こういう時、寮暮らしであることが煩わしい。
一人になりたいと願っても級友と顔を合わせなければならないし、引き籠ろうとすれば心配を盾に詮索をされる。泣き顔を晒すなんて以ての外だ。女子の軽い口のネットワークに乗って、明日には噂の格好の的になる。

だから、痴情の縺れは人気のない教室で済ませてしまった方がいいのだ。


数十分前のこと。授業が終わりすぐに彼氏の元へ足を運んだ。迎えに来てほしいというメールの通り隣のクラスまで迎えに行くと「少し話していこう」と言うので、二人で教室に残った。一人二人と生徒が減っていき、遂に二人きりとなった時。夕暮れが頬を染めあげる教室で、それまで他愛のない私の話を曖昧な笑みで聞いていた彼が、急に真剣な顔になった。
どうしたの?
問いかけると、彼は少しだけ言い淀んでから、はっきりと言った。

実は、ずっと前から好きな人がいた。それが、その人と付き合えることになったから、別れてほしい。

一瞬、何を言われたか分からなかった。ただあまりに脈絡のない話だったので「あは」と間抜けにも笑ってしまった。口の端が引き攣る感覚をそのままにしていると、彼は「ごめん」と頭を下げた。

ごめんと言われたら、許さないといけないのかしら。

ぼんやりと、彼を責めるような問いが靄のように思考を鈍らせた。
何も言えず、ただ力の抜けた首が、かくんと項垂れる。
それを了承ととったのだろうか、彼は無言で立ち上がり、私を置いていった。
シンとした教室に独りぼっちになると、瞬きの隙間から至極自然に、まあるい涙が零れ落ちた。


放課後の教室は、電気は消され日も傾きかけて幾らか暗い。それがより気分を陰鬱にさせた。一人きりで違うクラスの見知らぬ生徒の席に座り、ぼんやりと窓の外を眺めた。山が見える。見慣れた山だけれど、見慣れているからこそ、いつもと変わらない景色が心を穏やかにさせた。けれどもそれは瞬間的で、涙は止まる気配をみせることはなく、むしろ変わらない景色がこれまでの日々を思い出させて、より空虚な気持ちに拍車をかけた。情けない嗚咽が、堪えきれずに時々漏れる。
どうしてこんなことに。過ぎし日を思い返しては悔いるばかりで自己嫌悪が輪をかけた。
素っ気ない人だと思っていた。実際、素っ気ない人だった。けれども、素っ気ない中にも確かな優しさをくれて、その見えにくい優しさに触れる度に暖かい気持ちになった。好きだった。のに。
どうしてこんなことになるまで、気付かなかったんだろう。
一番傍にいる人が誰を想っているかなんて、そんな、簡単なこと。

「誰かいるのか?」

ふと、自身が漏らす嗚咽以外の声が、教室に語りかけた。
突然のことに驚いて、終始しゃくりあげていた口はきゅっと紐でも結んだかのように閉じられる。指先で強く、痕になった涙を拭う。泣いたために鼻が詰まっていたので、薄く口を開けて小さく呼吸をしてから、ゆっくりと声のした方へ振り返った。
視界に映るは教室の扉の傍に立つ人。
薄暗くても、暗闇ではない。はっきりとその人物を捉える。

「新開くん……」
「夢山か。どうした? 電気もつけないで」

それは、同じクラスの新開くんだった。
何故ここにいるのだろうか、今は部活中ではないのだろうか。漠然とは思うものの、特に答えを追求とはしなかった。それよりも、電気をつけるわけでもなくそっと教室に入ってくる新開くんに慌てて、もう一度顔を隠すように俯かせてから涙を拭う。

「別に……今帰ろうとしてたところ」

薄暗いから、泣いていたことは悟られなかったと思う。
逃げるように鞄を手に取って、新開くんが入ってきた方とは反対の扉から教室を去ろうとすると「まァ、待てよ」と優しく言い聞かせるような新開くんの声がして、足を止めた。盗み見るように新開くんに視線を送ると、いつもと変わらず口元に笑みを浮かべた彼が私を見ていた。

「暇ならいいもの見ていかないか?」

いいもの?

