私の背が、あと十センチ高かったらなあ。
そうしたら、あの一番高い位置にある本も軽々しく取れただろうに。

古本屋の天井につきそうな程に高い本棚を恨めしく眺めてから、小刻みに震える背伸びした踵を静かに下ろした。一日中古本屋巡りをしてやっと見つけた、ずっと探してた本。もう絶版になっていてどこにも売ってないから、見つけるのに随分苦労した。お目当ての背表紙を見つけた時の高揚感から、興奮するがまま本棚に手を伸ばしたけれど、さすがは探しても探しても手に入らなかったお宝。見つけられても、簡単に私の手に収まるつもりはないらしい。
はあ、と大人しく溜息を一つ吐いた。脚立を探してこよう。冷静になった頭で、どうしてこんな些細なことを横着しようと思ったのだろう、と数分前の自分を呆れた。

天井から床へ視線を落とし、脚立のありかを見つけようとすると、突然、ヌッと私の横に影が出来た。

影?

誰かが、私の横に立ったのだ。そう理解するのとほとんど同時に、今度は赤いナイロンジャケットが目に飛び込んでくる。
あか。カラフル。
自然と視線が上がる。男?

「(わ!)」

映った横顔に、私の許可なしに心臓が跳ねあがった。
かっ……。

かっこいい!

サッと、なんでもないフリをして顔を逸らす。わー、わー、わー!自分のはしゃいだ声が頭の中でひっきりなしにこだました。他に、思うことはないのだろうか。興奮して、それどころじゃない。目の前に、リフレインするように一瞬だけ捉えた隣の彼の横顔が浮かぶ。
ギュウ、と彼の横顔を瞳の中に閉じ込めるように、一度力いっぱい目を瞑って、今度は盗み見るように視線を上げた。
彼の腕が、スッと本棚に伸びる。同じように、私の視線も上へ伸びる。すると、彼は私が探していた本を軽々しく、とった。

「(あ!)」

と、とられちゃった。
私が、一日歩き回ってやっと巡り合った本。お気に入りのパンプスのつま先もすり減らして。この寒い中、かじかむ手を温めて。やっと見つけた宝物を。それも、こんな目の前で。
ひどい。いや、ひどいことなんてないけれど。早い者勝ちだし。でも、私の方が先に見つけたのにな。完全な言いがかりにすぎないけれど。八つ当たりと理性的な言葉が交互に降ってくる。
彼は、手中に収めた本の表紙をジッと眺めている。その姿を、先程とは違う感情で、やはり盗み見た。
うらめしい。いや、うらやましい。
……はあ、しょうがない。彼だってその本を探して探してやっと巡り合ったのだろう。仕方がない。こういうのは、縁がものを言うのだ。きっと、私とは縁がなかったのだろう。かっこいい彼が、私と同じ本を欲していたということがわかっただけで、きっと私は嬉しいじゃない。そうよ、これは、嬉しいことなんだわ。
だから、悔しいけど、諦めるほかないね。

はあ、もう一度、今度は大きな溜息を吐いた。すると、フッと、隣の影が動くのがわかって、誘われるように視線を上げた。

え。

彼がこちらをジッと見ていた。

「(わ、わ!)」

再び、私の許可なしに心臓が、先程よりもずっと大きく、まるで爆弾の様に大きく跳ねた。

「(え、な、なに……?)」

真正面から見る彼は、横顔から感じた通り、やはりかっこいい。整ってはいるけれど、中性的というわけではない。強気。勝気。そんな印象。男の子の顔だ。かっこいい。前髪はちょっと長くて、真ん中で分けている。目にかかるのかな。切ればいいのに。ものぐさ? 中学生……いや、高校生くらいかな。同い年、かも。
なかなか、一目で「かっこいい」と思う男の子に、出会ったことがない。この子は、かっこいい子だ。

「これ?」
「え?」

彼が、私の探していた本を差し出した。戸惑って、彼の顔と本を交互に見比べる。彼は、煩わしそうに眉を顰めた。

「取ろうとしてなかった?」
「あ、し、して、た」

首をがくがくと上下に振りながら答えると、彼は「ほら」と本を突き出す。
な、なに?
恐る恐る、本を受け取ると、彼は颯爽と踵を返して古本屋を出て行こうとする。

え、ちょっと待ってよ!

「あ、の、これ」

控えめに声をかけると、彼は小さく振りかえった。本を掲げて見せる。

「欲しかったん、じゃ」

戸惑いがちに零すと、どこかからかうように、フッと口の端を上げて笑った。

「欲しくねーよ。俺は」

そうして彼は、今度こそ古本屋を出て行った。
古本屋には浮いていた目に痛いカラフルな赤のジャケットを見送って、はあ、と溜息を吐いた。


お礼を言うの、忘れちゃった。



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