「浮気は男の甲斐性」とか「男の浮気は種を残そうとする本能」など、己の無節操さを正当化しようとするくだらない言い分が広く流通する程度には、不貞行為に及ぶ男性は多いらしい。ひとえに、旺盛な性欲や下半身への忠誠心が要因だと思うが、それをほんの少しだけ、准くんに分けてやってほしい。もちろん、浮気をしろということではない。誠実さは准くんの魅力のひとつだ。ただ、付き合い始めて半年が経つのに、一度もセックスできていないというのも、問題だと思ったのだ。
 タイミングがなかったわけではない。ボーダーに所属している准くんは、防衛任務に広報活動、入隊指導と多忙ではあるけれど、私と過ごす時間はちゃんと作ってくれている。デートに行くこともあったし、私が一人暮らしするアパートで二人きりで過ごすこともあった。にも関わらず、准くんは手を出してこなかった。
 原因としては、単純に准くんの性欲が乏しいか、それとも私に魅力がないか、どちらかが考えられるが、誤解を恐れずに言えば後者は確率が低いと思う。決して自惚れからくるものではなく、准くんの性格を鑑みると、好きでもない子と付き合うなんて不誠実なことをするわけはないという、客観的観点から考察した結果だ。ゆえに、前者の線が濃厚である。
「誕生日、欲しい物はあるか?」
 一週間前、准くんにそう聞かれた時、どれほど「准くん」と言ってしまおうと思ったか。私は身体の関係がないことを、割と真剣に悩んでいた。まあ、もちろん言えなかったのだが。性欲の乏しい人に対して、暗にとはいえ「セックスがしたい」なんて言ったら引かれてしまうに違いない。准くんのような品行方正な人間には、特に。もし「夢子って案外淫乱なんだな」などと、あの爽やかな笑顔で言われたら立ち直れる気がしなかった。私は無難に「身につけられるものがいいな」と答えた。
 そして本日、私の誕生日。昼はデートに行き、夜は准くんが予約してくれたレストランでディナーをした。私が行きたがっていたことを、准くんが覚えてくれていたことが嬉しかった。
 プレゼントはマフラーだった。私がいつも薄着だから心配なのだと准くんは言った。薄着は准くんを誘惑するつもりで露出の多い服を着ていたからだったが、それは説明しないでおいた。私は帰り道に、早速そのマフラーを巻いた。
 准くんは、二十時には私をアパートまで送ってくれた。高校生の門限よりも早そうな時間帯だ。なんでも、明日も広報活動で朝からボーダー本部に行かなければならないらしい。
「すまないな、いつも」
 アパートの前で別れる時、准くんは困ったように眉を下げて言った。
「……ううん、准くんにしかできないお仕事だもん。頑張ってね」
 わずか一秒足らずで、プロ彼女の模範解答を弾き出す。准くんは「ありがとう」と言って、来た道を戻っていった。
 
