03






「……そっかぁ」

私の小さな独り言は窓の外に広がる曇り空に溶けていった。相槌のようなそれは誰かに向けたものではなく、自分自身への言い聞かせ。納得せざるを得ないというか、諦めに近い。


春休みも終盤に差し掛かっている。
ここに来てから日課となってしまった朝の散歩(健康的すぎて我ながらお年寄りみたいだと思う)から帰ると、玄関で組員の方…確か名前は小田さん、その人と鉢合わせた。正確に言えば私を待ってたらしかった。

″お帰りになり次第、オヤジさんの部屋に来るようにと仰せつかってます。″

とのことで。
そう聞いて若干心臓が嫌な音を立てたけど、いや、正直かなり緊張が走ったけど。私が充分な環境で生活できてるのは誰のおかげかって言ったら、それは一人しかいない。

きっと穏やかな話じゃないんだろうなぁと半ば覚悟を決めて、というよりどんな内容だとしても反論するつもりもなく″オヤジさん″の待つ部屋へ向かった。

私にとっては突如現れた他人だけど、現実は違う。ただその静かながらに圧倒されるような迫力に感化されてるだけかもしれないけど、血が語りかけてくる。

″この人の言うことなら、大丈夫だろう″と。







ということで。

「…黒咲工業…って…」

まず第一に思ったのは、女子が少なさそう。
工業高校=男子ってイメージは間違いではないと思う。かと言って別にどちらが多ければいいってこともないけどね。とりあえずは、極端にアンバランスじゃありませんように。と願うばかりでまぁそれはいい、許容範囲内だ。

それより何より。
″オヤジさん″との話の中で、ある事を思い出した。私は昔この辺りに住んでいたのだ。場所を理解するにはあまりにも小さい頃の話で、そういえば一度引っ越したことがあるなぁ、くらいの朧げな記憶。


しかしその引っ越しの理由が、私の身の安全のためだった、なんて言うからさすがに目玉が飛び出そうだった。

私 何 か に 狙 わ れ て た ん で す か

そう。確かに、私の乏しい記憶の中にそれを彷彿とさせる出来事はあった。今思えば、って言葉が大前提だけど。


「…あの時のあの人が…その話が今に繋がるかぁ」

いつからか独り言が多くなったなぁ…
すべては生まれたその時から始まってたということだ。なんて、それらしくまとめようとしたけどダメだ。ついてけない。途方に暮れそう。

悪い冗談だったらいいのに、とも思うけど。
…もう現実として飲み込むしかないんだクソゥ!




『お嬢さん、出水智和さんって人は知ってるかな?』

「…どうしてですか?パパのこと…」

『…そう。君のお父さんなんだね』

「……あの…」

「砂羽、居るか?砂羽!」

「…あ、パパが探してる…から…」

『ありがとう、お嬢さん。…またいずれ』




どんな人だったかはほとんど覚えてないけど、柔らかい口調で上品な雰囲気だったような気がする。あの人がその当時、″オヤジさん″の連ねる組織と揉めていたまた別の組織のトップだった、なんて…いやすみませんけど

な ん の 話 で す か ?

って感じで首を傾げながら聞いてた私を見て、″オヤジさん″は優しく微笑みながら出来るだけ分かりやすいように話をしてくれた。

関係者に建設会社やら何やらが介入してたり?政治家さんの目論見があったり?で、当時こちら側の顧問弁護士だったらしいお父さんはこの辺りに頻繁に足を運んでいたようで。…あ、お父さん弁護士さんだったんですよ。
お父さんの存在はその立場としてだけでなく、もっと重要な意味で元々相手側に知られてたから、その周辺の人間が狙われるのは当然っちゃ当然で…その矛先が

娘 の 私 に 向 い た ん で す っ て


要は人質に捕らえて弱みを握ろうとしたと。
その日はお父さんと出掛けてて、急遽仕事の電話が入ったからって少しの間公園で一人時間を潰してた。そんな背景だった気がする。

その時お父さんが戻ってきて、何の気なしにその事を話してみた。お父さんの名前を出されたものだから、もし知り合いなら言っておくべきかな?と子どもながらに思ったからだ。
日常の会話の延長線くらいの気持ちだった私は、それを聞いた瞬間顔色を変えて見たことのない険相で「それはどんな人だった?!」と詰め寄ってくるお父さんを怖いとすら思った。

言える範囲で特徴を絞り出すとお父さんは押し黙ってしまって、そのまま家に帰るまで難しい顔をしたまま一言も口を聞いてくれなかった。
当時は知らない人と安易に話をしたことを怒ってたのかと思ったけど、今になってすべてが繋がった。

その直後、突然の引っ越し。
私が転校を悲しんでいたら、「お父さんのお仕事の都合なんだよ、ごめんな」って困った顔をして謝ってくれたのを何となく覚えてる。

…それが、そういうことだったとはね。

何はともあれ今は状況も変わって落ち着いてるそうで、私がここに居ても問題はないらしい。(お付きの方とか盾や矛になる方が居るからっていうのが前提らしいけど。普通には程遠いなぁ…)


