荒北が静岡の大学に行ってしまってから早一か月。静岡の大学を受けるなんて言われて、初めは戸惑ったけれど、なにも海を渡るわけでもなければ箱根なんてほとんど静岡みたいな位置だから遠距離恋愛なんて言っても「なんちゃって遠距離」でしょ、と楽観的に考えていた。大学生なんて人生の夏休みだと世間から評される程。会う時間なんていくらでもある。はずだった。
けれどもいざ大学生になってみるとどうだ。もともと荒北なんてツレない性格だったし、ほとんど自転車漬けの生活をしていた男である。メールしてもすぐには返ってこないしやっと返事をくれたと思ったら「あっそ」とかそんなん。電話してもこれはこれで素っ気ないし、「くだらねえ話してんナァ」とあまり相手にしてくれない。高校生の時のように同じクラスにいれるわけじゃないのだからこんな他愛もない会話、メールや電話じゃなければできないというのに、荒北はどこがダルそうだ。というか「ダルい」と言われた。
休みの日くらい会いたい、と彼女なら当然思うくらいの我儘を言うと「アァ? 面倒くせェヨ」と言う。ひどい。彼女に会うのが面倒だって? じゃあ別れればいいじゃんか。

「というわけで別れましょう」
「ハァ? いきなりなに言ってんだヨ」

電話越しの荒北が素っ頓狂な声をあげた。
いきなりなんかじゃない。この三日間寝ずに考えた。寝ずに、と言えばまあ嘘にはなるが夢の中にまで荒北が出てきたから同じようなものだ。時間にすると二十四時間かける三日なので実に七十二時間である。三日間と言えば自転車競技部のインターハイと同じ日数だ。荒北が死力を尽くしたのと同じ分だけ私も思い悩んだ。とても苦しかった。もう楽になりたい。

「だってこんなの付き合ってるなんて言わないもん」
「テメーの付き合うってなんなんだよ」
「くだらない電話したりメールしたり休みの日はデートする。あと、時々好きだよって言う」
「くだらねえナァ」

くだらない、だと?
荒北の言葉に思わずムッとした。荒北にとってはくだらなくても、私にとっては今世紀最大の重大事件なのだ。それをこいつは。

「じゃあ今すぐ会いに来てよ!」
「なんでそうなるんだよ、終電もとっくにねえだろーがよ、バァカ!」
「自転車こいできなさいよ! なんのために部活してるの!」
「夢子チャンのためじゃねえのは確かだナァ」

フっと小馬鹿にしたような荒北の台詞に怒りが沸点に達した。
荒北が私のことを「チャン」付けで呼ぶときは、からかっているのだ。こんな時に茶化すなんて、酷い。

「馬鹿馬鹿、荒北なんて嫌い! 今すぐ会いにこないなら絶対別れる、そんでもう二度と会わないし荒北に迷惑メールたくさん送ってやるんだから馬鹿馬鹿馬鹿ば」
「うるせェ」

ピッという機械音。荒北の声の代わりにツーツーと無慈悲な音が耳に囁き、まさかとは思いつつ携帯を見ると通話終了の文字が飛び込んで思わず絶句した。
切った、切った。荒北、電話切った……?
え? 別れ話の途中で切った? 嘘だあ。

「荒北ァ……」

湧きあがる怒りの感情をぶつけるように携帯を思い切りベッドに投げた。スプリングでバウンドして、カーペットの上に転がる。どうせなら壁に投げればよかった。粉々になってくれたほうが、この煮えくりかえる怒りも少しは穏やかになったのかもしれないのに。

「もうやだ! 嫌い! 荒北嫌い! 荒北のばか!」

一通り怒りにまかせて叫ぶと、怒りの後は涙が湧いた。こんなあっさりフラれて情けない。ベッドにうつ伏せになってわんわん泣いた。
わーんわんわん。
そういえば荒北って実家で犬飼ってたって言ってたな、なんて泣きながら思い出した。なんでこんなどうでもいいこと思い出さなきゃいけないんだろう。案外自分、余裕あるなあ、なんて。わんわん。

しばらく泣いているとブブブと床が小刻みな音を出した。視線を送ると、カーペットの上の携帯が震えている。速攻で飛びつくと、荒北靖友の文字。速攻で出た。

「切ってんじゃねえヨ」
「切ったのは荒北じゃんか、馬鹿」

嗚咽交じりに怒ると微かに舌打ちが聞こえた。

「テメーがぎゃんぎゃん喚くからだろォ」

荒北の声が面倒くさいって全身全霊で言っている気がするのに、怒りがわかないのは、きっと荒北がかけ直してくれたからだ。
荒北がかけ直してくれるって、なんとなく分かってた。だって荒北、すぐ私のこと甘やかすんだもん。今までだって何度も喧嘩したけれど、結局折れてきっかけを作るのは荒北の方からだった。だから私だって安心して我儘ばかり言えるし、なんだかんだ余裕あったんだろうなあ。

「荒北……」
「なんだヨ」
「かけ直すの遅いよ。あとちょっとで迷惑メールたくさん送るとこだった」
「何様だ、テメエは」
「荒北……」
「何回もなんだよ!」
「私、二番目でいいんだ。だから私のこと、好きになって」
「……」

自転車の次でいいよ。
だから私のこと、忘れないで。

知ってるよ、本当は、面倒くさくて私に会いに来ないんじゃないってこと。休みの日も練習してるんだもんね。荒北は、努力してるって知られるの、恥ずかしいんだ。私にくらい、もう隠さなくってもいいだろうに。
悪態ばっかりつく電話だって、荒北から「切るぞ」なんて一度も言わないことも。一言二言しかくれないメールの返事も、なんだかんだ荒北から絶やしたことが一度もないのも。
知ってるよ、忙しい中で私のこと大切に扱ってること。荒北は、素直じゃないから。
だけどやっぱり、時々でいいから会いたいんだ。だって荒北が好きなんだもん。我儘ばっかり言って、ごめんね。

「バァカじゃないのォ?」

荒北のいつもの調子の荒い言葉が聞こえる。

「好きに順位があるかよ」
「……あは」

好きか嫌いかの二択だって。荒北らしいかなあ。

「荒北ぁ」
「んだヨ」
「会いに行くのは、いい?」
「好きにすればぁ?」
「うん、好きにする」

好きにするね、荒北。

「好きだよ、荒北」

くだらない電話したりメールしたり休みの日はデートする。時々好きって言う。
今日も付き合えてるね、荒北。



(20140110)
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