俺の初恋は、5歳の時だった。
まだ字も満足に書けなかった俺が一目惚れしたのは、幼稚園の先生でも、近所のお姉さんでもなく、ただ偶然出会った3歳の女のコだった。
3歳なのにどこかしっかりとした、それでいて年齢にあった幼さに惹かれたのかもしれない。
「―――のお母さんはね、買い物が長くって」
よくあるデパートのキッズコーナーに彼女はいた。
他の子ように遊具で遊ばないで仕切りでもある椅子に座っていた。
遊ばないの?、となんとなく声をかけてみた。
「うん。ここのおもちゃはつまらないもん」
「隣、座ってもいい?」
「うん!」
ずっと話をしていた。
どこどこのみっちゃんは優しいだとか、戦隊物ではアレが好きだとか。
彼女の母親が迎えに来て、話は終わり、僕は彼女に手を振ろうとしていたところに、
「お兄ちゃん、これ、あげる」
彼女の小さな手に握られていたのは、青く縦長のプラスチック。先にいくほど青は濃くなってグラデーションになっていた。
「なに、これ?」
「お母さんの机の中に入ってたの!」
そんなものあげていいのか。
お母さんのだし、見ず知らずの5歳児に。
「ばいばーい」
母親に手を引かれながら手を振る彼女に僕も手を振った。
彼女とはそれっきりだ。
僕は手の中にある青いチップを見た。
それは本やテレビで見た人魚の鱗のようにも見えた。
そして俺はそれを12年間大切に持っている。
「なーにボーッとしてんの?」
「何でもない。お前、宿題やってないとか昨日言ってなかったか?」
「それはダイジョーブ。うちの近所のやっさしーい先生が教えてくれたの。みっちゃんってば、教え方も上手でさ〜」
「ふーん」
「あ、もしかして…浮気とか疑っちゃった??」
「大丈夫! みっちゃんは彼女持ちでもうすぐ結婚するし、あたしは信也だけだよ!」
「思ってねーよ」
「またまた〜。あたしに夢中のくせに〜」
「妄想はやめとけ」
「ひどーい」
2歳も下なだけでこんなに子供っぽく見えるのは、こいつが童顔だからという理由ではないだろう。
「沙良、」
「なによー」
「好きだ」
「あたしも!」
ああ、やっぱりアレは初恋なんかじゃないのかもしれない。
初恋は実らないって言うなら、これが初恋なわけがないんだ。
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