※誕生日祝いにアップしたものです。

 キスをする時、澄晴くんがうっすら目を開けているのを、私は知っている。以前、長いキスをしている途中でうっかり目を開けてしまった時に気が付いた。恥ずかしいのでやめてくれと交渉したことは何度かあるが、一向に聞き入れてもらえる様子はなく、今日に至る。

 本日、五月一日は恋人である澄晴くんの誕生日だ。付き合ってから初めて迎えるビックイベントに、一ヶ月も前から張り切って計画を立てていた私は、ほんの二日前につげられた「ごめん、夜は二宮さんたちと焼肉に行くんだ」の一言に見事撃沈した。付き合いだしてから早三ヶ月。ボーダーに所属する澄晴くんとは、恋人らしいことなんてほとんどできていない。平日も休日も、澄晴くんは任務や訓練で忙しい。もちろんこの点については、初めに澄晴くんから念押しされていたし、百も承知で付き合った。命がけで街を守ってくれるボーダーの活動に感謝こそすれ、不平不満を抱くことはあり得ない。
 ただ、まさか誕生日のオフの時間も一緒に過ごせないなんて、想像してなかった。澄晴くんの話にたびたび登場する二宮さんという人は、どうやら自分の隊員をいたく可愛がるタイプらしい。今日の焼肉も、二宮さんの奢りという話だ。当然、澄晴くんが大事にされるのは嬉しい。嬉しいけど、やっぱり少し寂しかった。
 その寂しさは二日という時間をかけ、徐々に反抗心へと姿を変え、私は一つの計画を実行することにしたのだ。

 放課後になり、前日に焼いた手作りケーキを食べてもらうため、澄晴くんを自宅へ招いた。両親は共働きで、早くとも十九時までは帰ってこない。焼肉の集合も十九時とのことで、着替えに一度帰るために十八時半にはここを出ると言う。つまり、ここにいる間は確実に二人きりでいられるということだ。家族が不在の家に澄晴くんを上げるのはこれが初めてではなかったので、この状況に罪悪感を抱くことはほとんどなかった。
 澄晴くんには先に、自室へ行ってもらった。冷蔵庫からケーキを取り出し、紅茶と一緒にトレイに乗せて二階に上がる。部屋に着くと、澄晴くんがベッドを背凭れにしてちょこんと座っている。ローテーブルにトレイを置くと、四つん這いになった澄晴くんが近づいてきた。ケーキは澄晴くんの好きな葡萄を中心に、ブルーベリー、苺で飾られている。葡萄の時期にはまだ一ヶ月ほど早かったようで近所のスーパーには置いてなく、三件目でやっと見つけたものだ。澄晴くんは「これはすごい」と言って笑った。
 部屋は前日に片付けていたので、そこにしかスペースがないというわけではなかったが、わざわざ隣りに座った。一人用のローテーブルは一辺が短く、並んで座ると膝がぶつかる狭さだったが、澄晴くんが文句を言う気配もなかったので、そのまま甘えることにした。美味しいと言いながらケーキを食べ、他愛もない話をする。時々、澄晴くんが私の前髪を左右にかき分けるなどのスキンシップをしてくる。何、と聞くと、顔が良く見えるから、と返ってくる。猫になったみたいで、ちょっと気持ちいい。
 そろそろお別れの時間かという頃。名残惜しさから、会話がふっと途切れた。それが合図になったみたいに、澄晴くんの手が私の頬に触れた。

「(きた……!)」

 慌てて、両手を重ねるようにして澄晴くんの口を塞ぐ。本当はそのままキスされたかったけど、何を隠そう、今日の私は拗ねているのだ。

「へーと、ほれ、ほーふーひみ?」
「ごめん、よくわかんなかった」
「えーと、これ、どういう意味?」

 ゆっくり手を離すと、今度は澄晴くんが私の両手首を掴む。強くはないけど、簡単に振り解けるわけでもなかった。

「今日は、ダメです」
「なんで?」
「私、拗ねてるの」
「二宮さんたちと焼肉行くから? さっきまで機嫌よかったのに」
「だって、いつも私ばっかり澄晴くんのこと好きで、許しちゃうんだもん」
「……うん?」

 普段、察しの良い澄晴くんが表情は変えないまま首を傾げて見せる。言うと決めていたことを伝えようと先走ったためか、私の言葉に脈絡がなかったようだ。

「告白したのも私からで、今日を楽しみにしてたのも私だけで、私の方が澄晴くんのこと好きだから、だから仕方がないんだけど、でもたまには私の言うことも聞いてほしい」
「……」
「だから、あの……今日は目閉じてキス、してくれるって約束するまで、し、しません!」

 いっぺんに喋ったせいか、呼吸が荒くなる。今日は我慢せず言ってやると意気込んでいたのに、だんだん恥ずかしくなってきて、最後はしどろもどろになってしまった。結局『キスはしたい』と言っているようなものだった。

「いいんだけどさ」

 意外にもあっさりと了承が得られる気配に内心驚いていると、澄晴くんからもっと驚くような発言が飛び出した。

「夢子、本当はイヤじゃないでしょ」
「え、何が?」
「キスする時に、見られるの」
「な……」

 あまりに露骨な反応を見せてしまったせいか、澄晴くんが「図星かーい」と笑う。
 澄晴くんの言う通り、恥ずかしいという理由を除けば、見られることは正直大して嫌ではなかった。ただ、私のお願いを聞いてくれない澄晴くんに、我儘を言いたかっただけなのだ。交換条件でもいいから、一つくらい叶えて欲しかった。それほどまでに焼肉の一件は、私を堪えさせた。結局、澄晴くんには見抜かれていたけれど……。

「たぶん夢子のことは、夢子よりよく分かってるよ」

 いつの間にか、手首を解放されていた。澄晴くんは私の髪を掬って、毛先をねじって遊びだす。ぼんやりと、こんな風に好きにされるのは嫌いじゃないと納得してしまう。

「そりゃ、澄晴くんは人のことよく見てるし」
「そうじゃなくてさ、夢子のことずっと好きで、ずっと見てたってこと」

 だからさ、夢子だけが好きなんて、思わないでいいよ。
 初めて聞く澄晴くんの告白に、耳が熱くなるのを感じた。

「ねぇ、キスしていい?」
「聞かないで」
「あ、目は閉じるんだっけ?」
「もう、どっちでも……」

 最後の音は口の中に消えていった。待てないとでも言うように唇が重ねられる。私は自然と瞼を閉じた。
 まるで余裕など感じられず、どちらともなくお互いを求め合う。お預けされていたのはどちらだったのか。

「……はぁ、澄晴くん、もう出ないと」
「ん……あと五分」

 切ない吐息が、名残惜しいと言っているようだった。
 せめて時計を確認しようとゆっくりと目を開けると、澄晴くんが愛おしそうに私を見つめていた。


(20210501)

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