーに座っている彼と同様、気分屋なのだろうか、私には測り兼ねる。
先程までリフティングをしていた虎太くんが、ゴールにボールを叩きこんだのか、ネットが揺れる音がした。

「サンタさんをおもてなししてるみたいなんだもの」

門のアーチも、玄関に続く光る道も、星をちりばめた夜空のような屋根も、可愛らしいサンタクロースが降りているベランダも。こちらへどうぞと言うように、まるで手招きしているみたい。
桃山町で一等光るのだもの、きっとサンタクロースは一番に見つけてくれる。

「サンタねえ」

真ん中分けの彼が、フッと笑った。まるで嘲笑を含んだそれに、思わず頬を膨らました。

「サンタ信じてんの?」
「なあに、悪いの?」
「いーえ、別に。信仰心は個人の自由ですし。ね、虎太くん」

おかっぱの男子がわざとらしく強調するように虎太くんの名前を呼ぶ。いつの間にかリフティングを開始していた虎太くんの眼光が鋭くなった。
これは、もしかして。

「もしかして、虎太くんってサンタさん信じてる?」
「誰が信じるかよ」

淡い期待を孕んだ質問は寒々と吐き捨てられ、虎太くんは再び、先程より幾分か力強くボールをゴールに叩きいれる。

「なあんだ」
「でもさ、それってちょっと正解だぜ」
「正解?」

真ん中分けの彼が、ソファーから立ち上がってこちらに近付いてきた。窓際にいたおかっぱの男子の隣に座り手招きをするので、私も真ん中分けの彼の傍に行く。内緒話をするように手をかざす仕草に誘われ耳を寄せると、忍んだ彼の声が聞こえた。

「このイルミネーション、小さい頃虎太が、煙突ないうちはサンタがこねえんじゃないかって心配するもんだから、父さんと母さんがはじめたんだ。サンタがうちを忘れないようにって」

言い終わると、彼はニヤニヤと笑った。すかさず「おい、くだらねえこと言ってんじゃねえよ」と虎太くんが睨むので、「ムキになんなよ」とため息交じりに笑った。

二人のやり取りをぼんやり眺めながら「へえ」と気の抜けたように呟いた。

へえ。
そうなの、そうだったの。
じゃあ。

「じゃあ、このイルミネーションが見られるのは、虎太くんのおかげなんだね!」
「はあ?」

すぐに虎太くんの傍に駆け寄って、彼の手を取った。私が手袋をしていたので、体温まではわからなかったけれど、指先が赤く染まっていて寒そうに見えた。お礼の意を込めて、包み込むように握った。

「ありがとう虎太くん、こんなに可愛いイルミネーション見せてくれて!」
「……」

高揚する気持ちから満面の笑みでお礼を言うと、先程の鋭い眼光はどこへやら、虎太くんは戸惑いがちに眉をゆがめて顔を逸らした。虎太くんの耳が、指先と同じく、寒そうに赤く染まっているのが見えた。

虎太くんが家に入れてくれなければ、こんなに間近でイルミネーションなんて見れなかった。それ以前に、小さい頃の虎太くんの言葉がなければ、このイルミネーションもなかった。私の冬の楽しみは、虎太くんのおかげなんだ。
可愛いイルミネーションとは、無縁な子だと思っていたのに。

きっと虎太くんは、私のサンタクロースだ。


「ねえねえ、明日も見に来ていい?明後日も、明々後日も!」
「……勝手にしろ」

虎太くんはだいぶ素っ気なく答えるけれど、今はそれも心地よい。うん、とサンタクロースからのプレゼントを待つ無邪気な子供のように力強く頷いた。

「ありがとう!虎太くん大好き!じゃあまた明日来るね、今日はありがとう!ばいばーい!」
「…………」

三人に手を振り、駆け足で帰る。気分がいいから、今日は足が軽い。
昨日逃げ帰った時とは大違い。
きっとこれも、虎太くんのおかげなのだ。





「虎太くん」
「……なんだよ」
「サンタじゃなくて女子が釣れましたね」
「……」




春雪さん!
企画に参加してくださいまして、ありがとうございました!
遅くなってしまい大変申し訳ございません><
クリスマス仕様で書かせて頂きました、一応三つ子で虎太くん寄りです!
お気に召していただけるか不安ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いに思います。
いつもツイッタ―ではお世話になっています。
これからも何卒、よろしくお願いいたします。
それでは、ありがとうございました!
では!
(20131225)

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