 こうして本日も、健全交際期間は記録を更新した。
 
「准くんの馬鹿!」
 部屋に戻るなり、ブランド物のショルダーバッグをソファに投げ捨てた。ブランド物に興味はない質だが、准くんに少しでもオシャレに見られたくて気合を入れたのだった。
「いつになったらシてくれるのよ!」
 直接本人には言えない文句を、宙に向かって吐き出した。
 秋とは名ばかりで、もう随分冬めいている。へたり込んだ床は非情なほど冷たかった。そのままベッドに突っ伏し、貰ったマフラーをハンカチ代わりにして、めそめそと泣いた。
 准くんは、優しい。こちらの邪な企みには気付かず、私の健康を気にしてマフラーを選んでくれた。遠回りになるのに、必ずアパートまで送ってくれる。付き合ってすぐに手を出されるより、ずっと大事にしてもらっている自覚はある。
 でも、でも……。
「准くんに、触って欲しい……」
 准くんに身体を触られたら、どれほど幸せだろう。准くんは、どんな風に触るのだろう。私は頭の中で准くんを描いた。
 妄想の中の准くんは、意志の強い眼差しで私を見つめている。ちょうど、私の告白を受け入れてくれた時と同じ瞳で。彼は私の頬を撫でると同時に深いキスをする。私が夢中になっている間に、もう一方の手で胸を柔らかく揉んだ。ブラジャーからこぼれた乳首は既に勃っていたので、そのまま親指で宥めるように撫でるのだ。私はというと、もどかしい刺激に身震いしている。頬を撫でていたはずの彼の手は私の背中を滑っていき、お尻を丸く撫で回す。指が割れ目に侵入すると、卑猥な水音が鳴った。
 ……たったこの程度の妄想で、私の心臓は早鐘を打っていた。女にだって性欲はある。気持ち良く、なりたい。
 私はおそるおそる下着に手を伸ばした。クリトリスを上からなぞる。下着は割れ目に沿った中央が湿っていた。妄想の中で准くんが触ってくれた乳首が、無性にくすぐったくなる。私は床に膝立ちをし、ベッドに上半身を預けて腰を突き出した。胸をベッドに擦り付けるけど、服越しだし、もどかしさが増すだけだった。代わりに、触りやすくなったクリトリスを弄る。准くんに後ろから突かれる想像をすると、少し濡れた。
「んぅ、ふっ……はぁ、准、くん」
 抑えられないわけではないが、積極的に声を出すと興奮する気がした。我ながら虚しいことをしていると自覚はしている。私はベッドに置いてあったマフラーに顔を埋めると、譫言のように「准くん、准くん」と呟いた。
 すると、ありもしないことが起こった。
 
「夢子……」
 
 准くんにそっくりな声が、私を呼んだのだ。妄想が細密すぎて、幻聴が聞こえたのかもしれない。私は聞かなかったことにして、クリトリスを摩ることに集中した。
 しかしながら、幻聴は止まらなかった。
「すまない、勝手に上がって」
 今度は、はっきり聞こえた。嫌な予感がして、ゆっくりと声のした方を見る。
 なぜか、リビングのドアの前に准くんが立っていた。血の気が引いていくのがわかった。
「え、あ、ほ、本物?」
「鍵は閉めておかないと、危ないだろう?」
「あ、はい、すみません」
 まさかこの状況で防犯の注意をされるとは。恋人のオナニーショーを目撃してしまったのだから、まず真っ先にフォローなりコメントなりがあってもいいだろうに。混乱を極めた頭では、受け答えするのでやっとだった。
「夢子の荷物、俺が持ったままだったことを忘れていたから、渡しに戻ってきたんだ」
 准くんはそう言って、デパ地下コスメの紙袋を掲げて見せた。彼氏に荷物を持ってもらうという、慣れないことをしたせいで、預けたことをすっかり忘れていた。
 准くんは至極冷静だった。語り口はもちろん、目も、私を真っ直ぐ捉えている。
「で、俺の名前を呼んでいたみたいだが……」
 ほんの少しだけ、このまま見てないフリを決め込んでくれるつもりなのかもしれないと、淡い望みを抱いていたが、当然そんなことはなかった。不意に核心を突かれ、心臓が嫌な音で鳴る。
「あ、あの、これは……」
 もう、ダメだ。こんなところを見られて、嫌われないわけがない。どんな言い訳をしても、准くんでオナニーしていた事実を覆せる気がしなかった。
 准くんの顔が見れず、マフラーに視線を落とす。「夢子に似合うと思って」と准くんが言ってくれたオフホワイトのマフラー。今の私は、准くんの目にどう映っているんだろう。まだ、このマフラーが似合う女の子、なのだろうか。目の奥がじわじわと熱くなっていって、視界が滲んだ。
「どうして泣くんだ?」
 准くんが屈んで、床に座る私と目線を合わせる。伺うように視線を向けると、准くんは困ったように眉を下げていた。
「あ、の」
「うん」
「嫌いに、なった?」
 震える声で問いかけると、准くんは「えっ」と漏らして目を見開いた。
「そんなわけないだろう! どうしてそんな風に思うんだ?」
「だ、だって、こんなところ……」
 うまく言葉が出てこなくて、情けないことに黙ってしまった。准くんは少し黙った後、やはり困ったように微笑んだ。
「……ごめんな、夢子に我慢させてるなんて思ってなかったから」
「我慢、ていうか……」
 
 准くんは、私のこと、好き?
 
