【SS】果実の誘惑
2012/09/17 21:26
ユーリを起こす役を、他の奴に譲ったことはなかった。
自分から志願してくる命知らずなんて、いなかったけれど、もし仮にそんな者が現れたとして、
泣いて頼まれようとも、怒って脅されようとも、
俺は決して譲らなかっただろう。
俺がこの仕事を、唯一手放していたのは、あの忌々しい修道院でユーリが一番の兵士だった、そのころだけだ。
当時、ユーリの寝床は柔らかなベッドの上ではなかったから。
「おはよ、ユーリ」
白いシーツを剥ぐと、半分寝ているとは思えない、鋭く重い拳が飛んできた。
鍛えられた感覚は抜群で、ほぼ反射的にこのような攻撃が繰り出される。
しかし、動揺する俺ではない。
何しろキャリアが違うのだ。
ようやく少し開いた瞼が、俺を捉えると、ふ、と力が抜けて。
「おはよ、起きた?」
「ああ、すまんな、ボリス…」
寝起きのあんたは、常になく無防備で、
ぐずぐずに熟れた果実のような蕩けた顔で、
あまい甘い香りの代わりに、酔ってしまいそうなほどの強烈な色香を垂れ流す。
待てのできない犬のように飛びつきたくなる自分との葛藤を強いられようとも、これは俺だけの仕事である。
もちろん、これからも。
果実の誘惑
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