金平糖とキミの空
コンコン、と窓ガラスを叩く音がした。
カーテンを開いてみると、アイツが箒を片手に部屋から乗り出していた。
どうやら窓を叩いていたのは箒のようだった。
「何?」
勉強の邪魔をされた私はふてぶてしく何なのかと聞いた。
「金平糖が切れてさー、一緒に行かね? 気分転換も兼ねてさ?」
こいつは今何時だと思っているんだ、夕方ならまだしも、もう夜遅い。
コンビニにでも行くつもりなんだろうか。
「一人で行けばいいじゃない。今、忙しいの」
いつもならここで引き下がるのに、今日は何故かいつまでも執拗に私を誘い続けた。
そのうち私の方が折れて、結局こいつの買い物に付き合うことになった。
「学校の方にある小さいコンビニあるだろ? あそこだと金平糖売ってんだよ」
学校の方って、こいつはあたしを何分歩かせるつもりだ。
往復で一時間以上もかかるのに。そう言うと、こいつは自分の家の倉庫から随分と錆び付いた自転車を引っ張って来た。
「なにこれ?」
「自転車だよ。後ろに乗れるだろ?」
「こんなの乗れるの? ボロボロじゃない!」
「大丈夫だって、意外と丈夫なんだよ」
言われるがままに荷台に乗ると、やっぱり嫌な音がした。
ペダルからもギシギシと今にも壊れそうな音がして、降りたくなったけれど漕ぎ始めていたので降りるに降りられなかった。
意外と漕ぎ始めると自転車は嫌な音がしなくなった。
そして二人も乗せているのに結構なスピードが出ていることにも驚いた。
これは自転車のお陰なのか、こいつの有り余った体力のせいなのかは私には分からなかった。
ただ、素早く変わっていく景色はとても綺麗だと思った。
こいつの金平糖好きは呆れる。
四六時中、ボリボリと金平糖を食べている。
よく飽きもせず、そんな甘いだけの物を食べられるんだろうか。
「なんかさ、」
「何?」
「自転車乗りながら、夜空見ると流星群見てるみたいに見えない?」
言われて空を見上げると確かに、星が直線を描いて落ちていくように見える。
こいつにもロマンチストなところがあるんだ、なんてずっと一緒にいて初めて知った。
「よっし、着いた!」
小さくて都会ではあまり見かけない古びたコンビニ。
それでもこの近くに住む人や学校に通う人にはお馴染みのコンビニだ。
私はこんなところまで買いに来ないけれど。
古びているけれど綺麗な店内。
商品が陳列された棚なんかはガタガタしているけれどちゃんとその役割を果たしている。
何気なく雑誌の置かれた方に向かうと、奥に進むごとに段々と号数が古くなっていって面白かった。
「お待たせ」
そんなこんなで店内を見回しているのはなかなか楽しかった。
こいつを待っているのが苦にならないくらいに。
「さっさと行くよ」
コンビニを出ると私はさっさと歩き出した。
あいつはボロボロの自転車のカゴにコンビニの袋を入れていた。
「ちょっと待ってくれよ、ミヅキはせっかちだな」
「あんたがトロいだけだから…って、なに? もう食べてるの?」
あいつは自転車を押しながら、器用に袋を開け、ボリボリと音を発てて金平糖を食していた。
「置いてくわよ? こんな道端でボリボリやってると」
「そんなこと言うなよ、いいじゃんちょっとくらい―――――…」
「シンヤッ…!!」
一瞬、何が起きたか分からなかった。
ミヅキが青い顔で俺を押した、としか分からない。
そして俺が元居た場所…つまり、ミヅキがいる場所に大型トラックが突っ込んで来た。
金平糖がバラバラと落ちて、星が降ってきたみたいだなんてこんなときにそんなことを考える自分がいた。
ピンク、白、黄色…色とりどりの金平糖が全て赤く染まる。
俺はカラカラと鳴る自転車のタイヤの音を聞きながら、呆然とするしかなかった。
あの時、コンビニに誘わなければ、自転車に乗らなければ、後ろに注意してれば、金平糖を食べなければ…そうしてどうしようもない『もしも』にとらわれた。
その日から俺は金平糖を食べていない。
金平糖を食べると自責の念に駆られて、嫌な味しかしなくなるからだ。
要は俺は逃げている。ミヅキの死から、俺がミヅキを殺したという事実から。
そしてそんな風に情けない自分を見ていた友人に言われた。
「逃げちゃ駄目。アンタはミヅキを殺してなんかいない。だからミヅキの死から逃げんな!」
「でないと、ミヅキが可哀想だ」
そこで俺はミヅキが死んでから初めて涙を流した。
身体中の水分が無くなって、カラカラになるくらいに。
「シンヤ、ほら早く!」
「分かってるよ。あ、すみません。金平糖下さい」
空を見上げると金平糖みたいな星がちらほらと光っていた。
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