箱学一の美形を自称し更に全校生徒五割ほどの人間(全員女子)からも公認されている自転車競技部三年副部長、登れる上にトークも切れる美形クライマー東堂尽八くんが世界的に有名な童話シンデレラに登場する王子様よろしくとある女子を探しているらしい。その女子とはガラスの靴を履いているわけでもなく魔法使いにかぼちゃの馬車や煌びやかなドレスを与えられたわけでもなくましてや意地悪な継母や姉たちに扱き使われていたわけでもないが、忘れ物をしてしまったのは紛れもない事実。しかもそれは東堂くんの靴箱の中に、であった。通常、人の靴箱に忘れ物をすることがあるはずないことは明明白白。そもそもに他人がわざわざ開ける必要がない場所だからである。もしもそこに何かがあったとすればそれは忘れ物などではなく贈り物である可能性は実に高い。
そしてその場所が靴箱であったのなら、中身は古来の少女漫画より示されている。



「この恋文の主を知らんかね?」

昼休み、食堂でカレーうどんを啜っていると斜め前のテーブルに座った東堂くんが隣の席の女子に尋ねるのが聞こえた。話しかけられた女子は「えー? まだ見つかってないのお?」と如何にも女子らしい猫撫で声でケラケラと笑う。またその女子の隣の女子(恐らく友達同士)も「もういい加減諦めたらあ?」と砂糖菓子の如く甘ったるい声で茶化すように笑った。

「(ほんと、諦めたらいいのに……)」

カレーうどんに浮かんだ葱を咀嚼しながら名も知らぬ女子に同意する。
東堂くんは真白い紙のラブレターを胸ポケットに仕舞うと「そういうわけにもいかんだろう」と呟きながら昼食である焼き魚定食(和食好きだなあ)をつつきだしたが、すぐに女子たちに別の話題を振られ機嫌のよさそうな大声を上げながら談笑を始めた。東堂くんが得意気に話し出すとすかさず女子たちが頬を染めあげ黄色い声を上げて笑うのを眺めながら、私はというと内心羨ましくて仕様がない感情を抑制すべく無心でカレーうどんを啜ることになる。東堂くんの向かいの席に新開くんと荒北くんが加わり更に賑やかになった斜め前のテーブルから逃げるように颯爽とカレーうどんを啜りあげ食堂を立ち去った。



事件が起こったのは二週間前の火曜日。風の噂なんて生易しいものよりもずっと荒々しいそれは台風の噂とでも言うべきだろう、その「名無しのラブレター事件」は東堂くんのクラスより三つも離れている私のクラスまで即座に伝わることとなった。事の詳細は女子たちが噂をするのを盗み聞きと言うには随分理不尽である程大声で騒ぎ立てるのを聞いて知ったし、あっという間にクラス中(というか学年中)で話題になった。
東堂くんが朝練を終え校舎に来ると靴箱の中にラブレターが入っていたらしいのだがそのラブレターには名前が無く、彼はラブレターを高々と掲げ「差出人は名乗り出よ」とまるでいつかの時代の大名のような威勢で言い放ったそうなのだ。
エックス染色体とワイ染色体を持ち合わせた瞬間からデバ亀的習性を持つようになった女子たちは口々に「ちょっと誰よお」などとキャアキャア笑ったが、私ばかりは顔面を文字通り蒼白にし今にも卒倒しそうな体を気合で保たせた。

ラブレターの主は他でもない、私だった。

日曜日、頭を悩ませ何度も書き直したラブレターを月曜日の放課後こっそり東堂くんの下駄箱に忍ばせておいた。名前は書き忘れたわけではない。書かなかったのだ。別に返事が欲しいわけではなかったし付き合いたいわけでもなかった。そんな烏滸がましいことを考えるほど驕ってなどいない。ただ気持ちを知ってほしいそれだけだという自分勝手な理由から自分勝手な手紙を書いたのだ。
正直東堂くんを呪った。人が三年間大切に真心こめて秘めた真摯な恋心をこんな好奇心が服着て歩くような年頃の群の中で晒してしまうなんて非人道的である。東堂くんがそんな人だなんて思わなかった……と一時は幻滅にも似た感情で地獄を見ることになったが、実際あれほど騒いでいる東堂くんがラブレターの中身までも晒しているわけではないと知ったのはすぐの話。「中身見せてよ、中見たらわかるかもしれないよお?」などと不躾な悪魔の囁きをする女子たちに「それはダメだ。不誠実なことはできん」と女子のことが大好きな筈の東堂くんが一蹴するのを見て、再び淡い気持ちが芽を咲くことになった。

というか東堂くんはラブレターの差出人を見つけて何がしたいんだ。
東堂くんがラブレターを貰うなんて今に始まったことじゃない。東堂くんが靴箱に入った手紙を見つけ「まあしょうがない、オレは箱学一の云々」と新開くんたちに得意気に話すところを見たことだってあるし、練習終わりに女子たちが東堂くんをぐるりと囲うのも日常茶飯事。クラスの可愛いあの子が東堂くんに告白したなんて噂をやはり女子たちがキャアキャア言いながら噂をするのに混じったことだってある。今更東堂くんが一女生徒に告白されることなんてさほど珍しいことでもない。今回は東堂くん自ら騒ぎ立てたからちょっとした騒ぎにこそなったが、次の日になれば「また東堂くんが告白されただけだ」と皆の興味もすぐに冷めた。
顔も知らない相手なのだから気持ちに応えるなんてこともするはずないだろう。ではわざわざ見つけて振ろうというのか。いや、そんなことする人とも思えない。自分のことを好きな女子を把握しておきたい……とか? 一番しっくりするかもしれない、なあ。

けれどもここまで大騒ぎになってしまっては名乗り出ることなど到底できやしない。ましてや名乗り出て直接フラれるのも絶対に嫌だった。
しかしながら「男は度胸、女は愛嬌」と物事の真理をついたようなことわざを俄然無視した女子たちが勇敢にも数人名乗り出たらしい。話を聞いた時は驚きで頭が真っ白になった。これではシンデレラではなく人魚姫じゃあないか。けれども東堂くんは「手紙の内容を言ってみたまえ」と言い、まあそれっぽい内容を言う女子たちに対し「名前も書けないような照れ屋が人前ましてやオレの前で惜しげもなく内容を話せるはずもあるまい」と、子供の腕を引っ張り合わせた大岡越前の如く名裁きを見せたそうな。
それからただの一人も名乗り出る人間は現れていないそうだが、二週間経った今でも東堂くんの差出人探しは続いているのだ。

「(ま、バレるわけないよなあ)」

バレる要素がない。最初こそ目撃者がいるかもしれないと冷や汗をかいて焦っていたが、二週間も経って証言がなければ誰にも見られているはずもない。私と東堂くんは学年こそ同じだが、一度だって同じクラスになったことのない、接点のない間柄だったのだ。
時々目に入る度、差出人を探している東堂くんには申し訳ないなあと思うけれど、いつか諦めてくれるのを待つしかない。

「(ごめんねえ)」

校舎の窓から見える、東堂くんがよく登る山に向かって手を合わせて懺悔した。




つづく と思う
(20131212)
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