私の唯一だった選択肢は
見 事 に 凶 と 出 ま し た
一言で言えば、大ピーーーーーンチ。
「…フッ、相変わらず抜かりのない人だ」
上村がその場を去った後、梅星は道端で空を見上げながら呟いた。
彼女を一人でそのまま行かせたのは何かしらの手を打ってあるからなのだろうと思っていたが、上村がどこかに電話を入れた時の会話によってそれを理解した。
「平岡か?わしや。…おお、通ってったやろ。わしは先に帰るからの、言ったとおり頼むわい」
「ああ…ハハッ、ちぃとからかい過ぎたからの。お嬢さん今はわしにご立腹や」
どこか楽しそうに笑いながら電話先にそう告げる上村は話を終えたあと、あらかじめ自分の下の者を近くに待機させていたと梅星に話したのだった。
「お嬢はまだこん街中マトモに出歩いたコトがねぇ、この機会に自由に歩かせてみ。しばらくは身ぃ置く土地や、一人で動く慣れが必要やろ。万が一あの方自身に何かしら危険が及びそうなったらすぐに動け。それ以外は様子を見て判断してくれや。ある程度の時間になったら偶然鉢合わせたのを装って家まで送っちゃれ」
そう話してあったというが、彼女と離れるのは計算のうちだったのかはたまた、もしもの時を想定していただけなのか。梅星は敢えて聞かなかった。
ただ、上村がどこか生き生きしていて、その横顔は少年の様に見えたとか。
「しっかし悪い顔してたなぁ、ハッハッハ…」
言いながらゆったりとした足取りで踵を返す梅星であった。本日訪れる新たなバカヤローを待つためにー。
何故こんなことになってしまったのか。
きっと今日はすこぶる運が悪いんだと思う。
…今日限りだと思いたい。切実に。
さっきまで上村さんと梅星さんと、っていう最強コワモテ二人組と共に居たけどそれすら恐ろしい事態ではあったけど!!
「いやぁ、マジで助かったよ…今回捕まったらヤバかったからよ!ありがとなホントに!」
「ハハッ、よく分かんないけど無事で良かったっスね!」
「アンタが気づいてくれたんだろ?どうもな!」
「…えっ、あ、い…いえ!私は何も…」
どうして?
「オレ弟と待ち合わせしててよ、だいぶ遅れちまったからまたドヤされそーだわ」
「ハハハッ!」
見知らぬ男の人二人と、私。
「あ、ごめんな?なんか君まで巻き添い食らわせちまって…」
「い、いえ…大丈夫です」
「えっ?なに、その子アンタの連れじゃねーの?」
「違いますよ!初対面っス」
「なんだぁ、オレァてっきりデートの邪魔しちまったのかと思ってよ〜。余計な心配だったんだな!ハッハッハ」
「デッ……そ、そんなそんな!なぁ?!」
「えっ!いやその、こちらこそすみませんっ」
な ん な ん で す か こ の 状 況
…すべてはきっと、私が梅星さんに出会ってしまったのがいけないんだと思う。
遡ること数十分前。
「…う、梅星さん…ですか」
「えっ?!これって″ホシ″なのか?オレてっきり″ボシ″だと思ってた!」
私は思わず彼の顔をチラッと見上げた。
ちょっと恥ずかしそうに笑うこの人は、うん…もちろん悪気はないんだろうけど。
何でよりによって??
という言葉が、私の脳内を占めました。
そう、私は「親父にもぶたれたことないのに!」並みの台詞を吐いて逃げてきてしまったところでやすやすと戻るわけにもいかず。
どうせ歩いて帰れる距離だし、ちょっと時間を潰してから家路に着こうと思ってトボトボ歩いてたんですよ。
そういえば街の方までは来たことなかったなぁ…なんて思いながらキョロキョロしてて、空に見事な飛行機雲を見つけたんです。あれ、さっきまで曇ってたのにいつの間に晴れたんだろう?ってその一番先まで目で追ってると
「………………」
「あのー、ちょっと良いか?」
「………………」
「…あれ?おーい!聞こえてるか?」
「ぎゃあぁぁあ!!」
マ ル コ メ さ ん が い た
それはかなりの至近距離で私を見下ろしていました。
おわかりいただけただろうか?
