【SS】Maria
2012/09/17 02:51

雨の路地裏で蹲る汚れた子供に手を差し伸べたのは、気まぐれや偽善や、ましてや優しさなんかではなく、ただ、自分が寂しかったからだと思う。

だから、家とは言えない粗末な住処にお前を連れて帰って、温かい飲み物を与えた。

無邪気な笑顔に救われたのはわたしの方。

私を見上げる、まるい頭と、大きな瞳は、私を押しつぶされそうなほどの孤独から、救い出してくれた。

ある時、風邪をこじらせたお前が、どう考えても危なくなって、わたしは焦った。

また、ひとりぼっちになるのが嫌で。
わたしはどこまでも利己的な女だった。

薬はおろか、少し栄養のある食べ物すら、買えやしないのに。

途方にくれながら、街を歩いていたわたしの肩を、見知らぬ中年の男が抱いて。
わたしに値段を付けた。

それは、薬を買うのに十分な数であった。

***

「おまえは力の加減がわからないから」

まだちいさかったころ、あんたはそう言って、俺の頭を膝に乗せると、そっと歯を磨いてくれた。

大きく口を開けたまま、見上げたあんたの顔よりも優しいものなんて、俺の世界には存在しない。今でも、なお。

あんたの手と足の、全部で20枚の爪に、つやつやとした色を塗るのがすきだった。

美しいユーリは俺にとって、よく知らない神様よりもずっときらきらしたものだった。

そのときの俺はまだ、鮮やかな指先を、どこか悲しそうに見つめたあんたが、派手だけれど布のすくない服を着て、夜の街に出かける理由を知らなかった。

***

わたしにはそこそこの値段が付いたようだった。

けっして楽しい仕事ではなかったけれど、吐きそうな程の嫌悪感に襲われることも珍しくはなかったけれど、もうボリスにひもじい思いをさせなくて良いのだと思うと、やめたいとは思わなかった。

ただ、いつまでも何も分からない子供のままではないボリスが、それを知ったとき、わたしのことをどう思うのだろう、そう考えると恐ろしかった。

***

俺がそのことを知ったのは、ちょうど、ユーリの華奢な指先や爪先に、白いふくらはぎに、後ろめたい胸の高鳴りを感じ始めたころだった。

ユーリが、どんな宝石よりも価値のある身体を、清らかな純潔を、紙切れ数枚で売り飛ばしたのだと思うとやり切れなかった。

けれど、その紙切れで、繋がれたのが、守られてきたのが、俺の命だった。

馬鹿な俺は、ごめんなさいと言えばいいのか、ありがとうと言えばいいのかわからなかったけれど、そのどちらもあんたは望まない気がして、しばらくは何も知らないふりをした。

無力な俺に、まだそれを訊く資格はない。

一人前に働けるようになってから、とうとう俺はユーリにそれを問うた。

ただでさえ白い顔が、一気に青白くなって、ちいさく震え始める。
こんな風に動揺するユーリを見るのは初めてだだった。

俺は、しばらく前に俺よりもずっと小さくなっていたユーリをぎゅう、と抱きしめて、ごめんなさいでも、ありがとうでもなく、愛してる、と言った。

澄んだ泉のような青い瞳から、雫が落ちて。

俺を抱きしめ返したあんたは、全部自分のためだったなんて言ったけれど、それならばまた路地裏に行って似たような子供を拾ってくればよかったんじゃないのか?俺のことなんて忘れてさ。

あんたは自分のことを、身勝手な女だと思ってるみたいだけどさ、

俺にとっては、あんたこそが、

はじまりで、すべてで、


愛してる。


俺の、マリア様。



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