※何でも許せる方向けです。
迅を殺そうと決意したのは、完全な思い付きだった。
仲間の死を、何度も繰り返し視る、忌まわしいサイドエフェクト。最善の未来を得るため、時には非情な選択を、自らに強いる。確定させた未来を守るため、不安も苦しみも、ひとりで抱え込む。そんな業の深い運命から、解き放ってあげたかった。
玉狛支部のみんなが寝静まった頃を見計らい、彼の部屋に忍び込んだ。迅は、毛布も掛けずに眠っていた。規則正しい寝息が、彼の生を私に知らしめる。ずっとこのまま、夢を見ていてほしい。他人の現実まで、彼が背追い込む必要なんてない。
「迅……」
スプリングが弾まないよう、ゆっくりと跨って、その首に両指を巻き付けた。親指を、喉仏に撫で付ける。そっと、彼の唇に、顔を近づけた。
それから、互いの息が触れる距離で、囁いた。
「起きてる、でしょ」
「あ、バレちゃった?」
迅の瞳が、ぱちりと開く。
「サイドエフェクトがあるのに、私がここに来ること、知らないワケないじゃない」
私は彼の首に這わせたままの指のはらに、少しだけ力を込めた。
「なんで、逃げなかったの?」
私の決意など、簡単に宥めることができると、思っているのだろうか。ずいぶんと、舐められたものだ。迅の命は、文字通り、私の手中にあるというのに。
もやつく私をよそに、迅はふっと、穏やかに微笑んだ。
「この未来は、夢子にあげようと思って」
「……私?」
「ああ。おれの未来、夢子はどうしたい? おれは、まだやらなきゃいけないことがあるから、殺さないでおいてくれると助かるんだけど」
迅の顔に垂れ下がる私の髪を、彼の指が掬った。関節が太くて、爪が短い、私の好きな指。
真っ暗な部屋に、月明かりが薄く差した。
「……」
私はゆっくりと手を離すと、そのまま迅の胸に倒れ込んだ。どくどくと動く心臓に、耳を当てる。
「ありがとう、迅」
彼が視ている未来、ひとりで抱え込む未来。そのひと欠片を、共有して、相談してくれて。
私が迅に求めていたのは、たったそれだけのことだったから。
(22.02.13)