10km離れた先は



私を施設から引き取ってくれた父親と母親は私が『なにか』をすると決まって、物凄く怖い顔をする。
してはいけない、『なにか』が分からない。
テストで良い点を取っても、この表情をされる時があるし、逆に悪い点数を取って喜ばれたことがある。
私の育ての親はどこかおかしい。私の妹も関してもそんな感じだったらしい。
高い皿を割って喜ばれたり、掃除をしてあの表情をされたことがあるらしい。
妹はその理由かなんなのか、分かっているようだった。
妹と言っても、血は繋がっていないのだが。




「あの人達は、代わりを探してるんだよ」

「代わり?」

「あの人達には娘がいたんだ。あまり頭が良くなくて、ロクに家のこともやらない、端から見れば親不孝な娘。でもあの人達にとって、娘は大事な大事な宝物だったんだ。それなのに娘は16歳の夏に交通事故で亡くなってしまった。
あの人達はそれを現実として受け入れなかった。
あの人達は娘はまだこの世界の何処かで生きている。
そう信じて娘にそっくりな女の子を見かける度に引き取って、本当に自分達の娘かどうかを調べてる。」


「私と実夏姉の他に8人の“ミカ”がいて、合計10人の“私”がいる。私はは9番目、実夏姉は10番目なんだよ」


「なんでそんなこと知ってるのかって顔してるね?」

クスリと妹は笑う。
そりゃあ、そうだ。誰だってなんでそんなことを知ってるのかを疑問に思うに決まってる。


「あの人達の日記を見たんだよ」

「日記?」

そんなものどこにあったんだろうか。


「前にあの人達の部屋に入った時にちょっとね」

「でももうそんなこと分かったっておしまいだよ」


「おしまいって?」

言っている意味が分からずに聞いてみると彼女は伏せていた瞳を此方に向けた。


「あたしはもう終わり。確実に『娘』じゃないって分かったから」


「どうして、」


「分かるよ。“妹”になっちゃったんだもん」

確かに彼女は私の妹だ。
だけどそれがなんだというのだ。全く分からないまま、彼女を見ていると彼女はやれやれ、といった感じに肩を竦めた。


「この家での妹の意味は“かなりギリギリ”ってことなんだよ」


分かる?と彼女は続けた。


「こいつは本当の娘じゃないのかもしれない、でも…といったラインにいたんだ、あたしは」

彼女はこの家に来た最初の頃は、“姉”だったらしい。だけど当時の“妹”がいなくなり、一人っ子になっていたところにあたしが来た。
そこで“妹”になったらしい。


「今日で最後。実夏姉とも最後だね」

いつもみたいな屈託のない笑みを浮かべる彼女はどこか嬉しそうで、悲しそうだった。


「あたし、実夏じゃないよ。本当は―――…」

喋ろうとした瞬間、手で口を塞がれた。

「それはまた今度。もしかしたら、聞く機会なんてないのかもしれないけど」


「貴方の本当の名前は? 美伽じゃなくて本当の……」


「それもまた今度。あたしはまだ“美伽”だからね」




「これから何処に?」

「この家から少し離れたところに離れがあるんだ。そこで暮らすことになるね」

捨てられる訳じゃないんだ…とほっとしたが、こことの暮らしに比べると天と地ほどの差があるらしかった。
今はそれなりに良いものを食べさせてもらって、それなりに良い服を着ているが、離れになるとそれが一気に下がるんだ、と美伽は話してくれた。


「じゃあね。また会うことのないことを祈るよ」


「ありがとう、美伽」




そうして次の日、美伽はいなくなった。美伽曰く、これからが一番大変らしい。
一人になった瞬間が一番。何故なら、今まで二人だったから見逃せた部分もあったけれど一人だとそうはいかないという。
姉を連れて来たら………


「実夏、なにをやってるの?」


「なんでもないよ、ママ」


ねぇ、美伽。私、せいぜい“妹”にならないよう、離れに行かないように頑張るよ。
本物の“ミカ”以上になってやるから。
だけど、もし離れに行くようなことがあったらその時は貴方の本当の名前を教えてね。




cube様に提出。


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