「お前いい加減にしろよ」

凰壮が怒っている。
たぶん怒っている。すごく怒っている。元々低い声が一層低く、ドスがきいている。凰壮が怒ると迫力がある。時々馬鹿なことをすると怒鳴られることもあるけれど、それとはまた違った怖さがある。説教される時は、怒られているわけじゃないのだ。でも今は、怒られている。凰壮が、自分の感情のままに、怒っているのだ。怒らせてしまった。凰壮を。これは結構、とんでもないことをしてしまった。

「ご、ごめ」
「なんで謝るんだよ」

凰壮が私の謝罪を遮る。だって、凰壮が怒ってるんだもん。
私のベッドに腰掛けて漫画を読んでいた凰壮が、隣に腰掛ける私を睨む。漫画を閉じ、ベッドの上に軽く投げた。怖くて、抱えていたクッションに縋る様に力をいれる。内心、心臓がばくばく言っていた。

「謝られたら許さなきゃいけねえだろ」

つまり凰壮は許したくないということなのか。確かに安易に謝ってしまうのは卑怯かもしれないけれど、凰壮がそんなこと言うのは、本当に珍しい。らしくない。凰壮はなんだっていつも許してしまう人だもの。そんな凰壮の優しさに甘えてしまう私は、やっぱり卑怯だ。だから、凰壮は怒っているのかもしれない。

実際、凰壮が怒ったのは私のせいだ。

柔道にかまけて凰壮が全然かまってくれないから。だから拗ねてしまった。拗ねて、凰壮と行くはずだった映画を、別の男の子と見に行ってしまった。そのことを凰壮に意地悪く報告したのだけれど(言い訳させてもらうと、ヤキモチを妬いてほしかった浅はかな私の気持ちを察してほしい)凰壮は相変わらず興味がなさそうに「別にいいんじゃね。お前が誰と行こうが、俺には関係ねえし」と言うから、ちょっとというかかなりムカついて(だって、彼女が別の男の子とデートしてるのに、その反応はないよね)ついつい「浮気しちゃおうかなあ」と呟いたら、これだ。
念願叶ってヤキモチを妬いてくれたと思うだろうか。否。凰壮のことだから、きっと面倒くさがっているだろう。ヤキモチを妬かせようとするこちらの意図などお見通しなのだ。凰壮が女のそういうところを常々面倒くさいと思っていたことを知っていたのに。凰壮は言いたいことはなんでも言う人だから、こういう回りくどいことをされることも、人の気持ちを量るようなことをされることも、好きではないのだ。怒った凰壮を見て冷静になった。馬鹿なことをした。他の人とデートしたことも。浮気をちらつかせて凰壮に構ってもらおうとしたことも。
本当は凰壮と映画に行きたかったし、凰壮が部活頑張っているのを知っているのにこんな我儘言うなんて、彼女失格だ。どうして頑張っている凰壮を支えてあげようと思えなかったんだろう。自分の欲求ばかり優先して。今日みたいに、部活が早く終わった日は、私に時間を割いてくれるだけで、凰壮が私を大切にしてくれていることなんて、わかるものなのに。
馬鹿なことをした。凰壮を怒らせた。折角一緒にいる時に、こんなの楽しくない。凰壮だって呆れたかもしれない。いや、絶対呆れてる。私だって、友達にこんなこと相談されたら「馬鹿だなあ、なんで他の人とデートするかな?」って言うに決まってる。言い訳すると、デートとは言ったけれどお互いそんなつもりなかった。だって向こうには好きな子がいるし。それは私の友達だったりするので、彼の相談に私がのってあげていただけだ。でも、そんなのやっぱり凰壮には関係のないことに違いない。重要なのは、凰壮と行こうねと約束していた映画に別の人と行ってしまったこと。部活を頑張ってる凰壮を批難するようなことをしてしまったこと。まるで、構ってくれない凰壮が悪いとでも言うように。凰壮は構ってくれてる。私を蔑ろにしているわけじゃない。知ってるのに。知ってるのに。
私は凰壮の優しさに甘えていたに違いない。

「ごめん……ごめんね……」

許してほしかったからじゃない。凰壮に対して申し訳なかったからだ。でもそれが引いては許してほしいという願望に繋がってしまうのかもしれない。

「泣くのかよ」

凰壮が、呆れたように呟いた。
泣かない。絶対泣かない。それだけはしない。それこそ、卑怯に違いなかった。泣いたら、被害者になってしまう。

「……映画見に行っただけかよ」

凰壮に抱えていたクッションを取り上げられた。床に捨てる。縋るものがなくなって手が行き場をなくした。おろおろしていると、凰壮が私の手を握る。指と指を交差させる繋ぎ方で、顔にカッと熱が集まった。

「手は繋いだ?」

凰壮がジッと私を睨む。してない、と首を横に振るだけで答えた。

「キスは?」

そう言って今度は唇に一瞬だけ触れた。驚いて、目を見開く。凰壮は、あんまりこういうことをしてくれないのだ。

「した?」
「して、ない」
「じゃあこれは?」
「きゃ」

今度はベッドに押し倒されて戸惑っていると、「凰壮」と名前を呼ぶ隙もなく、跨った凰壮に再びキスされた。口を開けさせられる。目をぎゅっと瞑った。時々、動物みたいに唇を噛んだり、舌で舐めたりされて、頭がパンクしそう。
しばらくすると解放されて、ゆっくり瞳を開ける。先ほどみたいに睨んでる凰壮はいなくて、少しだけ瞳が潤っている気がした。もう一度、今度は口の端っこにキスされて、掠れた「した?」という声が聞こえた。

「して、ない」

こんなの、凰壮と以外、するはずない。
繋いだ指に力をいれると、凰壮が握り返した。

「お前が誰とどこ行こうか、やっぱり俺には関係ないと思う。俺、束縛するのもされるのも好きじゃねえし」
「……うん」
「お前が、俺のこと好きだってわかってれば、やっぱり関係ないんだ」

ただ、浮気はムカつくからするなよ。

凰壮が不機嫌そうに口をへの字に曲げた。

ああ、私また凰壮に甘やかされてる。




火月さま!
企画に参加していただきまして、ありがとうございました!
遅くなってしまいましてすみませんでした…!
攻める凰壮くんということでこういう感じになりましたが……ご期待にそったものが書けてればいいなあと思います……!
少しでも楽しんでいただければ幸いです!
それでは、リクエストしていただきまして、ありがとうございました!
では!
(20131104)

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