「当たり前じゃないか。好きじゃなきゃ付き合わない」
「じゃ、なんで、シてくれないの?」
「……俺たち、たしかに付き合って半年は経つけど、実際に一緒にいられた時間はそんなに多くないだろう? 過ぎた時間の長さよりも、関係の深さの方が大事だと思ったんだ。だから、夢子とのことはゆっくり進めるつもりだった」
 
 でも、それで不安にさせていたなら、ごめんな。
 
 准くんはそう言って、私の涙を指で拭った。そのまま流れるように頬を撫でた後、私を引き寄せて抱き締めた。准くんの匂いが鼻を掠め、私はゆっくりと目を瞑った。
 ──一人で悩んでいる間、准くんは私にどうやって触れてくれるのだろうと、何度も考えていた。それが、こんなに暖かく、優しいなんて。
「……ここ、気持ち良かったか?」
 准くんは身体を離すと、先程まで私が弄っていたクリトリスに手を伸ばした。
「んぅっ」
「つらいか?」
「……うん。つらい、から、准くん……」
 目を見て言うのは恥ずかしかったので、准くんの首に腕を回してから、耳元で「シて」とだけ呟いた。
 ◇
 ベッドの上で向かい合う准くんは、私の服を一枚ずつ脱がすと、簡単に畳んでベッドの隅に置いた。そんなのいいのに、と思うのと同時に、自分の持ち物が丁寧に扱われていることを嬉しく思う。もう少し時間をかけてから……という准くんの配慮を私の我儘で台無しにしてしまっているので、「早く触って」と急かすことはしないでおいた。
 私を一糸纏わぬ姿にすると、准くんも裸になった。准くんの健康的な身体には、想像していたよりもずっと筋肉がついていて驚かされた。生身ではないとはいえ、前線で戦うだけのことはある。また、普段あまり性を感じさせない准くんの男を見せつけられるようで緊張した。
 彼は、仰向けに寝かせた私の前髪をそっと掻き分けてから、額、こめかみ、それから瞼、頬、首筋と順番に、恭しい所作でキスを降らせてきた。何気ない恋人のスキンシップが、准くんの手にかかるだけで神聖な儀式に早変わりしてしまう。神様に祈りを捧げるような。
「准くん……」
 私の左手を取った准くんが、手のひらにキスをする。
 唇が触れたその瞬間、伏目がちだった准くんの瞳が、射抜くような鋭い視線に変わって私を捉えた。「あ」と思ったのも束の間、左手に力の籠った准くんの指が絡まる。俗にいう恋人繋ぎというやつだった。左手は准くんの誘導でベッドに縫い付けられ、同時に、喰むようなキスをされた。准くんの舌が上唇のキワに這う。優しくこじ開けようと誘導している。いやらしさのないキスからの変貌ぶりに、息の仕方を忘れるほど緊張した。
 准くんのキスは長かった。私が苦しそうなことを察して、時々息継ぎの時間をくれるけど、すぐにまた唇で塞がれてしまう。准くんの舌が、私の口内を愛撫する。追いかけてくる舌が熱い。
 しばらくして解放されたが、今度は身体中にキスが降りてきた。胸や腹、腰と下ってきて、とうとう太腿に到達する。准くんは、私の片足を持ち上げて、内側を吸った。
「夢子は綺麗だな」
 そう言うと、キスだけで十分濡れてしまった秘部に、人差し指の関節を擦り付けてきた。漸く訪れた淡い刺激に、内腿は大袈裟に身震いした。入口は私の意思とは関係なく、まるで招き入れるかのようにヒクついた。
 こんなところ、綺麗なはずがない。けれど、准くんの曇りない瞳に映されるものは、全てが美しくなってしまうのかもしれない。そして、准くんに綺麗だと言われると、本当にそうなったと錯覚する。
「あ、ん、准く」
 持ち上げられた片足は、いつの間にか准くんの肩に掛けられていた。今、私の全てが准くんに晒されている。嬉しいような、恥ずかしいような、興奮するような。不思議な感覚だった。
