心の中の、


家族を起こさないようにそっと家を出る。
辺りはまだ暗く、歩いている人も疎らだった。
家から徒歩20分程のスポーツセンターに私は通っている。
コーチが早朝から開けてくれるので、私は早朝から練習に向かう。


「今日も早いな、北條」


「もう来週ですから、大会。」



「そうだな。お前なら出来るさ」


「はい」


もう、大会は来週とまで近づいている。
一分、一秒も惜しいくらいだ。
それでも、毎日欠かさず応援に来てくれる友人が来たときは、休憩がてら話したりもする。
私の邪魔にならないように、とすぐに帰ってしまうのだけれど、来てくれるのは本当に嬉しい。
彼女の家からここまでは徒歩、30分程と言ったところ。
近い距離ではない。
それでも、毎日来てくれる彼女を私は大切に思っている。
私の身体を一番に心配してくれる、そんな優しい友達を。


練習が終わるのはいつもスポーツセンターが閉まるのと同じ時間。
辺りがすっかり暗くなって、外灯がちらほらと明かりが灯るころだ。

スポーツセンターの隣には大きな美術館がある。
入ったことはないけれど、かなり有名な物が展示されているらしい。
そんな美術館の前には必ず、ある女のコが立っている。
夜でも分かる蜂蜜色の髪とアイスブルーの瞳、まるで彫刻のような、そのまま美術館に飾られていそうな、人形のような女の子。
初めて見た時も一瞬、人形かと思ったくらいだ。
彼女はいつも美術館の前に立って、寒そうにしている。
どこを見つめているのか分からない遠い目をして、ずぅっと立っている。
聞いたところによると、彼女は事故で声が出せないらしい。
そして、事故の前は私と同じくあのスポーツセンターで、スケートをやっていたらしい。
それもかなり凄腕の。
彼女がいたら、私は県代表として、あのリンクに立てたのだろうか。
もしかしたら、彼女が私の場所にいたのかもしれない、とどうしようもないことを考えてしまう。
彼女を見かける度にその考えが浮かんでは頭の中に残ってしまう。
だからいつもは美術館の方をなるべく見ずに帰るのだが、今日は違った。
彼女がいないのだ。
いつもいつも朝から晩までずっと立っていた彼女がいなかった。
たまたま居なかっただけなのかもしれなかったが、昨日彼女がここに居たということすら、私にとっては怪しかった。

彼女を見ると嫌な考えが浮かんでしまうから、と思っていた筈なのに、いざ彼女がいないと物足りないというか、なにかが抜けたような気になるのは、どうしてなのだろう。
最後に見た、赤いワンピースと青白い顔を思い出しながら、美術館の前を通り過ぎていった。


中の

は、いつの間にか居なくなっていた。



×



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