04






「…すみません、お待たせしました」

「おお、ご苦労さんでした」


私はとある場所へ来ていた。
″オヤジさん″からの提案…というか、ご厚意にすら思えたから断る気にもならなくて、自分でもビックリするくらい簡単に頷いてしまったこと。

それにしても上村さん、どれくらい時間掛かるか分かんないからどこか入っててくれって念を押したのに…そこを出たらすぐ近くの電柱の影で煙草を吸ってるのが見えたから、恐らくずっと動かずに待っててくれてたんだよね。

ああ、何かすごく申し訳ない…!

私なんかのために上村さんともあろう方が小一時間突っ立ってたなんて…ハァ、こんな立場に慣れる日が来ることは絶対ないだろうな…逆に疲れるよ。




「どうでした?話はついたんでっしゃろ?」

「あ…はい。入学ギリギリなのに、こんなにもすんなりいくものかと…ちょっと拍子抜けしちゃいました」

「ハハハッ、校長さんがおやっさんのお知り合いともなりゃまぁ当然でしょうなぁ」


上村さんは煙草を消しながら肩を揺らして笑った。
この人は″オヤジさん″を心の底から尊敬してるんだろうなって最近思うようになった。私が知ったようなことは言えないけど…言葉の節々に、その表情に、何となくそれを感じさせる。

それに対して私はどこか他人事のような、いや、嬉しく思ったりするのが当たり前なんじゃないかとか無駄な思考を巡らせるのだけど。

…焦り過ぎだよね。
いきなり受け入れようとしたって無理なものは無理だもの。私の狭い容量はとっくにキャパオーバーしてるし。

今はまだ他人事。他人の感覚、だけど。

焦らずゆっくりでいいや。



「けど、まるごと環境が変わっちまって…大変な思いするのはお嬢ですし、わしも上手いことは言えやしませんけどの。おやっさんもお嬢の気持ちを考えなかったワケと違いますで。それは…頼みますから、分かってやってつかぁさいや」

「…はい。すべて、私も納得した上でのことですから。誰も責めるつもりはないです。…それに一人じゃ何も出来ない子どもですから、私は。戸惑いはありますけど、むしろ…感謝の方が大きいです」

帰り道、言いづらそうに切り出した上村さんに対して私も思ってることをそのまま、たどたどしくだけど言葉にした。ポケットに手を入れてゆっくりと歩みを進める上村さん…私の歩く速度に合わせてくれてるみたいだ。

うーん…先入観って怖いな。
こういう世界の人たちは紳士のしの字も無い野蛮な人ばかりなのかと思ってたけど、むしろ一般人よりも紳士かも??

ま、私があまり大人の男の人…ううん、家族以外の男の人にそんなに関わったことないから何とも言えないんだけど。



「…フッ」

「…ど、どうかしました?」

「ああ、いや。やっぱり若のお嬢さんやぁ思いましてね」

「…お父さん、ですか?」

「ええ、よう似とりま」


そう、なのかなぁ。
確かに昔からお父さん似だって言われてきたけど、そもそも上村さんはそういう意味で言ってるんじゃない気もする。…まぁいいか。

にしても若って。
私同様、お父さんもそんな柄じゃないと思うんだけどそういう問題じゃないんだよねきっと。

でも、ね?

(笑)が付きそうだよ、お父さん。
若(笑)みたいな。やだ、そう考えたら何かおかしくなってきた…!



「そういや学校のこと、っちゅーよりこの辺のことですがの、お嬢も知っとるかもしれませんが…多少荒れたガキどもの多い地域でしての。まぁわしらの様な人間が言うことでもあらしまへんけど」

…ん?
荒 れ た ガ キ ど も と は な ん ぞ ?

「うちのモンにもこの辺の出身でそのまま組に入っとるヤツがいて、たまぁに話聞くんですわ」

ほ、ほうほう…

「お嬢は元々県南の学校に通う予定だったんでっしゃろ?その近辺にも何やデカいチームだとか族だとか、そんなモンがウジャウジャ居るっちゅー情報も入っとったんどすわ。どっちもどっちと言うたらそれまでなんですが、ここから県南はそらまぁ遠い」

…う、うん?えーと…うん。
私が通う予定だった高校は一応進学校だったはずなんだけどな?チーム?族??

