「サンタさんに会えたら、プレゼントには何をお願いする?」

 人生に不毛な会話を楽しむいとまがあることの、幸福についてぼんやり考える。それは、明かりを消した部屋で灯す、キャンドルに似ているのかもしれない。視界のほとんどが夜闇に塞がれた部屋……その片隅で儚くも、確かに燃ゆる橙の光を遠巻きに眺めながら、そんな風に思った。

「ブランケットだな」
「ブランケット?」
「寒いんだろ」

 慈しみの瞬く口調で言い当てた遊真くんは、窓際に立つ私のもとへ歩み寄ると、ベッドから拾い上げた毛布で私をやさしく包んでくれた。肩から足元へ広がるやわらかい羊毛が、円やかにあたたかい。まるで、抱き締めらているような。守られているような。

「私のためじゃなくて、遊真くんが欲しい物じゃないと」

 そう嗜めると、ふ、と遊真くんの笑う気配がした。束の間、「ないよ」と事も無げに紡がれた回答が聖夜に溶けてゆく。
 私は無意識に、毛布の両袖を胸元で握り締める。彼から与えられたそれを、落としてしまわないように。
 時刻は午前零時を回り、いつの間にかクリスマスを迎えていた。
 サンタクロースの正体を知る由もない遊真くんに「プレゼントを届けに来るところをこっそり覗いてみようよ」と持ち掛けたのは、つい昨日のことだ。無論、遊真くんとクリスマスを過ごすための口実だった。私の浅はかな思惑など遊真くんはお見通しだったかもしれないけれど、今こうして、何も訊かずに付き合ってくれている。私たちはサンタクロースに悟られぬよう電気を消した玉狛支部の一室で、キャンドルの心許ない灯りだけを頼りに、息を潜めていた。
 川の真ん中に建つ玉狛支部の周辺には、街灯もなければひと気もない。外から入り込んでくるほどの強い光や音はほとんどなく、こんな夜更けにかろうじて或るものといえば、囁くような水の音くらいだった。

「そういうおまえは、何が欲しいんだ?」
「……私も、ないよ」

 そう言いながら、ほんの少し、不安になった。窓ガラスにうっすら反射する自分の顔が、あまりにも朧げで。今この瞬間、遊真くんの瞳に、私がどう映っているのか。虚ろう言葉に纏うものが、深々と降り積もる夜闇と綯い交ぜになって、私の存在すら覆い隠してしまっていないか。実のところ、嘘なのか本心なのか、自分でもわからないのだ。
 欲しいものがないわけではない。けれども私たちは、お金で買えるようなものであれば大概は手に入れられるくらいに、大人になってしまった。私の本当に欲しいものは、可愛い箱にラッピングできるものでも、靴下の中に収まるものでもない。

「……ねえ、遊真くんも入ったら?」

 片腕を広げ、遊真くんを毛布の中へと誘った。遊真くんは私の提案を訝しげに思ったらしく、首を傾げた。

「おれは寒くないよ?」
「いいから」

 半ば強引に遊真くんの手を引いて、私の真隣に立たせる。毛布の片袖を彼の肩に掛けると、二人とも毛布に収まるよう、身体をぴたりと寄せる。お互いの肩や腕が触れ合う。自分の心臓がはしゃいだり、体温が上がるのを感じる。
 ふと、遊真くんの手を取ってみた。暗がりで覚束ない視覚に代わって、握ったり摘んだり、触覚を用いて細部の観察を試みる。
 伸び代を感じる、小さな手。まるで虫も殺せなさそうな、短い爪。幼さの残る、肉付き。精巧に再現された掌の皺を、指先でなぞる。くすぐったいと、怒られることはなかった。
 指先が遊真くんの手首に到達する。規則的に、脈を打っている。肌から体温が伝わってくる。臓器なんて、ひとつもないのに。
 口惜しい。見て呉れはこんなにも生身の人間そのものなのに、どうしたって、同じでいられないことが。

「本当はね」
「ふむ」
「遊真くんが、欲しいの」
「それはそれは、お目が高い。して、何を御所望ですかな? 食器洗いの腕前はなかなかのものですぞ」

 きらり、と目の端を光らせながら、遊真くんが戯けてみせる。私はくすくす笑って、結局、それ以上つづきを言及することはしなかった。そうしてもいいように、遊真くんが振る舞ってくれたから。
 
 ◇
 
 それから私たちは、いつサンタクロースがやってきても良いように、ベッドの脇へと移動して隠れるように身を縮こまらせた。二人並んで床に体育座りをし、かたわらに置いたキャンドルを眺めた。
 小指の爪ほどのか細い炎が、芯の先で危なげに揺蕩っている。まるで息衝いているような揺らぎから、不思議と目が離せなかった。「いつまでも途切れなければいいのに」という想いとは裏腹に、蝋がゆるやかに滴ってゆく。

「コンロの火は青いのに、蝋燭の火はオレンジなんだな」
「コンロは高温で、酸素がたくさん燃えているから青いんだよ」

 小学校の時に理科の授業で聞いた話をしてあげたら「物知りだな」と褒められた。ふふ、と照れ笑いをしながら、真隣の遊真くんを見遣る。どんなに夜闇が深く、キャンドルの灯りが乏しくとも、これほど近くにいれば、遊真くんの顔もよく見える。遊真くんも私を見て、穏やかに微笑んだ。応えるように口元をゆるませて、再びキャンドルに視線を戻す。

「キャンドルの火がオレンジに見えるのはね、蝋を燃やした時に出たススが光ってるからなんだって」
「ほう」
「不思議だね」
 
 遊真くんにだけ視えるという、夜闇のように真っ黒なススも、誰かをあたためたり、照らす、やさしい光になったらいいのにな。

 ◇
 
「もう寝ろよ」

 唐突に降ってきた声に、はたとする。どうやらキャンドルを眺めている内に、微睡んでしまっていたようだ。
 もっと、一緒にいたいのに。私だけが、うとうとと瞼を重くする。

「でも……」
「サンタクロースが来たら、起こしてやるから」

 遊真くんの手が、私の頭を撫でる。それから、彼の肩へそっと導こうとする。私を寝かせようと誘導しているのだ。結局、抗いきれなかった私は、遊真くんの肩に凭れた。
 薄れていく意識の中で、キャンドルが作る影が遊真くんを模った……気がした。
 

 そのせいだろうか、奇妙な夢を見たのは。
 

 私は、遊真くんとテレビを観ている。クリスマスシーズンになると必ずと言っていいほど再放送される、有名な洋画だ。どうやら夢の中の遊真くんはその映画を初めて観るみたいで、主人公が仕掛けるいくつもの軽快な罠に、驚いたり感心している。
 なぜか、遊真くんの髪は黒い。心なしか、手足も長いようだ。見慣れているはずの首筋も、どこか骨張っている。横顔は、ひどく、大人びている。
 前触れもなく振り返った遊真くんが「見惚れてたんだろ」と言って、私を揶揄った。拗ねて背を向ける私を、遊真くんが後ろから抱き締める。ぼんやりと、あたたかいなあ、と思う自分がいる。互いの体温に微睡んだのか、じゃれている間に、二人で眠りこけてしまった。
 
 そんなありふれたワンシーンが、なんて贅沢なんだろうと……私の胸を焦がすのだ。

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