「……なに?」
「くればわかるさ」
「……」

多くを語らず、踵を返して先に教室を後にする新開くんに、戸惑いながらも数歩遅れてついて行った。



「新開くん、部活は?」
「インターバル」

いんたー?
初めて聞く単語を処理しきれず、ただ「へえ」と気の抜けた相槌を打つ。
連れて行かれたのは校舎の裏側。こんな所へ連れてきて、一体何がしたいのだろう。
新開くんの背中を眺めながら、真白の校舎を彩るように繁た木々を抜けて見えたのは、大きな飼育小屋だった。

「(ウサ吉……)」

すぐに昼休みの会話が思い出されるが、小屋に近づけば「コッコッ」と尖った鳴き声がする。それが鶏のものだと気付いて、首を傾げた。

「(やっぱり、ウサ吉だからといってウサギとは限らなかったのかなあ)」

小屋の前に立てばやはり鶏が数羽、こちらに視線を光らせ、左右交互に首を傾げる。「ココッコッコッ」と忙しなく喉を鳴らす様をぼんやりと眺めていたら「元気にしてたかあ?」と新開くんの甘やかす声が鶏のそれと混じった。視線を鶏から新開くんに移すと、彼は鶏小屋には入らず、小屋の隅にしゃがんでいた。彼の向かいには立派な飼育小屋と比べると随分質素なゲージがあって、不思議に思いながらゆっくりと近づいた。
次第に、ゲージの中が見えてくる。

「あ」

長い耳の生き物が、小動物らしく小刻みに震えていた。

「ウサ吉っていうんだ」

ウサギだった。

私を見上げた新開くんが、可愛いだろうとまるで自分の子供を自慢する親のように笑うので、なんだペット自慢に連れてこられたのかと解釈する。
そんな新開くんこそ、随分可愛く思えた。

「うん……可愛い」
「自転車部で可愛がってんだ」
「へえ」

そんなこと、知らなかったなあ。
ましてや、箱学にこんな立派な飼育小屋があることさえ知らなかった。考えもしなかった。

「撫でる?」
「いいの?」
「ああ」

新開君はゲージの中を小さく跳んでいたウサ吉の頭を、私よりずっと骨ばって太い人差し指で柔らかく掻いた。ウサ吉はその場で小さく頭を沈ませ、目を恍惚気味に閉じさせてみせる。そうして大人しくなったウサ吉の身体を、恐る恐る、ゆっくり毛並に合わせて撫でると、思ったより硬い身体の感触がした。同時に、体温が伝わって、少しだけ緊張する。
小さく震えるその愛らしさに、刺々しかった気持ちが丸くなっていくのがわかった。

「ほれ、食え食え」

新開くんがゲージの傍に置いてあった袋からキャベツの切れ端を取り出すと、ウサ吉の口元でちらつかせた。しばらくウサ吉はキャベツの匂いを嗅いでいたが、危険なものではないと判断したのだろうか、次第にゆっくりと口の中に吸い込ませていった。
これは、東堂くんが昼休みに預けていたものだったか。
確認するように袋を覗いていると「これ、今日尽八が食堂のおばさんからもらってきてさ」と察しよく新開くんが教えてくれた。

「時々頼んで分けてもらってんだ。尽八が頼むとおまけしてくれる」
「へえ、そうなの」

女子が女子がとよく声高に言っている東堂くんが、あのアイドルのようにキメた笑顔を振りまいてせっせとキャベツの切れ端をもらっているのかと思うと、少しだけ面白かった。思わずほくそ笑むと、新開くんが「お、笑ったな」と、お得意の銃の形をつくった指を向けて、放つような動作を見せた。

「尽八に言っておこう」
「え、やだ、待って待って」

東堂くんには言わないでと懇願すると、新開くんはハハっとからかうように笑っていた。
新開くんが笑うから、つられて笑った。

そういえば私、さっきまで泣いていたんだなあ。




その日から、暇を見つけてはウサ吉の様子を見に行くようになった。私たちが破局した話は翌日から軽い世間話のネタとしてクラスにゆっくりと広がっており、心なしか居心地が悪かった。逃げるように駆け込んだ先でウサ吉を眺めている間は、失恋した傷も多少なりとも癒された。
コンビニで買った野菜スティックや小さなゴムボールをお土産にすると、ウサ吉よりも新開くんの方が喜んだ。「悪いなあ」なんて言って代わりとでも言うようにポケットに忍ばせているパワーバーを「食う?」と差し出すものだから、まるでウサ吉の親みたいだと思った。キャベツを齧るウサ吉と同じようにパワーバーを齧る新開くんが可笑しくてやっぱり笑ってしまった。
新開くんも、きっと噂のことは聞いただろうに「あの日のことか」と掘り返すことは一切せず、また腫物扱いもしなかった。そんな新開くんにひどく安堵した。