いや待った。根本的に違うでしょ。
そりゃどこの界隈にも所謂不良さんはいらっしゃるでしょうけど、私には無縁の世界ですよ。


念には念を、とよく言ったもんだけど。
関わる可能性を示唆しないでくれませんか?

縁起でもない…!!
上村さんを前にして絶対口には出せないけどこれ以上怖い人との関わりを増やしてどーするんだ!そんな物好きとちゃう!


私が相当しかめっ面をしてたのか、こちらを見て小さく噴き出す上村さん。また肩を揺らして…何だかこの人にはやたらと笑われてる気がする。

「もちろん、そないなガキどもと関わるつもりもないっちゅーお嬢の意見は分かってま。ただ何があるかは分からねぇ、何も無いとは言い切れねぇ。そうでっしゃろ?」

「………..……」

そう言われたら、何も言えなくなってしまう。

だけど今の今まで不良さんと一度も関わったことがない私にとっては…いやむしろ現在進行形で不良さんどころかとんでもない方々と一つ屋根の下暮らしてますけど。それは置いといて。

正直、ふーん。くらいの感想しか出てこない…


「そうなると、目の届く範囲。何かあればいつでも兵隊送れる範囲で」「へっ、兵隊?!

な、何か恐ろしいワードが出てきたけど?!

「ハッハッハ!それはまぁ、冗談ですさかい」

「……………」

絶対冗談じゃないですよねその顔。

…まぁ要するに。
住居が変わったことで私自身通学の時間がそれなりに掛かることがタテマエとして、何かあった時にすぐに対応できるようにこの近辺の学校へ通えるよう手配してくれた訳だ。ほぼ入学直前の変更だから普通に考えてなかなか融通は効かないもので、選択肢は一つ。校長先生が古くからのお知り合いという学校だったそうで。
そのようなことは朝、″オヤジさん″からも聞かされた。そんな直接的な言い方じゃなかったけど…

って、だから。

そ の 何 か っ て な ん で す か


「…わ、私が通う…黒咲工業?も…そういう人たちがウジャウジャと?」

聞きたくないけど知っておいて損はないはず。

「まぁそこは共学ですさかい、全体が染まってるワケやないみたいですが。居るには居るようでっせ」

「…全体が染まってる、っていうのは?」

「うちのモンの話では、不良の巣窟みてぇな高校がいくつかあるそうなんですわ。そこの連中ともし関わるようなことになりゃ…」

「…な、りゃ?」

…あ、私パニクってる。

分かってるのに。私がそんな人たちと関わるような展開になる訳がないって、分かってるのに!何で!何で上村さんと話してるとこうも嫌な予感がしてくるんだ…?!



「そうなりゃ、お嬢はホンモノでしょうな」

な ん の だ よ

回りくどい言い方も気になるけど、何より。
ちょっと面白がってませんか上村さん?!

ああ何か言いたい!言いたいけどこの感情を表す上手い言葉が出てこないぃぃい


と、頭を抱えかけてると。
私の嫌な予感を一気に膨れ上がらせるような出来事が起こる。

ーそう、すべてはとっくに始まっていたのだ。





「おお!上村さんじゃないですか!」

「…ん、ああ!梅星はん!ご無沙汰しとりま」


いたのだ、じゃねーよ私!!(キャラ崩壊)

突如として現れた刺客…じゃなくて、上村さんのお知り合いらしき方。というよりもこの道沿いのお家から出てきたのが見えたからご近所さんなのかな。

…なんて、可愛いものじゃなかった。


「いやぁ相変わらずお元気そうで。たまには靖司の店に顔出してやってくださいよ。最近来てくれねぇってアイツも嘆いとりますよ?」

「そういう事でしたらうちの古田の方が適任ですさかい。アイツはどういうワケかあの手の店が好きでしての」

「ハハハッ、んじゃ古田さんによろしく伝えてください」


こ、こここ、怖い…!!

