「隠れなくていいの?」
前を歩くボーダー服を身に纏った女に聞いてみた。
なにに?、と自分のことなのに、どこか人事のように話す彼女。
「脱獄犯でしょ?」
「関係ないよ」
そう言うとまた前に向き直り、スタスタと歩き出す彼女。
人に荷物を押し付けて、自分は身軽で歩く彼女の後ろを蹴ってしまいたくなる。
が、この身体にどこにそんな力があるのかと思う程、自分と彼女には力の差がありすぎる。
自分が返り討ちにあって終わるだろうと思う。
聞いたことはないが、彼女の罪は数え切れないとは言い過ぎだとしても、両手の指は軽く越すくらいあると思う。
少なくとも、殺人と盗み、詐欺は行なっている。
この袋に入るものはなんなのだろう。
宝か、金か、はたまた違う価値のあるものか。
「その中身は銃器だよ」
考えていることが分かったのか、彼女は振り返らずにそう言った。
中身は変わらないはずなのに、袋が先程よりも重くなった気がした。
これで彼女を撃てたら、少しは気が晴れるのだろうか。
「撃ってもいいよ」
いつの間にか、目の前にいた彼女はゆっくりと目を瞑った。
灰色のボサボサの髪がかかった端正な顔がそこにはあって、男としての性が顔を出しそうになるのを必死に堪えた。
袋から黒いそれを出し、彼女の額に当てた。
あとは引金を引くだけ。
そう、引くだけなのだ。
それだけで彼女の頭にはぽっかりと穴が空いて、ぴくりとも動かなくなるのだ。
「撃たなくていいの?」
「僕は君とは違う」
「もうないよ、こんなチャンス。この先一生、親の敵、討てないよ?」
「そうだね。でも、やっぱり撃たないよ」
「撃てないんじゃなくて?」
そういうと意地悪く笑った。
僕の気持ちが見透かされているようだった。
実際、彼女は僕の気持ちを知っているだろう。
それだからあんなことを言い出したのかもしれない。
僕を、試すような言葉を。
袋の中身には銃器はそれだけで、他にはよく分からないガラクタが詰め込まれていた。
よく見てみると、手にしていたそれにさえ、弾丸は込められておらず、初めから撃たせる気などなかったのだと知る。
苦い顔をして彼女を見ると、愉しそうに笑った後、ゆっくりと前に向き直った。
重い荷物を押し付けたまま、歩き出す。
嗚呼、彼女には敵わない。
恐らく、一生かかっても僕には家族の仇をとることは出来ないであろう。
そもそも、家族の仇なんて最初からどうでもいいのだ。
そんなのはただの彼女の傍にいる為の口実に過ぎないのだから。
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