※ヒロイン幼馴染ですが関西弁じゃありません。





押入れの中を掘り起こしていたら季節外れにも花火を見つけた。
埃臭さに小さな咳を漏らしながら、懐かしさに目を細めて眺める。赤黄緑の色をした花火が買った時のまま整然と並んでいて、まるで夏から時間が経っていないようだった。
確か、去年の夏に幼馴染である鳴子一家と一緒に花火大会をしようと言って大量に買い込んだ時の物だ。意気込んだはいいのだけれど、当日雨が降って中止になってしまったのである。鳴子の弟たちは随分残念がっていた。「また別の日にやろうね」と指切りをしたくせに。なんだかんだ都合がつかなくて流れてしまったまま、もう春になってしまった。鳴子は毎日自転車漬けの生活だったし、私たちは受験生だったから、私も夜は遅くまで塾に通っていて、帰宅する頃になると鳴子の弟たちは昼間の元気なんてすっかりなくなって眠気眼に目を擦ってしまう。
「また来年の夏にやろうね」
夏が終わって学校が始まると、今度は別の約束をした。
当たり前に、夏は何度だってやってくると知っているから。きっと変わらないはずの十六回目の夏を想って、軽い気持ちで約束した。

ゆびきりげんまん、はりせんぼん、のーます。

「……」

正座した膝にのせた花火を床に置き徐に立ち上がると、ベッドに放り投げていた携帯電話をとって、発着履歴の一番上にある番号に電話をかける。機械的なコール音が数回響いて、ぼんやりと瞼を伏せた。

出ないだろうな。きっと今日も、自転車に乗っているだろうから。

いつからこんなに物分りがよくなったのだろうか。繋がらないだろうと分かったまま電話をかけることが当たり前になってしまった。それを虚しいと思うことはない。期待するよりずっとましだ。
節目の溜息を一つ吐いて、携帯を耳から離した。その時。

『もしもーし! なんや、夢子か? どないしてん、なんか用か?』

出た。
数回に一度しか繋がらない鳴子の携帯が。
耳から少し距離があるのに、携帯から伝わってくる鳴子の声は、相変わらず元気そのものだった。

「鳴子、今日暇?」
『なんやー? いきなりどないしてん。なんかあるんか?』
「花火しようよ」

さっき押入れで見つけたの。去年の残り。

私の言葉に鳴子はすかさず「おー花火か! ええやん、ほんなら夜やな!」と話を進める。鳴子との会話はテンポが速くて気持ちがいい。

「じゃあ晩御飯食べたら連絡するから、公園で待ち合わせね。皆にも伝えておいて」

簡単な約束を取り付けて、短い電話を切った。
携帯をベッドに投げると、再び押入れの前に行く。床に置いておいた花火を拾って、苦く笑った。再度花火を床に置くと、押し入れの中に戻る。奥に段ボールを見つけて引っ張り出した。中を開けると、パステルカラーのアルバムがぎっしりと詰まっている。やっと見つけたお目当てのものを取り出して、一枚ページを捲った。
思い出が目に映る。懐かしくて、胸が詰まる気がした。
はりせんぼん。



「あれ、鳴子一人?」

辺りはどっぷりと暗くなり、すっかり夜になっていた。三月、暦の上ではすっかり春になって日も随分伸びたとはいえ、まだまだ肌寒い。羽織っていたパーカーが、風に靡いた。
夕飯を済ませ約束の公園に向かうと、相変わらず目立つ赤いスタジャンを身に纏った鳴子がブランコに腰掛けているのが見えたのだが、弟たちはおらず、一人きりだった。不思議に思って歩み寄りつつ尋ねると「あいつら、今日花火やる言うたらはしゃぎすぎてもーて、疲れて寝ててん」と、ブランコから降りながら頭を掻いた。

「起こそうかとも思ったんやけど、明日朝早いからなあ」
「……そ。まあ、起こすのも可哀想だしね」
「なんやー? 元気あらへんやん、どないした?」
「……別に、なんでもないよ」

話もそこそこに、手提げ袋から花火を取り出すと鳴子が「早よ早よ」と急かす。

「相変わらず花火好きね」
幼い頃から鳴子は花火が好きだった。いつも笑ってる鳴子が一層声を大きくして笑って、火花を散らす花火を振り回すものだから、よくおばさんに怒られていた。
特にロケット花火が好きみたいで、いつも一番に取り出して目を輝かせていた。私は火をつけるのが怖かったし、颯爽と鳴子が持って行ってしまうから、ロケット花火に火をつけるのは鳴子の役目だった。