一目見て上村さんと同じ世界の人だと思った。ただ話ぶりを見てると、その…組織?は違うみたいだけど。その辺のことはよく分からないけどまぁ恐らく友好関係にあるお二人なのだろう。嫌な雰囲気は感じないし。

あ、いつの間にか体が勝手に動いてたらしい…気づいたら私は上村さんの背中に隠れるようにして身を縮こまらせていた。うん、当たり前の判断だと思う。


「…ん?」

「ひぃっ!!」

「………………」

うわぁ…思いっきりガン見されてるよ…

目で殺されそうってこーいう気持ちを言うんだろうな。一生味わいたくなかったけど。

「…上村さん」

「何です?」

「アンタはこれからって男だってーのに…シノギと関係ねぇことで捕まるよーなコトしちゃいかんでしょ。その子はあまりにも若すぎる」

「………………」

そう言われた上村さんは、不思議そうな顔で男の人とその人の視線の先にいる私を交互に見る。私は何が何だか分からなくて、とりあえず黙って視線を彷徨わせている。

数秒後、言葉の意味を理解したらしい上村さんは一旦俯いて、それから噴き出した。肩を揺らす姿は見慣れたものでこれがこの人の笑い方なんだろうなぁとか、また全然関係ないことを思ってみたりする。私もパニックを通り越すと冷静になる質らしい。


「クックック…冗談よしてくださいやぁ。コッチはともかく、この子からしたらわしはただのおっかねぇオジサンでっせ」

オジサン、の言い方がぎこちなく聞こえるのは敢えてなのだろう。上村さんの発言で、何となく…話の流れが分かってきたような気がする、けど。

…え、えぇぇえ?!

「ハッハッハ!ま、ほんのジョークですよ。一応少しは聞いとります。風の噂みたいなモンで、ね」

「ほぉ…相変わらず怖いのう、梅星はんは」

「まぁ隣に上村さんが居りゃ、その子がおのずとどんな立場にいるかくれぇは想像できますしね。それでいてお付きがアンタなんだ、ただモンじゃあないでしょう」

「ハハッ、敵わんわ」

私がその梅星さんって方のジョークに慌てふためいてるうちに、話はいつの間にか進んでいた。

うーん、いくらジョークにしろあんな風にからかわれることに慣れてないし…とは言え、私なんか口をパクパクさせてこのテンパり様なのに、さも気にせず笑って流せちゃう上村さんはさすが大人だなぁ…真に受けてる自分が恥ずかしくなってくる。


そう思いながらも、話の内容に何となく体に緊張が走った。中川さんと葦津さんのお店に行った時もそうだった。

葦津さんも、この梅星さんって方も、私のことを知ってるんだー…

自分のことなのに踏み込んじゃいけない領域な気がして。さらに朝聞いた、過去に私が狙われてたっていう話を思い出して。それとリンクするような何かがもしもあるなら…それ以上は怖くて聞きたくなかった。

まぁ…二人とも笑ってるし、事態は深刻ではない、ってことだよね。うん。そう思っとこう。





「ところで、今年も下宿の方を?」

「ああ、おかげさまで既に満室ですよ。またイキのいいっつーか、騒がしくて血の気の多いバカどもが揃っててね…そういや、今日ちょうど最後の一人が来るってー話でして」

「血の気の多いバカども、か…っちゅーとアレでっか。今回は若いんでっか?」

「ええ、全員今年から高校ってヤツらですよ」


梅星さんの言葉に、上村さんは何故だか楽しそうに笑ってこちらをチラッと見た。

な、なな、何ですか!その意味深な笑みは!
確かに今年から高校ってことはその下宿人…?の方々は同い年なんだろうけど。

わ、私には関係ないぞ!!

騒がしくて血の気の多いバカどもって…要するに不良さんでしょう??そう一言、言えばいいのにまた回りくどいっ!

…そもそも″不良さん″とか、会ってもいない人たちの総称にビビってさん付けしちゃってるこの私に!関係ある訳ないんじゃーーーーいっっっ


「実はうちのお嬢も同い年でしてね。あっちの、黒咲工業っちゅートコに入る予定なんですわ」

…!!!
ななななっ、何故それをこの方に言う?!

「黒咲?ほっほぉ、コラまた偶然!うちのヤツにも一人、黒咲に行くってーのが居ますよ」

うーーーわ。
いやそれ、その方アレでしょう?さっき血の気の多い云々言ってた方のうちの一人でしょう??

