もうすぐ、ボーダーでの仕事を終えた蒼也くんが帰ってくる。お祝いの準備は万端だ。お夕飯は蒼也くんの好物であるカツカレーだし、バースデーケーキはこの日のために木崎くんと特訓したおかげで過去最高の出来になった。蒼也くんに似合いそうだと思って買ったプレゼントのお財布も、キッチンの戸棚に隠してある。
 蒼也くんのイメージである青と黒で飾り付けたリビングを見渡しながら、喜ぶ顔を想像して「ふふふ」とほくそ笑んだ。
「よし! 最後は私!」
 寝室のドレッサーに向かい、千手観音の如く化粧を施す。お風呂はすでに済ませてあった。いつ、そういう雰囲気になってもいいように。実は、下着も新調した。ちょっと面積が少なくて、布地が少ないやつ。ネットで購入したら、広告がエッチな下着だらけになった。だって今日は蒼也くんの誕生日だから、うんと喜んでもらいたい。今まで蒼也くんからそういう類の要求をされたことがないので、エッチな下着を蒼也くんが喜ぶかどうかはわからないけれど、諏訪くんによれば「あー、まー、喜ばねぇ男はいねぇんじゃねぇの。つーか俺に聞くな」とのことなので、信じることにした。
 化粧を終えた私は、最後に香水を宙にひとかけし、その中を潜る。普段、香水はあまり付けないのだけれど、今日はせっかくエッチな下着を身に付けていることだし、私だってイチャイチャしたいので、少しでもムーディーな雰囲気を醸し出せるよう、こうしてコソコソ尽力をしているのだ。
 ピンポーン。香水の蓋を閉めたところで、インターフォンが鳴った。蒼也くんだ! 私はご主人様の帰りを待ち侘びる飼い犬の如く、玄関へダッシュする。
「おかえりなさい!」
 玄関ドアを開けると同時に、がばり、とそこに立っている人物に抱き着いた──もの凄い違和感が、私の肌に駆け巡る。
「だっー! 早く離れろ!」
「え!? なんで諏訪くんが?」
 どうやらインターフォンを鳴らしたのは、諏訪くんだったらしい。私は目を丸くしながら、彼を見上げた。諏訪くんは背中を反らしながら、眉間に皺を寄せて私の問いに答える。
「風間が忘れ物したからわざわざ追いかけてやったんだよ……くそ面倒くせー」
「え? でも蒼也くんまだ帰ってないよ?」
「お前ら、何してる」
「あ、蒼也くん」
 声をした方を見れば、マンションの階段側から蒼也くんが歩いてきた。片手にはコンビニ袋。どうやら、コンビニに立ち寄っている間に諏訪くんに追い越されたようだ。
「お前が忘れ物したから届けてやったんだよ。ほれ」
「……そうか。悪かったな」
 短いやり取りを終えると、諏訪くんは「じゃあな」と踵を返した。慌てて「お茶でもしていく?」と尋ねたけれど、諏訪くんはちらりとこちらを一瞥してすぐ「……いや、おっかねーから帰るわ」と言って、さっさと階段を下っていってしまった。
「おっかないって、何が?」
「……さあな」
「あ、そんなことより! 蒼也くん、おかえりなさい!」
 頭に浮かんでいた疑問符も、蒼也くんが帰宅したという事実を再認識すると、すぐに思考から消滅した。私は尻尾を振って、改めて蒼也くんを迎え入れる。
「今日もお疲れ様でした。ご飯できてるよ。早く入っ……!?」
 それは何の前触れもなかった。ご機嫌で話していたところ、蒼也くんに腕を引っ張られたのだ。あまりの素早さで視界も理解も追いつかないまま、玄関へと押し込まれる。
 蒼也くんは後ろ手に玄関ドアを閉めると、私の手首をぐっと掴んで、その鋭い双眸で睨み付けてきた。私は本日二度目の、目を丸くする。
「蒼也くん?」
「諏訪と抱き合っていただろう」
「え?」
 一瞬何を言われたのかわからず、先ほど諏訪くんとしたやり取りをリプレイする。たしかに、蒼也くんと間違えて抱き着いてしまったが、抱き合う、と表現するには語弊があった。
「抱き合ってないよ。蒼也くんと間違えちゃって」
「……インターフォンを確認しろといつも言ってるだろう」
「ごめんなさい」
 しゅん、と謝れば、ぎゅっと蒼也くんに抱き締められた。強すぎず弱すぎない力加減が、堪らなく愛おしい。蒼也くんの筋肉質な硬い背中に手を回す。この瞬間が何よりも好きだ……と浸るのも束の間、突然べりっと剥がされた。「なんで!」と抗議しようとすると、蒼也くんが首筋に唇を寄せた。「あっ……そういうことか!」と瞬時に解釈した私は、ここが玄関だということも忘れてうっとりと目を閉じる。しかしながら、いつまで経っても首筋にキスの感触はなかった。訝しげに眉を顰めた頃、蒼也くんが私から身体を離す。そして、やはり私を睨みつけながら言った。
「……いつもと匂いが違う」
「へ? 匂い?」
 それは、先ほど振りかけた香水のものに他ならなかった。セクシーな雰囲気を纏うために付けたものだったが、目の前の蒼也くんは憮然としている。私は作戦の失敗を感じ取りながら「香水付けたんだけど……好きじゃなかった?」と尋ねた。
 すると蒼也くんは、もう一度私を抱きしめた後、耳元でぼそりと呟いた。
 
「いつもの、お前の匂いの方がいい」
 
 ダイレクトに、その低く澄んだ声が私の鼓膜を揺らした。思わず、膝から崩れ落ちかけたが、蒼也くんが抱きしめてくれていたので、かろうじて立っていられた。
 どんなにエッチな下着を着けて、セクシーな匂いを纏おうが、蒼也くんの方が何倍も色気があるのだと思い知らされてしまった。
「も、もう一度お風呂入ってきます……!」
 私は蒼也くんのために作ったカツカレーをよそうのも忘れて、逃げるようにお風呂へと駆け込んだのだった。
 
 その夜、エッチな下着を身に纏った私を見た蒼也くんが「この格好で諏訪に抱き着いたのか」と、長々説教を始めるのだけれど、それはまた別のお話。

(2022.09.24)
お誕生日おめでとうございます!!

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -