「孝二くん」
「んー?」
「……何も聞かずに、私の指を一本、引っ張ってください!」
 そう言って左手を目の前に突き出すと、なんの脈絡もない申し出にも関わらず、孝二くんは本当に何も聞かないで、ただ「なんやろなあ」とだけ言って笑い、私の薬指を迷いなく掴んだ。そっと触れるだけの優しい触り方に、本来であればどきりとするところだけれど、今回ばかりは絶望してしまって、わっと泣き真似をしながら机に突っ伏した。孝二くんは「おっと」と、控えめではあったものの、このタイミングで漸く驚きの声を出して、それから「どないしたん?」と続けた。
「……心理テストだったの」
「女の子はそういうの、好きやなあ」
「引っ張られる指で、相手の好感度がわかるってやつ」
 机の引き出しから年季が入った心理テストの本を取り出して、顔を隠すようにおずおずと掲げた。孝二くんに情けない顔は見られたくなかった。
「薬指は、嫌いって意味なの」
 改めて口にすると、すでに落ちていたテンションがさらに急降下してしまった。たかが心理テスト、されど心理テスト。恋する女の子はとても繊細だし、好きな人からの好意にはいつだって自信が持てないものなのだ。ましてや孝二くんは誰にだって優しいから、内心は面倒くさいと感じていたとしても、こうしたくだらない雑談に付き合うということが大いにあり得そうだった。だからこそ、見えない深層を暴き出すとされている心理テストの結果に、心が揺さぶられてしまうのである。
「その本、借りてもええ?」
 孝二くんはそう言って私の両手から本を抜き取ると、パラパラと柔らかく捲った。しばらくすると該当のページを見つけたようで、瞳を左から右にゆったりと動かして文字を追う。
 この本は私が小学生の時、お小遣いで買ったものだった。裏表紙はかなり色褪せており、紙もくたびれていたけど、孝二くんの手の中にあるだけで大層な代物に思えた。
「おっ、やっぱ間違っとるやん」
 孝二くんは本に落としていた視線を私に向けて、目尻を下げて笑った。
「間違ってた?」
「薬指引っ張って嫌いになるんは、同性の時やって」
「え、そうなの?」
 言われてみれば、小学生の頃、心理テストをして遊んだ相手といえば女子の友達ばかりだった。
「おかしいと思ったわあ」
「ほんと? 嫌いじゃない?」
「ないない」
 孝二くんは本を静かに閉じると、机の上に置いて、もう一度私の薬指を摘んだ。そうしてやんわり、親指を小さく滑らして「心理テスト、合っとったで」とにこやかに呟いた。
 脈絡もなく指を撫でられて、今度こそ私はどきりとした。緊張を隠すように「どういう意味だったの?」と早口で尋ねると、孝二くんはゆるゆると笑って言った。
 
「結婚したいくらい、好きやって」

(21.07.27)
10月まで拍手に載せていました。

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