「身体、壊すよ」
窓に顔を向けたままの彼女は、曖昧な返事をするばかりで、窓を閉めようとはしない。
もうこのやりとりを十分程、繰り返している。
その度に彼女はもう少し、と言って閉めたがらなかった。
ここが個室だからいいものの。
でも彼女はここが相部屋だったのなら、窓を開けてはいないのだろうと思う。
例え、誰がいなくても。
自分が来る前から開いていたであろう部屋は、室内なのに冷たく寒い。
「あんまり体調、良くないんだろ?」
言っても聞かない彼女の前を通り、窓を閉めると小さく抗議の声が聞こえた。
「退院出来なくなっても知らないぞ」
「分かってるんだけど…ね?」
赤くなった鼻先を同じように赤くなった指先で隠しながら笑う。
彼女の癖だ。
申し訳なさそうに笑う時は必ずこうする。
「そんなに面白いものでもあった?」
「風」
「風?」
思わずそのまま繰り返してしまう。
「風の音と風を感じてたの」
「そんな詩人じゃあるまいし」
そう言ってから気づいて思い出す。
彼女は元気だった頃から窓を開けるのが好きだったな、と。
そのせいで病気になったんじゃ、と考えてしまう。
「とにかく、そんなに身体冷やすなよ」
「はーい」
写真の彼女はあの時のように笑っていた。
線香の匂いが鼻にこびりつく。
すすり泣く声とか、彼女の死を嘆く声とかが頭ん中で響く。
こんなことなら、あの時もっと早く窓を閉めれば良かったのかとか、元気だった頃から閉めてやったら良かったのかとどうしようもない自責の念に駆られた。
そんなことをしても彼女は帰ってこないというのに。
彼女を運んだ車を見送る時も自責の念に駆られたままだった。
瞬間に風がビュッと顔に強く吹き付けた。
うっすらと浮かんだ涙がなくなった。
それはまるで、彼女が慰めているような叱っているような感じがした。
そんなどうしようもないことを考えながら、空を見ると花びらが一枚ふわふわと浮いていた。
風が花びらを運んでいた。
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