足繁く通ってはいたが、その実新開くん以外の人とは鉢合わせしないようにと、ウサ吉に会いに行く時は必ず一度飼育小屋の陰からそっと様子を窺って誰もいないことを確認し、自転車部の人がいる時は遠慮していた。そんな私を見つけると新開くんは「遠慮しなくてもいいぜ」と言ってくれたけれど、その度に曖昧に笑っておいた。自転車部には特に親しい人もいなかったから、どうしても気まずかったのだ。彼らの輪に邪魔するのは、さすがに気が引けた。

それが無自覚にも、私と新開くんを、ウサ吉を介した「秘密の関係」とさせていたらしく。

元彼にフラれてからそうそう時間が経たない内に「浮気の末、新開くんが私を略奪した」などという荒唐無稽な噂が囁かれるようになった。新開くんとの仲が突然よくなったこと、破局したわりに私が明るいこと、そして、新開君と中庭を歩くところをよく目撃されていたことが、主な根拠としているらしい。
有りもしない事実を誰と知らない人間が面白可笑しく吹聴することを、酷く不愉快に思った。同時に、捨てられたのは私の方だ、と腹立たしくもなった。
中庭を歩くのは、ウサ吉に餌をやってからの帰り道だ。疚しいこともなければやらしいこともない。というのに、元彼と新しい彼女は隠れるように付き合っていたらしく、そのため新開くんにとっては、ひどい貧乏くじになった。勝手に浮気相手にされて、申し訳ない。項垂れるばかりだった。

しかしながら、そのことを新開くんに謝れば「オレは気にしないさ」とあっけらかんと言った。

いつもの校舎裏。ウサ吉のゲージの前でしゃがみこんだ新開くんは、他の誰に向けるよりもずっと優し気な目でウサ吉に餌をやる。そうして、キャベツを齧るウサ吉の耳の間を擦っていた。
予想だにしていなかった答えに、戸惑いがちに声を詰まらせる。

「え、で、でも」
「言わせたい奴には言わせておけばいいさ。まァでも、おめさんは気にするよなァ。すまねえ」
「いや、別に……」

もちろん、気にならないはずない。自分の知らない所で根拠のない作り話を誰かが噂し、レッテルを貼られることに良い気なんてするはずなかった。
けれども新開くんが謝る必要は全くないし、どちらかと言えば新開くんへの悪評に対する憤りが一番強かったので、彼自身の態度には気が抜けざるを得なかったと言える。

「おめさんは悪いことなんてなんにもしてねーんだ。堂々としてればいい」
「うん……」

不愉快も憤りも、新開くんの悟ったように穏やかな笑みの前では、偏に風の前の塵に同じ。刺々しかった気持ちが丸くなっていった。

変なの。新開くんって、不思議。簡単に、こんな気持ちにさせちゃうの。不思議。

彼のことをよく知りもしないで「世渡り上手だなあ」なんて思っていた頃を思い出す。


世渡り上手、というよりも、いい人って感じ。


「新開くんって……」
「ん?」
「……なんでもない」
「そうか?」

ゲージの中から外に出そうと、新開くんがウサ吉を抱きかかえる。腕の中で小さな鼻を突いてから慈しむように笑うと、私にも「抱くか?」と尋ねた。軽く頷いてから両手を差し出すと、新開くんからウサ吉を託される。確かに腕の中が重くなって、同時に暖かさに包まれた。少しだけ、緊張した。柔らかい。