…そんな偶然一ミリも喜ばしくない。

「へぇ、そないなコトもあるモンですなぁ。…どうでっかお嬢?」

「は、えっ、はい!?」

こっちは血の気が引いてるっつーの。
そしていきなり私に振らないでくださいよ上村さん…!

「ああそうだお嬢さん、せっかくだからそいつに挨拶でもしてったらどうでしょう?なんならついでに夕飯も」「け、けけっ、結構ですっ!!

ぎゃあぁあ!食い気味に断ったら一睨みされたぁぁあ!!!

「…ほう、断ると?上村さんのご厚意を?」

何でそこで上村さんの名前を使う?!
ず、ずるい!断りにくいじゃないか…!

…いや、違うぞ。
これは勘だけど恐らくこの梅星さんも、上村さんの様子を見て一緒に楽しんでるだけだ…私のこのテンパり具合を…な、なんて人たちなの!!


「とっ、とにかく!夜はあの、ご飯は家で食べるって言ってありますし、上村さんもお忙しいでしょうからっか、帰りましょう!」

「ええ、わしは元々お嬢を送り届けたら帰るつもりでしたさかい。梅星さんのトコに寄るとなろうが一人で帰すようなマネはさせんやろうし、お嬢もそこは安心してつかぁさいや」


ダ、ダメだ…!
きっと何も言っても切り返されるんだろう。私はそれを負かすようなポテンシャルは持ち合わせていない。このままじゃ言いくるめられてジ・エンドだ。

血の気の多い云々…じゃなくて不良さんという猛獣の檻の中に自分から飛び込むなんてバカなマネして堪るか。
命が惜しいんですよ、ええ、自分が大事なんですっっ

…もう方法は一つしかない。


「お、おお、お…」

「……ちょっと上村さん、もう良いんじゃねぇですか

ククッ、ちぃとやり過ぎましたの

ついこの間までごく普通の家庭で、ごく普通の血筋だと思って生きてきた…その割にはよく気張ってますな

「…ええ。なかなか根性ありまっせ、この子は



「オ、オ、オヤジさんに…オヤジさんにっ!いっ言いつけちゃいますからぁぁぁあ!!

カッコ悪すぎる捨て台詞を叫びながら、ダッシュ作戦☆遂行ーーーーー。

果 た し て そ の 結 果 は


ああ、後ろから大爆笑の声が聞こえる。
弱い者感まるだしでかなり情けない。
いやそれよりも恥ずかしくてもうお嫁に行けないレベル。

って

追 っ て こ な い だ と ?(逆に拍子抜け…!)





「…にしてもあのお嬢さん、藤木さんのこと″オヤジさん″って呼んでんですか?」

「…その辺はまだ、自分の中で整理がつかないんでっしゃろ。まぁ無理もねぇですわ…とうに死んだと聞かされてたお人が実はピンピンしとって、納得するもしないもねぇまま一つ屋根の下暮らすコトになっちまったんですからの」

「そりゃあ…時間は掛かるでしょうな」


二人はいつの間にか、自然と噂のお嬢さんが走って行った方を見据えていて。
自分にあれくらいの年齢の娘がいたとしたらだとか、年頃の娘を持つ父親はこんな気分なのだろうかとか。それぞれ考えていた。

しかし双方とも、娘がいたとてあんなからかい方はしないだろうと思ったそうな。彼女の困ったときの表情だったり何でも顔に出てしまう素直さが、何というべきか。

あまりにも純粋で、汚れがないと思った。
それを見てるのが楽しくなってしまう自分たちの方が、実はまだまだそこらのガキんちょと変わらないのではないかと呆れながら。二人はそれぞれ思う。

あの子は案外上手くやっていけるだろう、と。




そんなことなど露知らずの私は、都合よくこういう時だけ縋る思いで神様に祈るよ。だって

現状をどんでん返し出来るのはあなたしかいないんです。真面目な話。
しかしあなたって言うけどもはや人なのかも何なのかも知らぬ。神様ってだれ??


…ああ、ジーザス。




ニセモノ希望。
(ホンモノって言葉はちょっとカッコいい)
(だが断る!!!)


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