唯一無二の君の証



『ねぇ、教科書見せてくれない?』

私と彼との出会いはそんな一言から始まった。


「いいけど、別に」

机を合わせて、机と机の間に教科書を乗せる。

「なんだか意外」

そう呟くように言うと、何が?と同じように呟くように返された。

「あんたって授業、まともに受けるんだ?」

「酷いなぁ。俺、結構真面目に受けてる方だよ?」

キャラメルブラウンの髪がキラキラ輝くのに目を細めた。
狭い視界からでも彼が笑っているのが分かった。

「どうだか」

ふい、と前に向き直ると彼はまたにっこりと笑った。


彼は学校の女子にかなり人気がある。
毎回、毎回呼び出されて、女子を泣かせて、それでも甘ったるい笑みをやめようとはしない。
彼の笑った顔が嫌いだ。
ベタベタに甘いケーキのような、安っぽいお菓子のような薄っぺらい笑みが嫌い。
それを彼に言ったことがある。
正確には言葉に出ていたのを聞かれたのだけど。
それを聞いた彼はやっぱり、甘ったるい笑みを浮かべていたのを覚えている。

今日もまた教科書を忘れた彼に、教科書を見せていた。
ふと、教科書を見ると左側、つまり彼の方のページが濡れていた。文句を言おうと口を開いた矢先、頭にあった言葉は全部溶けてなくなった。


彼が、泣いていた。
陶器のような、大理石のようなつるりとしたすべすべの肌に滴が滑り、机や教科書に落ちていた。
胸がどきりとした。
彼の笑っている以外の顔を初めて見たような気がした。


「ちょっと、」

声をかけると、我に帰った彼は自分が泣いていることに驚いているようだった。


「うわ、ごめん。教科書、汚しちゃった」

「見れば分かるよ」

「ごめん、本当にごめん!」

「別に」

「でも涙は唾液とか排泄物と同じくらい汚いんでしょ?」

「え?」

思わず、隣を見ると潤んだ瞳で笑っている。


「前に言ってたよ?」

確かに言ったのかもしれないけど、そんなこと覚えているなんて思わなかった。


「記憶力、いいんだよね」

「あっそ」

素っ気なく返すと、拗ねたような声を漏らした。






「――は今日も休み、か…」


あの日から彼は学校に来なくなった。
なんで休んでいるのかは誰も知らない。


そっと、彼の涙で依れたページを触れそうになって、止めた。
彼の中の私はこんなことはしないのだ。
排泄物と同じくらい汚い物に触ろうとする私は、いない。




ねぇ、またどっかで泣いていたら、あたしがその涙を……






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