新開くんといると、気持ちがいいなあ。



しかしながらそれが漠然とした理解に過ぎず、新開くんに対しての己の無知に気付いていなかったと悟ったのはそれから更に数日後のことだった。

「あ」

めったに行かない職員室で元彼と鉢合わせた。目が合ってお互いすぐ気まずく逸らし、用を終えて颯爽と去ろうとしたのだけれど、それを目に止めた英語の先生に授業の教材を空き教室に運んでほしいと二人で頼まれてしまった。
渋々二人、並んで教材を運び、話しかけられないようにと彼と視線を合わせないように集中していた。彼も何か言ったりすることはなかった。
空き教室につき教材を置いてすぐにその場から去ろうと背を向けた時だった。
「あのさあ」 元彼が呼び止めた。
振り返りはしなかったけれど、足を止めて話の続きを待った。無言の私に、彼は「新開、なんか言ってたか?」と尋ねた。

「新開くん?」

何故今新開くんの名前が彼の口から出てきたのだろう。思わず眉を顰めた。まさか、噂のことだろうか。あの噂が出鱈目であることは、当事者である彼が一番よく知っているはずだろうに。

「あの日、新開がお前のところ行っただろ」
「え……」

要領を得ない。あの日とは、いつのことだ。いや、本当はわかっている。あの日、なんて濁した言い方、一つしかしない。私を振った日のことだ。
確かにあの日、新開くんは私のところへやってきた。けれども、それは偶然だろう。そして偶々教室に残っていた私を、ウサ吉の元へ誘ってくれた。それだけの話じゃないのか。

いや、そもそも、どうして新開くんが私とあの日会ったことを彼が知っているのか。

意味を問いただすように彼に振り向き目を細めると、彼はあの日のことを語った。

あの日彼は厚かましくも、私を振ったその足で新しい彼女と下校したらしい。それを部活中の新開くんが偶々目撃したらしく、彼女(つまり私)はどうしたのかと尋ねたそうだ。
さっき別れたから、と淀みながら答えた元彼に、新開くんは微かに驚いた表情をしたらしい。「そうか」と、別れたばかりにも関わらず他の女子と下校する彼を責め立てるわけでもない、独り言のような相槌を打った後、私がどこにいるのかと聞いた。「教室」と端的に答えると「ありがとよ」といつもの爽やかな笑みで自転車に乗ったらしい。と。
そのため元彼は噂が本当ではないかと疑ったらしかった。


初めて聞く話だった。


新開くんはあの日、私が教室にいたことを知っていて、同時に、私が失恋したことも知っていたというのか?

部屋は薄暗かったし、泣き顔は誤魔化せたと思っていた。たとえ泣いていたことが気付かれていたとしても、あの時点で理由まで悟られたなんて思うはずもなかった。第一新開くんだって私が泣いていることに気付いた素振りはしなかったし、何も言わなかった。のに。

「(でも、そういえば、新開くん、電気つけようとしなかった)」

知らんぷりをしてくれた?
私が、泣いていることを知っていたから?

それに、そうだ、あの教室。新開くんが私を見つけたのは、それこそ偶然だと思っていた。しかしながらあそこは元彼の、つまり隣の教室で、私と同じクラスの新開くんには用のない教室に違いない。新開くんがわざわざあの教室に足を運ぶ理由がどこにもないのだ。あそこで新開くんに、偶然会うはずなんてなかった。
あの教室に新開くんがやって来たのは、必然に他ならなかったのだ。

どうして、今の今まで、そんなことにも気づかなかったのだろう。

あの教室に部活中の新開くんが来た理由なんて考えもしなかった。ウサ吉の元へ連れて行ってくれたのだって、単なるペット自慢だと思っていた。今思えば、励まそうとしてくれていたのだと、少し考えればわかりそうなものなのに。
気付かなかった、新開くんが何も言わないから。気付かなかった、自分の失恋に夢中で。

最初は、世渡り上手な人だと思った。
接していくうちにいい人だと思った。
けれども本当は、新開くんに対してほとんど無知だったのだ。
知ったつもりでいて、新開くんの行動の真意は何一つ気付かなかった。偶然だと思っていたものは全て必然で、自然と癒されると思っていたものは新開くんが癒してくれていたものだった。