逆光でその表情すらよく見えないが、どこか不安げな様子で片手にクシャクシャのメモを握りしめてそびえ立つマルコメの姿を…
そう、私は道を尋ねられたのだ。
そしてそれがご察しの通り。
「今日からこの梅星さんって人のトコに下宿させてもらうコトになってんだけど…いくら探しても場所が分かんなくてさ」
「そ、そうなんですか…」
「オレ、電波も届かねー圏外から来たモンだから都会のコトはさっぱりなんだ!建物は多いし道は複雑だし…」
「…なるほど」
「君はこの辺の人なのか?」
「わ、私も実は…つい最近この街に来たばかりで…」
こう言えば、じゃあこの人に聞いても分からないかって他を当たってくれるだろうという淡い期待を込めたのだけど。
「へぇーそうなのか!何となくそーだとは思ったんだ!さっきキョロキョロしてたからさ、オレと同じで道に迷ってんじゃねーかって」
…逆に興味を引いてしまったらしい。
目をキラキラ輝かせてずいっと一歩前に出てくる。確かにここら辺のことはよく知らないけど、そう思ったのなら尚更
私に聞いたってしゃーないと思いません?
「ま、迷ってるっていうか…ちょっと街中歩いてみようって思っただけなので。あ、だから申し訳ないですけど私もこの辺のお家のことはちょっと…」
う、嘘は言ってないぞ…
何のイタズラなのかその梅星さんにはついさっきお会いしました。増してやその下宿先に寄っていかないか、なんて恐ろしいお誘いも頂きました。だ け ど
私はやっとの思いで逃げてきたんだ!!
あの道沿いにお家があることは分かってるけど、すまんマルコメさん!私は命が惜しい!
どうしても…どうしても戻る訳にはいかないんだぁぁぁあ「…でもよ」「ほぎゃあぁあっ!」
近い!近いよマルコメさんっ!
この人私が一応女だってこと分かってるのかな…そういう抵抗が無さそうではあるけど。
「これ何て読むって?」
「…え?う、″うめほし″さん?」
「どー考えてもフツーは″うめぼし″って読むだろ!なのに君は正しい読み方を知ってる!いやむしろ君は梅星さんを知ってるな?!そーだろ?」
星 だ け に 図 星
…って上手いこと言ってる場合じゃない!
いや待って違う、ツッコミどころ満載だよマルコメさん!正しい読み方もなにもどっちとも読めるし!思いっきりメモ突き出して″梅星″の文字に指さしながら近づいてくるの止めてくれませんかっっいやだからその距離感っっっ
「わっ分かった!分かりました!あ、えと、何となく思い出しました!自信はないけど何となくっ」
″梅星″
このワードのせいで今日は悪夢にうなされそうだ。
…しかし、私はまだ諦めない。
策はあると言えばある!
「けど私もそろそろ帰らないといけないので!道案内は出来ませんけど口頭でよければ何とか…」
語尾が小さくなりつつもそう言うと、マルコメさんは鼻先を指で擦りながらニカッと笑った。
「君、いいヤツだな!」
「…えっ?」
「オレだって無駄に歩き回りたいワケじゃねーしさ、さっきから結構人に尋ねてみたりしてんだけど何かってーと本題に入る前に皆どっか行っちまうんだよ!」
「…本題に入る前にっていうのは?」
「えっ、いや当たり障りない世間話っつーか…何もその用件以外話しちゃいけねーってワケじゃねーだろ?その場に応じてさ!オレ人と話すの好きだし!」
「は、はぁ…」
「都会の人間はヨソヨソしくて冷てぇなーってちょっと悲しかったけどよ、君みたいなヤツも居るんだなって安心したよ!」
「で、でも私…」
うぅ、そんなことを言われると心が痛い。
私は自分の都合で困ってるこの人を一瞬でも見て見ぬ振りしようとしたっていうのに。
まぁ結局それが出来ないのが私なんだけど。
でもいいヤツっていうのとは…全然程遠いよ。
「君は女の子だしよ、男に話しかけられたら身構えて当然だ。むしろ親切すぎるくらいだぞ!オレが言うことじゃねーけど気をつけろよな!」
「………はい、ありがとうございます」
うわ…この人。この人こそだよ。
いいヤツっていうのは。
(私なんかが言ってもらえるような言葉じゃない)
「ヤローが不審がって居なくなっちまうってーのに、女の子の君がこーしてちゃんと対応してくれよーとしてんだぜ?」
何か、何だろう。
「だから君は充分いいヤツだよ!」
顔に思ってることが出てたんだろうか。私を励ますかのようにもう一度その言葉を言ってくれて。
ーこの人の笑顔って、あったかい。
反省。これはしばらく尾を引く反省点だ。
ごめんなさい、マルコメさん。
梅星さんの話と絡めると、あなたはおそらく″血の気の多いバカども″の一人になるんでしょう。…そうは見えないけどそれは置いておいて。
やっぱりちゃんと道案内してあげよう。うん。
「あ、あの…私もまだ土地勘がないのでちょっと迷っちゃうかもしれませんけど…やっぱり近くまで案内しますよ」
「…いいのか?」
「…はい。少し時間掛かるかも、ですけど」
「………………」
「……ええっ?!ちょ、ちょっと!」
私の言葉に目を丸くして驚いたと思ったら。
い き な り 泣 き 始 め ま し た
「…ホントは早く帰らなきゃなんだろ?なのにオレのために…優しいんだなぁ君!」
「あ、それはまぁ…その、私のことはお気になさらず…」
あぁぁぁあ嘘だよ嘘っ!それは嘘なんだ!
もう今さらだけどなんて心苦しい嘘を吐いてしまったんだ。素直なところくらいしか取り柄のない私が。優しくなんかない!そんな言葉勿体無いんだぁぁぁあ
…ああ、最悪だ最低だ
『此の期に及んで逃げるたぁテメェ最低のクズヤローだな!あぁ?!』
そうです、私は最低のクズヤローだよ。そう言われても仕方ないよ、まったくだよ
『痛い目見なきゃ分かんねぇのかこのクソガキャ!!』
『うっ…!ま、待ってください!勘弁してください!』
クソガ…キャ?クソガキ?ん??
天の声か何かにお叱りを受けてるのかと思いきや、それにしてはずいぶん野蛮な…
『待てって言われて待つバカがどこに居る?!えぇ?!』
『ぐぁっ…!!』
うわっ、何かバキッて嫌な音が聞こえてきたけど…なに?!
喧嘩?乱闘??
「どーかしたか?」
思わず辺りをキョロキョロしてた私を見て横から不思議そうに声を掛けられた。
そこで私はハッとする。
そうだ、この人が居たんだ。私にはさすがにどうすることも出来ないだろうけど、この人ならー…
いや、頼ってどーする!おこがましい!
「何か…こっちの方から喧嘩っていうかかなり乱暴な声が…い、行ってみませんか!」
我 な が ら ど ん な お 誘 い だ よ
「なにっ?ちょっとオレ見てくるよ!君はあぶねーからここに居て!」
「わっ私も行きますっ!」
自分でも何でこう言ったか分からない。
分からないけど、この人には謝りたい気持ちでいっぱいで、なのにその上ただ頼ろうとするのは嫌だった。いくら明らかに不穏なものだからといって任せて私は知らん振りなんて出来ない。そうして結果この人までボコボコにされて戻って来ました、なんてことになったら後悔の念で狂い死にしそうだもん…!
だから。
何もできないかもしれないけど、一緒に行く!
「えっ?いや、でも…じゃ、じゃあオレの後ろに隠れてて!っつーかちょっと離れたトコに居ろよ!」
「は、はい!」
それ行く意味あるの?なんてツッコミがどこからか入りそうだけど、いいのよ自己満よ。
行くことに意味があるってやつだ!
(チキンでビビリだけど、後ろめたい思いはしたくない!)
「いやぁ〜しかし腹減ったなぁ!」
「ハ、ハハハ…そうですね」
そうして今に至る。
声がする方へ向かうと、そこは近くのビルに隣接した駐車場だった。人相の悪い男の人4人に囲まれてしゃがみ込んでいたのは
「あ、そうそう。弟と合流したら多分飯行くと思うんだけどよ、アンタらもどうよ?礼もしてーしな!」
この少し長髪の男の人だった。
「ん〜行きてーのは山々なんスけど、オレこの子に道案内頼んでて!付き合わせちまってるんでとりあえず先に目的地に行かないと!」
「おお、そーか。だったら仕方ねーな」
「あ、あの…私のことは…」
「いいのいいの!さすがにこれ以上時間食わすワケにはいかねーよ!」
男の人に聞こえないようになのか、小声気味にそう言ってくるマルコメさん。
相変わらずの笑顔でいい人オーラ満載の彼だけど…さっき過ぎった、この人がボコボコにされて帰って来るっていう最悪の結果。あの想定をした自分を恥ずかしく思う。だってー…
「ん?どーかしたか?」
「あっ、いえ!何も…!」
このマルコメさん、凄かった。
まずその場に向かって走る彼のスピードは尋常じゃなく、私はやや遅れて到着した。
大した距離じゃなかったからそこまで息は切れなかったけど、呼吸を整えてるうちに彼の大声が聞こえてきた。
「コォォラァァ!よってたかって1人を4人で囲むなんざ卑怯なマネして恥ずかしくねーのかっ!?」
大いに正論だけど…こ、これは所謂、挑発?!
当然の如くそれに乗っかって男の人たちはああ?!とかうう?!とか(あれ?何か違う?)言いながらマルコメさんに一気に詰め寄った。
その奥で、さっきまで囲まれてた男の人は尻もちをついたままの姿勢で後ずさって、駐車中の車に頭をぶつけてるのが見えた…こ、この状況でなんてシュールな…
そう、その一瞬だった。
私が他に気を取られて目を逸らしてるそのほんの一瞬だけで充分だった…らしい。うん、この手のことはよく分からないけど。
バキッ!とかガッ!とか、聞き慣れない音がして。私は思わず勢いよくそちらに向き直った。
マルコメさんは…?!
そう思うのと状況を理解するのと、紙一重。
「おい!怪我はねーか?!」
そこには、倒れたまま苦しそうに唸り声を漏らす男の人4人と、その中心に立って心配そうにこちらを見てるマルコメさん。
しゅ…瞬殺?!
呆然としたまま私が頷くと、彼は
「そーか!良かった!」
と言ってまたニカッと笑ってみせた。
その時、再び梅星さんの言葉を思い出した。
さっきから何度も繰り返してるけど。
″血の毛の多いバカども″
…なるほど、ちょっとだけ理解した。
だけど彼は何というかこう、一つ問いたい
圏 外 っ て 野 生 の こ と で す か ?
私のこの疑問はあながち間違っていなかったと後に知ることになるのである。し か し だ
この街に来てからと言うものの、私の身の周りがおかしい。内外見境なく。
私は多くを望んでないよ、ただ一つだけ。
何事もなく静かに暮らさせてくれはしませぬか?
これは始まりに過ぎないのである。
とか誰も言わないでよ?言うなよ?言うんじゃないよ?!
そんなベタな台詞は欲しくない。
(見かけによらずあぶねーコトすんな、お嬢…)
(…しかしどのタイミングで出てやろうか)
(なぁ、君ストーカーとかされてねーか?今前方30m先くらいの角に君のコトじーっと見てるオッサンいたけど)
(えぇっ?!まさか…人違いですよ!)
(というかその視力の良さ…やっぱり野生人?)
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