臓物カクテルシェイカー
痛くなるくらいの悪臭と、元からその色だったんじゃないかと思う程の赤色の壁紙。
床暖房のついた生暖かい床。
毛の長いワインレッドのカーペットに座り込んだ幼なじみ。
窓は割られて、破片があちらこちらに散らばっている。
それを踏まないように彼女に近付いた。
「花梨…?」
ゆっくりと動いていた身体が、此方に振り返る。
その姿に僕はただ息を呑んだ。
頬に飛び散った血は、黒く変色し、ぱっちりとした大きな瞳を縁取るように涙の跡がついていた。
それよりも、小さな口から収まり切れなくて、飛び出ている小麦色の長い“なにか”。
それが指だと分かったのは、彼女がそれを咀嚼し、骨と共に小さなプラスチックのような爪が吐き出されたからだ。
花梨は僕をちらりと視界に入れただけで、なにも反応しなかった。
そしてそのまま、何もなかったかのように肉を食べ続けた。
なにが、あった?
いつも遊んでいる花梨が、うちに来なくなってから、5日。
6日目である今日、彼女の家に来てみればこの有り様だった。
部屋が荒れていて、彼女の両親はどこにも見当たらない。
彼女の両親だった物なら、床に転がっていたけれど。
「花梨、」
彼女を呼び掛けようとした時だった。
突然、びくんっ、と肩が跳ねた。
「うっ…おぇぇぇぇっ…」
一心不乱に肉を貪っていた彼女の口から、赤いドロドロとした物が溢れ出た。
白く細い喉が震え、一体、どれだけ出るのかと驚くくらい彼女は吐いた。
合わなかったのか、身体が異物を感じて吐き出したそれは小さな海になっている。
ひとしきり吐いた後もなお、肉を食べるのを止めない。
どんどん早いペースで食べていくが、それと同じくらいのスピードで吐き戻されている。
吐瀉物が僕の足元にまで到達し、靴下を侵食した。
酸っぱいような、鉄みたいな匂いが鼻孔に広がる。
僕はなにを思ったのか、それを手で掬い上げた。
そしてそれを迷わず口に仕舞い込んだ。
べちゃべちゃと汚ならしい音を発てながら、彼女の嘔吐物を啜り、飲み込む。
彼女はその一連の動作を横目で見ていたが、別格僕に対して何も言わなかった。
そのうち、僕らは保護された。
まず、カピカピになった血やゲロを落とす為、風呂に入れられ、いろんなことを聞かれた。
僕より彼女の方がたくさんのことを聞かれていたけど、返答の数は僕の方が多かった。
後に彼女は遠い親戚に引き取られ、引っ越してしまった。
そしてこの頃を境に僕は、固い物が食べられなくなった。
『××市に住む■■さん夫妻の行方が分からなくなっており――――…』
「相変わらず、君のゲロは鉄臭いや」
「嫌なら食べなくてもいいのよ?」
「ごめんごめん。言ってみただけだよ」
『尚、××市ではこのような行方不明事件が多発しており、警察では捜査を続けています』
「なんなら、最初にパフェでも食べておきましょうか?」
足元に転がる死体を手に取りながら、真っ赤な唇で狐を描いた。
「でも君、これじゃない物はあまり食べられないんじゃなかったっけ?」
「そんなことないわよ。ただ、食べないだけ」
「…そろそろ、場所変えないとね」
無機質に流れる映像を目に映しながら彼女は言う。
それに頷きながら、彼女の唇に自分のそれを重ねた。
彼女の唇はやっぱり鉄臭くて、でもどこか甘く感じた。
title by モノクロメルヘン。
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