「やってかっこええやん! ガーっとしとってパーとなって、めっちゃ派手やし」

感覚的な鳴子の言葉を聞きながら「ふうん」と相槌を打つ。思わずクスクスと忍ぶように笑うと「笑いよった」と鳴子が笑った。ニカーっと、八重歯を見せる笑みは眩しくて、その赤い髪の色から、太陽みたいだなあと常々思っていた。
笑う時に見える、鳴子の八重歯が好き。

花火を広げ、付属されていた蝋燭を地面に立てる。鳴子がライターを持ったので、鳴子の向かいにしゃがみ込み、風避けになった。数回火花が散ると、籠った音を立ててライターの先に火が灯る。二人の間の蝋燭に点火された。

「ロマンチックじゃない?」
「なにがやねん」

結婚式みたいじゃん。

そう言いかけた言葉は飲み込んだ。
鳴子はなんと思うだろうか。
冗談だと思って「カーッカッカ」と特徴的な笑いでもして一蹴してしまうだろうか。それとも「なに言うてんねん!」と髪の毛と同じ色に頬を赤らめて慌てふためくだろうか。それとも私の気持ちを察して、真面目な顔でもするだろうか。
鳴子とは長い付き合いだけれど、お互い色気づいた話なんてしたことがないから、ちっとも想像がつかなかった。

「どないしてん?」
「なんでもないよ、それより早く花火しよ」

鳴子の言葉を遮って、花火を拾い上げる。「なんやねん」と訝しむ鳴子から視線を逸らして、花火の先を蝋燭へと持って行った。

「あー!あかん! まだバケツ持ってきとらんやろ!」

先に始めようとする私に一度怒鳴ってから、鳴子はバケツを片手に水道まで走って行ってしまう。しゃがんだまま鳴子を見送りつつ、視線は花火の先端に戻した。
しかしながらいつまで経っても先端が火花を散らして華やぐことはない。不思議に思って火から浮かせて確認してみると、先端は黒く焦げているばかりだった。

「鳴子、これ湿気ってる」

浪速のスピードマンの名を欲しいままにしていると豪語する鳴子が、重たげなバケツを揺らしながら、思ったよりもずっと速く戻ってくる。
鳴子は私の言葉を聞くと「ええー!」と大袈裟とも言える反応で驚いて見せた。

「ホンマかい! ちゃんと確認したんか?」
「いや、だってほら、先っぽ焦げてるでしょ?」
「あかーん! ワイめっちゃ楽しみにしとってん! ないわー!」

やはり大袈裟な動作で落胆を表現する鳴子に「ごめん」と小さく謝ると「ちゃう、ちゃうで。責めとるとちゃうねん」と手を顔の前で扇いで否定した。

「せや、ばあちゃんがなあ、天日干しすると湿気した花火復活する言うとったで!」
「もう日出てないけど」

墨のように闇色な空を指差した。

「明日干せばええやんか」

鳴子はさも正論であるかのように言い切った。
その調子に、思わず眉を顰めた。

「明日なんてないじゃん」

もっと柔らかく言ったつもりだったのに、声になった返事は、頭の中で想像したものよりもずっと冷たく攻撃的だった。
私の言葉を聞くと、鳴子はただでさえ大きい目を更に大きくさせながら口をポカンと開いて、いかにも驚いた顔を見せた。

鳴子の八重歯が見えた。

「……ごめん」
「や……」

呟くように謝罪をして見上げていた顔を伏せると、戸惑いがちの鳴子の声が漏れた。今日の私は、謝ってばかりだと思った。
どうしてこんな日に限って、楽しくできないのだろう。

幼馴染の鳴子が千葉に引っ越すと聞いたのは、三か月前のことだった。
新年の挨拶にと、鳴子を初詣に誘った。二人で神社の鐘を鳴らして「今年もよろしくね」なんて笑い合った帰り道。家まで送ってくれた鳴子が「ワイ、千葉の学校行くねん」と、まるで昨日見たテレビの話でもするみたいに軽い口調で言った。
「そうなんだ」
それ以外何も言えなかった。
寂しいという素直な感情も、元気でねという気遣う言葉も、さっき今年もよろしくねって言ったじゃんという恨み言も。何も言えなかった。
それからの三か月、私たちは何事もなかったかのように過ごした。日に日に鳴子の口から「千葉」とか「引っ越し」とかいう単語が増えるようになったけれど、その度に適当な笑みで誤魔化した。
初めて「引っ越す」と聞いた時に何も言えなかったから。今更何も言えるはずなかったのだ。

鳴子は明日、私を大阪に置いて引っ越してしまう。だと言うのに、私たちの最後の日に、今更当てつけるように嫌味を言うなんて、最低。
自己嫌悪に心臓の血の巡りが悪くなって脈が鈍くなる感覚がする。鉛のように重たくなった気さえした。