私は自分でも結構前向きな性格だと思ってる。平穏に越したことはないけど、こんな状況でもその中で小さな日常を見つけながら、静かに暮らしていければそれでいいかなって。落胆して頭を抱え続けるのは苦手なのだ。

だけど、それにしたって…ね。

いきなりお嬢なんて呼ばれて、明らかに年上の方々に謙られて敬語を使われて、実は過去にその身を狙われてたことがあります、なんて。

そうなってくると、私が真っ先に思うのは

なんかゴメンナサイ。

だってそんな柄じゃないし、守られる可愛がられる立場にあるべきなのはもっとこう…ちゃんとしたお姫様って感じの女の子でしょうよ。弱くても可愛いか、強くても美しいか。超絶美少女か喧嘩最強か。何かに突出してるのが定石のはずだ。

私 は 平 凡 代 表 だ ぞ ?

絶対、ぜぇーったい皆さん、いや百歩譲って全員とは言わなくても誰かしら思ってる。
こいつがお嬢ってツラかよ、って。

よく友達にも度が過ぎてるって不思議がられてたけど、私は自分が思ってるよりもずっとアレらしい。一言で言えばそう

卑 屈 ☆





「お嬢、居られますか?」

「…あっ、は、はい!どうぞっ」


襖の外から声が掛かって思わず身体がビクッとなる。そろそろ二週間くらい経つのに、いつまでビクビクしながら生活するんだろう…まったく。

ぼんやりと考え事をしてた脳が一気に覚醒したところで慌てて襖の方へ向き直る。それと同時に襖がゆっくりと開かれた。


「ご無沙汰しとります」

「あっ、う、上村さん!…こんにちはっ」

「ハッハッハ、そない硬くならんでつかぁさいや」


声を聞いた時から誰かは分かってたけど、改めて顔を合わせると何となくホッとした気分になる。この方も中川さんに似た雰囲気があるのだ。恐らくもっと若いし、必要以上に詮索しないという面で別の優しさがある気がするけど。


それよりそうだ、忘れかけてた。
またちゃんちゃらおかしな話だけど…今日はこの上村さんとお出掛けなんでした、私。あはは。

たとえ″オヤジさん″の命だとしても皆さん色々と気を遣ってくれるんだよなぁ。何だかんだ言って感謝の気持ちは大きい。
主に、なるべく私がビクビクしないように接してくれてるっていう部分が大半だけど、それは非常にありがたい。ただでさえどうしたって外見が怖いんだもん…外で見かけたとしたら一発で「ああ、いかにも」ってなる。

上村さんなんて、白いシャツにグレーのジャケットを肩にかけて常に下駄で大股で歩いて…飾らないところがまた男らしいというか。うん。中川さん同様、上に立つ人って雰囲気。

ま、この二週間の間で他にも何人かご挨拶させてもらったけど(簡単に言ってるけど死ぬ思いだったよ??)、こういう世界のお偉方って只ならぬオーラというか得体の知れない迫力を身に纏ってて、それらが揃うと何かこう、ギラついた宝石のようで豪華にすら見えたのは…私の気の迷いだということにしておこう。



「この親不知がそないに気になりまっか?」

「…はっ!!い、いえ!だ、大丈夫ですか親不知?!」

いつの間にやら上村さんの顔をジーッと見つめたまま固まっていたらしく、慌てて手をブンブン振りながら言った私の言葉に上村さんは一瞬虚をつかれたような顔をして、それから。

「フッ…ハッハッハッハ!」

肩を震わせながら笑われてしまいました。
ああもう、何言ってるんだ私…!!

「わざわざお嬢にまでご心配いただけるたぁ光栄ですわ。たまにチクッとするくれぇですさかい、問題あらしまへん」

上村さんの左頬に貼ってある小さな湿布は、私が初めて会った日からあった。なんでも親不知が疼いて時々痛むらしい。こんな人が歯の痛みを湿布で凌いでるのを見ると…失礼ながらちょっぴり癒されてしまう。
しかし余計なお世話だけど、早く病院に行くべきだと思います…はっ!もしかして!

意外に歯医者がニガテだったりして?!


「お嬢、出られるようでしたら行きましょか。おやっさんから話は聞いとりま。今日はわしがお供しますんで」

…余計なこと考えてないで、行こう。

ただでさえ上村さんにとって面倒ごとだっていうのに、手間を取らせる訳にはいかないしね!よし!


そうして慌てて立ち上がって鞄を引っ掴み、上村さんの背中を追うのでした。

あ、また頬っぺた摩ってる…痛むんですね。

ごめんなさい。


やっぱりちょっと可愛い…!!






私なりには必死です。
(あの、病院は行かないんですか?)
(…親不知っちゅー名前は皮肉なモンでっせ)
((よ、よく分かんないけど誤魔化された…!))


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