「夢子」

授業が終わって日が沈む。図書室で時間を潰していたけれど、烏が鳴くからそろそろ帰ろうと、昇降口で上履きを脱いでいたら音もなく現れたその人に名前を呼ばれて驚いた。人がいるなんて思わなかった。
ゆっくり振り向くと、名前を呼んだその人、つまり東堂くんが、廊下からこちらを真っ直ぐ見て立っていた。部活帰りなのだろうか、ユニフォームではなく制服を纏っている彼が何故校舎にいるのかは甚だ疑問ではあった。
なあんだ、東堂くん。どうしたの。
へらっと笑って返事をしたけれど、どうしたことか。東堂くんは黙っている。
いつものような、それこそ誕生日である今日一日、ご機嫌に高笑いを奏でながらプレゼントを贈る女子たちに「ありがとう」と言って笑みを浮かべていた口角は、きゅっと真一文字に結ばれていて、一見すると怒っている様にも見えて怖いと思った。いつも元気な人だから、ちょっと真面目な顔をしただけでそんな印象をもたれてしまうのは、少々不憫だ。

「どうしたの?」

尋ねるのと同時に腰を屈めて上履きを拾う。靴箱のローファーと取り換えると、今一度東堂くんに視線を戻した。
普段なら私が尋ねる前に用件を言うだろうに、それどころか東堂くんは瞬きもなくただただ私をじっと見るばかりで口を噤んでいる。まるで東堂くんじゃないみたいだった。
何かあったのかな。言いにくいことなのかしら。らしくない。
催促することはしなかった。できなかった。なんとなく、声を出してはいけない気がした。声を出したら、終わってしまいそうな気がした。東堂くんに見つめられているこの瞬間が、どうしようもなく神聖なことのように感じからだ。ここが学校だということも忘れてしまうくらい。
だから私も、私を真っ直ぐ見つめる東堂くんを見つめ返し、言葉を待った。
いつの間にか烏の声が聞こえなくなった。自分の息遣い以外、音がなくなってしまったようだった。ただ、橙色の日が東堂くんのカチューシャに反射するのが綺麗だと思った。

「夢子」

東堂くんが、私を呼んだ。

「はい」
「今日は、オレの誕生日だった」
「うん、知ってるよ。おめでとう」
「ああ、ありがとう」

東堂くんが瞬きをした。世界が切り替わる。東堂くんは「だからといってはなんだが、オレの我儘を一つ聞いてはくれまいか」と言った。

「我儘?」
「ああ」
「いいよ、なあに?」

東堂くんがお願いごとをするだなんて珍しい。彼はなんでも自分の力で解決しようとする、誇り高い人だからだ。
だからこそ、頼られるのが嬉しくもあったのだが。

「夢子の……」
「私?」
「夢子の時間を、三分だけでいい。オレにくれないだろうか」
「三分?」

カップラーメン。ウルトラマン。
たった百八十秒のために了承をとろうとする東堂くんの律儀さが、ちょっと面白い。
私の時間は全部東堂くんにあげたって、足りないくらいなのになあ。

「いいよ」

二つ返事で微笑むと、東堂くんも応えるようにフと微笑んだ。そうして一歩、また一歩、私の傍に歩んできて、目の前に立つと、思ったより背の高い彼が私を見下ろした。顔を上げて東堂くんを見つめ返すと、東堂くんの目が一瞬細くなって「すまんね」と瞬きの隙間から声が漏れる。

なにが?と問い返す間もなく、東堂くんの腕が私を抱きしめた。

「……東堂くん」
「……なんだ」
「なんで謝ったの?」

了解なんてとらなくていいのに。

「……汗かいてきたからな」
「気にしないのに」
「まあ美形の汗は美しさをより引き立てるものには違いないのだが、エチケットとしてはよろしくないだろう」
「そうじゃないのに」

なんだ、やっぱりいつもの東堂くんだ。

「……東堂くん」
「ん?」
「……三分じゃ足りないよお」
「……そうか」
「うん」

東堂くんの腕の力が強くなる。
見た目に比べてずっと硬い胸に頭を預けると、心臓の音が聞こえてきそうだった。
いつも限界まで脈打って、東堂くんを頂上まで運んでくれる。いつも頑張ってくれて、ありがとうね。

「東堂くん、お誕生日、おめでとう」

東堂くんの生きてる音がする。



誕生日おめでとうございます!指差すポーズやって〜!
追記:夏休みってこと忘れてました^^(20140808)
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