「……今日は、謝ってばっかやな」

いつもうるさいくらい明るい鳴子の声が、深く沈んで聞こえた。
そっと顔を上げると、立っていたはずの鳴子が私の向かいにしゃがみこむ。
蝋燭に点火した時のように距離が近くなって、鳴子の顔がよく見えた。八重歯も見せずに口をぐっと真一文字に結び真っ直ぐ私を見つめる鳴子が、蝋燭の炎が揺らめくようにゆらゆらと揺れる瞳に映った。体や顔は小さいのに、目が大きいから、今でも幼い子供みたいにあどけない顔をするのに、自転車に乗ってる時によく見せるこの真っ直ぐな表情は、私なんかよりもずっと大人びて見えて、まるで鳴子じゃないみたいで、すごく、緊張する。
小さな蝋燭の炎が肌寒い春の夜には暖かくて、頬が熱くなる気がした。

「別に、大した距離やないやろ。何も海越えるわけでもないんやで? メールだってあるし、電話やってあるやんか」

電話なんて、滅多に出ないじゃん。

不満を口に出せば泣いてしまいそうだったので、黙った。いよいよ鳴子がいなくなることが、現実味を帯びてきたと、実感せずにはいられなくなった。

聞き飽きたコール音を虚しく思わないのは、会いに行ける距離に鳴子がいたからだ。それが、もうできないのに。

「鳴子」
「ん?」
「この花火、どうしようか」

天日干ししても、鳴子と花火ができないなら、湿気たままでいい。

「干して使えばええやん」
「私一人で、花火しろって?」
「は?」
「鳴子がいないなら、花火なんてしたくない」

きっと私も、鳴子がいなければそのまま湿気ってしまう。湿気たままでいい。鳴子が傍にいないなら、何も楽しくない。

太陽のように笑う鳴子がいないなら、春は寒いままだ。

「私、一人じゃロケット花火なんてできないよ……」

夜風が吹いた。
二人の間で揺れていた蝋燭が、ふっと消える。
僅かな灯りがなくなって、鳴子の表情が曇った。
同じように二人の間が沈黙になって、初めてに等しい気まずさが睫毛を濡らした。

鳴子と離れたくない。
たったその一言を言うのに、随分と回りくどくなってしまう。鳴子みたいに、真っ直ぐな人になれたらいいのに。

平坦な道を、ゴールに一心になって真っ直ぐ進む、鳴子のように。

「アホ夢子。何言うてんねん」

鳴子が小さく、けれども決して消えることのない、蝋燭のように灯る声で言った。
伏し目がちだった視線をあげると、鳴子は真剣な目で私を見ていた。

「ワイは……ワイは浪速のスピードマンや。速さには誰にも負けへん、絶対、誰にも負けへんのや」
「……うん」
「せやから、千葉と大阪なんて、自転車かっ飛ばせば全然大した距離やない! ミジンコみたいにちっさいんや」
「……うん」
「今までと、なんも変わらん。ワイらは幼馴染で、会いたい時に会ってアホみたいに笑えるんや」
「……」
「会いたいって思っとる限り、いつだって会える」

せやから、そんな情けない顔すんなや。あかん、ぜんっぜん似合わへん。

睨むような目をした鳴子が、私の肩を掴んだ。
余りにも力が強くて、思わず尻餅をつきそうになったけれど、鳴子の手がそれを阻止する。

鳴子の真剣が伝わった。
気休めでもなんでもない。鳴子の、本心が。

いつも全力だ。小さい身体で、ペダルを漕ぐ時みたいに。持ってるもの、全部くれる。嘘なんてつかない。顔に全部書いてある。面白いくらい。

だから、鳴子の言葉は、いつだって私を救うんだ。

「鳴子……」
「なん?」
「一華咲かせたら、絶対帰って来てね」

花火干して、待ってるから。

思わず声が震えると、やはり睫毛は濡れた。
鳴子が一度苦笑いを零してから、八重歯を見せて頷く。

「負けちゃダメだよ。あんまり遅いと、また湿気っちゃうから」
「負けるか、ボケ」
「そうだね」

鳴子は嘘、つかないから。

へらっと気の抜けた顔で笑うと、鳴子が「笑いよった」と八重歯を見せた。
太陽みたいな鳴子の笑顔。私の大好きな八重歯。しばらくお預け。

約束だよ、鳴子。
嘘吐いたら、はりせんぼん。きっと痛いから、守ってね。

二人の間に夜風が吹いた。
髪が揺れる。パーカーが靡く。
肌寒いけれど、決して風は冷たくない。


もうすぐ春が、やってくるのだ。





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