 准くんは、割れ目から滴る愛液をクリトリスに塗りつけてから、人差し指をゆっくりと挿入する。そして、もう片方の手の親指でクリトリスを優しく摩る。
「あっ、んっんっ」
 自分で弄った時の比ではないくらい、気持ち良い。電気のような快感が、腹部へと走っていく。根元まで挿し込まれた人差し指で内側をなぜられ、抜き挿しされる。その度に、ぐちゅ、ぐぽ、とあられもない音がした。
「じゅ、くん」
「どうした?」
「あ、おっぱい」
「うん?」
「舐めてえ」
 おねだりすると、准くんはうっすら微笑んだ。それから、膣内を指で犯したまま、乳首を舐め上げた。円を描くように乳輪を這ったり、先端を押し潰すように舌を徘徊させる。准くんの唾液で、ぬるぬるして気持ち良い。放置されっぱなしの方の乳首がむず痒く、自分の手で引っ掻いた。存外良くて、指を上下させるだけの簡単な動きで乳首を弾くことに、夢中になった。
「胸、好きなのか?」
「はぁ、ん、好きぃ……」
「覚えておく」
 准くんはそう言って、また唇に触れるだけのキスをした。あやされているみたいで悔しい気もしたが、当然のように次があることを予感させる言葉が嬉しかった。
「夢子」
 無意識に足をピンと伸ばして腰をくねらせた頃、准くんの声が私を呼んだ。それが合図みたいに、達してしまった。
 息を整えている間に、准くんは、私がこんなこともあろうかと用意していたゴムを装着させていた。それから、だらしなく開ききった私の足の間に座った。覗き込むと、大きくなった准くんのソレが見える。准くんでも、あんな風になるんだと思うと、達したばかりだというのに、また中がうねってしまう。
「夢子、いいか?」
 准くんは耳と頬に何度目かわからないキスをした後、目を細めて私を見た。いつもの慈愛に満ちた笑顔に、不釣り合いな汗と、苦し気に顰められた眉が浮かんでいる。
 私は両手で、秘部を広げて見せた。
「夢子……好きだよ」
 准くんのソレが、ゆっくりと私の中に挿入っていく。目の前がチカチカする。
 必死に、何かに掴んで快感に耐えようとした。偶然手に取った、柔らかく温かい何か。視線を送ると、准くんに貰ったマフラーだった。
「大丈夫か?」
 汗を滲ませた准くんが、私の額を撫でる。
「だ、いじょぶ」
「そうか」
「じゅっ、くん、気持ちい?」
「ああ、気持ち良いよ。夢子、ありがとう」
 准くんが、顔中にキスを繰り返す。
 私は、動いてもいいよ、と言葉にする代わりに准くんの腰に手を滑らせた。察したのか、准くんが腰を動かし始める。
「はっ、あん、じゅ、あっすごっ」
「夢子、はっ、夢子、好きだ」
「ふあ、んっ、私もっ!」
 指とは比べ物にならない太さの物が、奥を突いてくる。私は成す術なく、喘ぐことしかできない。
 ずっと、コレを待ってた。私の中は、待望の准くんを逃さまいと、ぎゅうぎゅうに収縮する。
「夢子、すまない」
「んっ、イって」
 准くんが私にぴったり覆い被さると同時に、ゴム越しに吐き出された。
 肩で息をする准くんが、乱れて落ちてきた髪を後ろに掻き流す。その様子をぼおっと見ていると、目が合った。准くんは愛おし気に微笑んで、それから私を抱き締めた。
 触れ合う人肌の温もりが心地よい。一人きりでは決して得られない快感だった。
 無我夢中で掴んでいたマフラー。私は最後まで、放さなかった。

(21.10.28)
フォロワーさんの誕生日プレゼントに書きました。

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