そんなこと、考えもしなかった。

「(でも……)」

一体何故、新開くんは高々クラスメイトにすぎない私を励ましに来てくれたのだろう。

世渡り上手だから? 優しいから? それとも……。

知れば知るほど、新開くんに対して無知が増えていった。



空き教室を後にして、小走りで校舎を出た。裏に回って、最近やっと見慣れてきた飼育小屋を視界に入れると、一度立ち止まってゆっくりと深呼吸をした。小屋の陰から窺うように覗くと、新開くんが一人、ウサ吉に餌をやっていた。
何故か、切なくなった。
しばらく見つめていると、新開くんが私の視線に気付いて顔を上げた。

「おめさん来てたのか。こっちに来いよ」

一つ間を置いてから、ゆっくりと近づいた。
愛想よく笑う新開くん。この何気ない優しさに、無知の上で胡坐をかいてずっと甘えていたのだ。自分が情けなく、同時に恥ずかしくなった。

新開くんの隣に立つ。彼の無防備なつむじが見えて理由もなく胸がきゅうっとなった。
顔を上げた新開くんが、私を見上げる。いつもの微笑みが、新開くんの感情を隠す。余裕そうに笑ってばかりで、何を考えてるんだろう。わからないなあ。

「どうした? また何か言われたか?」

情けない顔でもしていたのだろうか。優しく尋ねられた。

「……うん」

言われた。変なこと。新開くんの、内緒の話。

何も言えず立ちすくんでいると、新開くんがしゃがめと言うように手招きをする。一度戸惑いがちに視線を泳がせてから、そっと隣で膝を曲げた。
目線の高さが同じになった新開くんの腕が、ゆっくりと伸びてくる。

そうしてウサ吉でも撫でるみたいに、私の頭を撫でた。

いつも、慈しむように撫でられる、ウサ吉と同じに。


何故だか悲しくもないのに涙が出そうになって、曲げた膝に顔を埋めた。
新開くんは「パワーバー食うか?」なんて優しく言うから「私はウサ吉じゃないよ」と苦笑いが漏れる。

今なら、励まそうとしてくれているのが、わかる。

「新開くん、私ね、聞いたのね」
「ん」
「新開くんが、あの日、私がフラれたこと、聞いてたってこと」
「……そうか」
「うん」

新開くんの手が、頭から離れる感覚がした。
追いかけるように顔を上げると、新開くんは困ったように笑っていた。
どうしていつも笑ってるのだろう。感情が、掴めない。

「なんで、あの日、あの教室に来たの……?」

一音一音、絞り出すように問うた。
どうしてこんな気持ちになるんだろう。新開くんとの間の空気が、いつもと違って、胸が潰れてしまいそう。いっそ、潰れてしまった方が、楽になれる気さえした。

「おめさんが独りぼっちだったら、嫌だと思っただけさ」
「……何それ」
「好きだって意味だよ」

ウサ吉のように、目を丸くさせた。あまりにさらりと言ってしまうから、冗談かと思った。けど、こんな時に冗談を言う人ではない。
数回瞬きを繰り返して新開くんを見ると、あっけらかんと言ってのけた割には眉が下がっていて、笑みがどこか不安げに見えた気がした。

そんな顔しないでよ。いつもみたいに笑ってよ。
また心臓が、痛くなるから。


ウサギの鳴き声を聞いたことがないと思った。
聞いたことがないことに気付きもしなかった。むしろ鳴かない生き物だと決めつけていた。当たり前に鳴かないから、それをただただ受け入れるばかりだったのだ。

新開くんが私を好きだなんて、気付きもしなかった。そんなはずないと最初から決めつけていた。
新開くんがあまりにも自然に振る舞ってくれるから、その優しさをただただ受け入れるばかりだったんだ。

己の無知の、愚かさを知った。


「……新開くん」
「ん?」

心臓が、絞られるようで。
たまらない気持ちになる。やっぱり、泣きそうになる。どうしてこんな気持ちになるの。新開くんの優しさに甘えてばかりだった自分が、情けないから?
それとも、それとも……。

新開くんのことが、もっと知りたい。
知らないままで過ごしてしまっては、きっとまた後悔する。
彼氏に別の好きな人がいたことに気付かなかったときと、同じように。

だから。


「ウサギって、どうやって鳴くのかなあ」


新開くんのこと、もっと教えて。







東堂くんは頼むとオマケしてもらえるけど新開くんは頼まなくてもキャベツのオマケしてもらえそう(20140125)
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -