『永田駅〜永田駅〜。……』
ここがカラスの駅、か。
……………………。
私以外誰も降りないやないかーい。
動き出した電車の窓という窓から心なしか憂いの目で見られてるような気がするんだけど。あれ、時間帯的にも通勤の人でかーなり電車混んでたけどな?この駅近辺に会社が無いだけだよね?住宅街なんだよねきっと??
…なんなのこの静けさ。無人駅なのかそうなのか
「…ただいま7時34分」
誰にという訳でもない、無理やり心を奮い立たせるために声に出してなんとか保ってるのだよ
ああ、危険な匂いがプンプンする…。
とりあえず絶対駅から出るべからず、だな。
小さく頼りないガッツポーズをしてそう決意。そして私は一歩踏み出した。
アァッアァッ…!バサバサッ
その瞬間、後方から線路の上に広がる空に抜けるように。一匹のカラスが頭上を悠然と通り過ぎて行くのが見えた。
まるで、私を嘲笑うかのように。
〈 TORA SIDE 〉
今日はどうも何かが変だ。
って言ってもまだ一日は始まったばっかなワケだけど、その始まりから既におかしい。
まるで、何かが起こる前兆かのように。
「えっ!寅ちゃん?寅ちゃんなの?生き霊?」
目が覚めて一階に降りると開口一番にコレ。
おたまを片手にパタパタと走り寄ってきたマリ姉が、オレの周りをぐるりと一周してからジッと顔を覗き込んでくる。この人が朝の挨拶も無しにいきなりどうしたってんだろう、最初は自分自身じゃなくてマリ姉の様子に戸惑った。
…今日は雹でも降るんじゃねーかって。
「ん…あれ?みんなは?」
「ココにいるワケないでしょう。あんた今何時だか分かってる?」
さも当然かのようにそう言うマリ姉、オレはココで家の中の異様な静けさにハッとして思わず片手で口を抑えた。やべっ!も、もしかしてコレ完全に寝坊…!?
そんでバッと壁の時計を見ると
「えっ…ええ!?」
17時過ぎぃ!?
ど、どんだけ寝てたのオレ!?
「あ、もしかして花と一緒に行くつもりだったの?あの子なら健康オタクのジジイのようにラジオ体操しながら30分も前に出てったわよ」
「え…ってコトは花ちゃんも寝坊?」
「は?寝坊?何言ってんのよ、こんな早起きしておいて。どうせスケベな夢でも見てどっかに頭打ち付けたんでしょう」
「は、早起き?…今何時?」
「あんたは時計が読めないの?」
やれやれとため息をつきながらマリ姉はその場を離れて奥へ…っつーか、そっか。メシ作ってんのか。なんかいい匂いがすると思ったら。
けど早起きって??
だいたいマリ姉が黙って夕方まで寝かしといてくれるとか、そんな甘くて優しい心の持ち主なワケがない。そもそも今日平日だし余計に絶対的にあり得ない。…ってコトは。
「朝の5時ぃぃい!?」
シーンと静まり返ったリビングでオレの叫びに近い声が響き渡ったのはなんと、夜明け前だった。
それに対して台所の暗がりからマリ姉がそっと顔だけ覗かせて。
「…うるせーぞコラ」
「…すんません」
「黙ってそこ座ってろ、今先にメシ出してやっから」
「や、こんな早朝から米とか食えな「なぁに寅ちゃん?」食いますハイ食いたいです」
……………………。
っつーか、花ちゃんどんだけ。(ついでにマリ姉も。あんたら早起きのレベルじゃないよ)
早起きは三文の得とか言うけど。
オレにはギリギリまで寝てる方が合ってるなぁ。
とりあえず家にいるうちに会った全員にご丁寧に「どーしたんだよ寅?」って挨拶もおろか言われたりそれを含んだ視線を送られたり。みんな失礼だな…オレだってたまには早起きくらいするよ…。
例によって朝メシ食ったしもう着替えたし。
そろそろ迫っちゃんが降りて来て騒がしくなんだろうなぁとか思いつつ手持ち無沙汰のオレは、早めに出てブラブラしながら向かうかっていう結論に出た。
散歩から帰って来たらしい花ちゃんがなんかあーだこーだ言ってたけど、まぁいいか。
そしてその″何か″はすぐにやって来た。
ブラブラって言ったってレパートリーが無い。
遠回りしながら行くような気分でもないし、無駄に早く起きて勿体無いコトしたなぁ…って思ってるくらいだし。不思議と目は冴えてっけど全然得じゃない。ボーッとしてたらいつの間にかカラス駅に着いてた始末だ。
構内のうどん屋に入る…うーん、いつも以上に朝メシいっぱい食わされたし違うな。そもそも腹減ってないしその選択肢は却下。とりあえず駅出るか…
「…ん」
ふと、どこからか視線を感じる。
それもなんか…猛烈に熱い。
ココはカラス駅。
当然嫌な予感がしたんで気づかないフリして自然と歩くスピードを速めるオレ。
「…あ、あのっ」
だいたいココで誰かの気配なんて言ったらそれは一つに決まってる。だって見ろよ?確かにちょっと早いけど普通この時間帯ってどこの地域でも通勤ラッシュでしょ?なのに駅に人がいないんだよ、何てったってココはカラス駅だからさ。鈴蘭専用と言っても過言じゃないワケよ。逆に早すぎてその鈴蘭生すらいないよ何してんだろオレ
「あの、すみません!」
だから必然的にココで鉢合わせるとしたらそいつらしかいないワケで。…ヘ、ヘタに絡まれないうちに逃げねーと…!
……………………。
へ?
聞き間違い…だよな…
今、女の子の声しなかった??
「……うぉおっ!?」
ななっ、なんだこの人!
トイレの入り口から顔だけ覗かせてる…!?
朝のマリ姉かよ怖いよだって間違いなくコッチ見てんもんオレ以外人っ子一人いないんだから!
…っつーか。
吃驚して体を強張らせたオレは、ギギギと首を動かして頭上のプレートを確認する。
「…オ、オレ?」
「…(こくん)」
その人がいるのは女子トイレ。
まぁ顔を見れば分かるけど、どうやらさっきのは聞き間違いじゃなかったらしい。
マ、マジで女の子がいる…!!
「あの…あなたは鈴蘭の方ですか」
「えっ、そ、そうだけど…」
初っ端からそう聞いてくるってコトは…ココがどんな場所か知らねーワケじゃない、よな。
放課後とか授業中とかそーいう時間帯ならまだしも、いつ鈴蘭生と顔を合わせるか分かんねーこの一番危険な時間帯に何やってんだこの人…!?いや何度も言うよーに確かにまだ早いけどオレみたいな例外もいるワケだし。あ、オレは色んな意味で例外か…自分で言うのもなんだけどカラ校の中で一番安全かもね
「ちょっと…頼みたいことがあるんですけど」
「…とりあえずソコから出てきたら?」
いつまでこの距離感でいるつもりなのこの人。
いくらカラス駅だからとは言え女子トイレの目の前で突っ立ってんのヤダよオレ…
その人は一瞬眉をひそめてそれからおずおずと出てきた。ようやくマトモに対面ってワケだ。
「…で、何の用?」
見たところ同い年くらいの女の子。
まぁ普通っつーかなんつーか。
けどなんか左目んトコに湿布貼ってある。怪我でもしてんだろーか。
かと言って他には特に目立つ特徴が無いからこそ、カラス駅にのこのこやって来るようなツワモノには全くもって見えない。
「あの…鮎川くんってご存知ですか」
……………………。
あーはいはいって感じのこの展開。
鈴蘭、鮎川。
このワードで思い当たるヤツは一人しかいない。相手が女の子ってのと持ってる紙袋でだいたい話の内容は想像できた。だいたいどころかもうこの後の受け答えのパターンまで頭の中で用意できちゃってるオレってなんか、辛いね、ハハ…
「それってマー坊のコト?」
「あ…はい、たぶんそうです」
「知ってるよ。オレ同じクラスだから」
「ほっ本当ですか!」
一瞬この子の顔が″よかった…!″なんて声が聞こえてきそうなくらいパァッと明るくなった。なんか知らないけど安心したのかホッと胸をなで下ろしてる。
あれ、今までは結構「一緒に歩いてるトコ見たコトあったから」とか「連れてる中でもお兄さんが一番マトモそうだから」とか。あえてオレを選んで押しかけてくる子が多かったんだけど…この子は違うのか。
まぁどうであれ関係ないんだけどさ。
ヘタすっとオレがドヤされて面倒だし…。
「悪いんですけど…これ、鮎川くんに渡しておいてもらえませんか?」
そう言って紙袋を突き出してきた。
やっぱオレの予想通りだったか。
っつーかこーいうのって何入ってんだろ…。手作り菓子とか?手紙だけじゃインパクトないから物で攻めるのか?女の子って頑張るよな…
「あ、あの」
「…悪いけどそれは受け取れないよ」
「えっ!?」
オレ的にこの反応はちょっと意外だった。
そもそもいくら人伝てったって女の子がラブレターとかそーいう類のもの渡すとなりゃモジモジしたり恥ずかしがったりするでしょ?この子はそーいうの無いし、妙に顔色悪いし終始キョロキョロして早く用済ませたいのか焦ってるっていうか。とにかくなんか変だ。たぶん変わってるだけなんだと思うけど…
断ったら今度は信じられないって顔でめちゃくちゃキョドってるし。いきなり後ずさり始めたし。
「そ、それは困ります!」
「困るって言われても…オレもどうしようもないんだって。あんたもマー坊が好きなら知ってると思うんだけど、そういうの拒否るから。受け取んないからあの人」
「…はい?」
「むしろ結構どギツイよ、「ラブレターならまだしも物とか気持ち重〜っ」なんて言われるかも」
「……………………」
「悪いこと言わないから諦めた方がいいと思う。それがイヤなら直接渡しに行きなよ、そしたら分かるさ」
…うーん。
いくら他人事とは言え、辛いものがある。
毎度思うんだけど何だってオレが代わりに告白を断るよーなマネしなきゃなんねーのかね。最初の方は手紙とか伝言とか受け取るだけ受け取って本人に繋いでたけどさ、さすがに「悪いけど適当に断っといてくれ」って言われてからは、本人は本人できっと困ってんだろうしなるべく食い止めるコトにしたワケで。しかしオレってなんでいつもこーいう役回りよ…?
さらに言えばソレはマー坊に限ったコトじゃないからね、某拓海っちゃんもだからね。悔しいのが二人ともモテんのに嫌味がねーってコト。いいヤツらだし、だからオレも強く出れねーんだなぁ…。
ん、拓海っちゃんと言えば。
この子の制服…黒咲のじゃね??
だとしたらこの子は拓海っちゃんを知ってる上でのマー坊推しか。拓海派じゃなくてマー坊派なんだな、なるほど。(自分で言っててなにその派閥)
「あの」
「…なに?」
「もしかしてあの人、女の子にモテたりするんですか」
あ、あの人呼ばわり…?
「えっ、いやモテるもなにも…あんたに言うコトじゃないけどさ、オレなんか常日頃から被害被ってるよ。手紙渡してくれとか連絡先知らないかとか、もう慣れたモンだよ」
「…世も末ですね」
「は?」
「いえ、何でも」
な、なんか…頭抱えだしちゃったけど。
っつーか聞き間違えてなければ、今。
スゲー失礼なコト言わなかった!?
あんたマー坊のコト好きなんじゃないのかよ…どーいうコトよこの人…遠回しな嫉妬か?負け犬の遠吠えか?…ってコレじゃオレのが失礼か。
「これ、鮎川くんの財布なんです」
「…へっ?」
「物が物ですから。いくら同じ学校の人とは言え、直接的な知り合いじゃなかったら何があるか分からないじゃないですか。中身を取られる可能性も考えられるし。だから一応袋に入れただけなんです」
「え、じゃあ…ソレ…」
「当然、ラブレターやプレゼントの類ではありません。知り合いだと仰ってたのですんなり受け取ってもらえるかと思ってたんですけど、どうやら何か誤解されてしまったようで。紛らわしくてごめんなさい」
や、やべぇ…。
よく分かんないけどコレ絶対キレてる!
笑顔だけど目が笑ってないし。いきなりめちゃくちゃ饒舌になったし。拓海派とかマー坊派とかじゃなくてこの人静かにキレる派だっ…!怒らせっと一番怖いタイプだぁぁあ!!
「な…なんか、えーと、オレ勘違いしちまったみたい…っスね、ハハッ」
このパターンは用意してねぇぇぇぇええ
「とにかく、私は彼のファンとか彼が好きとかそういうんじゃないんで。それだけはご理解ください」
「…す、すんません…」
「別に中身を確認してもらっても構いませんし、でも正真正銘、彼の物だと思います。鮎川くんの家にありましたから」
「い、家?」
「それに彼本人から財布を忘れたかもしれないから探しておいてくれ、と連絡があったので。確実だと思いますけどそれでもまだ疑いの余地があるようでしたら、そちらこそ後ほどご本人に確認をしてもらえれば分かるんじゃないでしょうか。そこのところいかがでしょう」
「…………っ」
バァーッと言い切ってからのニッコリ顔。
ご丁寧にオレがさっき言ったコトに対する嫌味も忘れず付け加えて。
な、なにこの人…怖ぇえ…!!
…っつーか待てよ。
その財布、家にあったとか言ってたよな。本人から連絡あったとか。となるとこの人がマー坊んちで財布探して…わざわざココに持って来たってコトか?いい人かよ何なんだよどっちかにしてくれよ…!
いや、まずその前に。
「…あの、あんたマー坊と知り合いなの?」
まず根本的にソコよ。
オレがそう尋ねると、一瞬ハッとした顔して何故かまたさらに後ずさって顔面蒼白。今度は何なんだ…ちょっとこの人色んな意味で怖いんだけど
「し、知り合いというほどの者じゃありません。彼にはその…通りすがりの人が拾った、とでも言ってくださいっ」
「いやいや…さっきの話聞いたらそーとは思えないよ。その財布あんたがマー坊の家で探したんでしょ?家に出入りするとか、むしろ知り合いのレベルじゃなくね?」
「…ぐっ…私としたことがぁぁぁあバカッアホッドジマヌケッ」
まさかの形勢逆転。
なんかブツブツ言いながら自分の頭引っ叩いてるし地団駄踏んでるし…マジで何なのこの人…。
しかしマー坊とどーいう関係なんだ?幼馴染?
いや、確かあの人3月にこの街来たばっかって言ってたしなぁ。
…ん!?ってコトは
「彼女……いや、ナイか」
「あの…な、なにか?」
「あーいや何でも!」
オレも案外失礼なヤツだなぁって思うけど。
どうせあの人選びたい放題じゃない、オレのトコに来た子も可愛い子が何人かいたし。だから要するにハッキリ言えば
その中でこの子選ぶ?ってのが正直な意見。
可愛くないってワケじゃないけど美人ってワケでもないし言っちゃえば普通なんだよなぁ…どこにでもいそうっつーか、どっかのアイドルグループとかグラビアとかそーいう大勢の中に一人、ああこういう子いるよねぇ的な。超少数派に人気みたいな。…うっ、いくら心の中とは言え言い過ぎか?
「あの、と、とにかくコレ渡しておいてくださいお願いしますっ」
「…ああ、うん…それはいいけど」
まぁ嘘吐いてるよーには見えねーし、実際に財布だってーなら無いと本人も困るだろうし。とりあえずココは受け取っておくべきだろう。
そう思って袋を受け取ろうとしたら。
「…ん、寅じゃねーか」
改札に通じる階段の方から声が聞こえた。
「あっ!蓮ちゃん!」
さっきオレが家を出てきた時はまだ部屋着だったけど、今はもう柄シャツにばっちりリーゼントでいつも通りの蓮ちゃんがそこにいた。オレが思わず声を上げると一瞬フッと笑ってそのままこっちに歩いて来る。
「……………っ!!」
何気なくチラッと女の子の方を見れば、え…もう後ろ壁だからそれ以上退がれないと思うけど…って言いたくなる勢いで後ずさってる、どころかカニ歩きで徐々に離れてってる。
あのね、絡まれたくないなら大袈裟な動きしない方がいいよ、かえって目立って威嚇されるから。蜂と一緒だよ。と経験者が語る(なにこのダサいアドバイス)
「蓮ちゃんも早かったんだね、いつもこんな時間だっけ?」
「今日はたまたまだ。普段はもうちっとゆっくりしてから来るさ」
…とは言ってもそろそろ8時近いのか。
なんだかんだ時間経つのって早ぇーな、あの子に捕まったのがちょうど時間潰しになってよかったかも。
「…ん?」
まぁ当然、あんだけ不審な行動とってれば蓮ちゃんが気づかないハズないワケで。右斜め前方でカニ歩き中のあの子を不思議そうな顔でジッと見た。
「ああ、聞いてよあの子さっ」
…って言いかけて、やめた。
興味本位で話しちまいたいのは山々なんだけど。まぁコレはオレの勝手な想像よ?たぶんあの子はさっき、オレだから話しかけてきたんだと思うんだ。自分で言うのもなんだけど鈴蘭生のわりに見た目厳つくないし、それでもこの辺の噂知ってればどんなヤツであろうと声掛けるのに勇気いったと思う。オレだってビビリだし…この弱っちい見た目と、一緒にいるヤツらのせいで(悪い意味じゃないんだけど)絡まれるコトは多い分、その恐怖は知ってる。
いくらあの子がマー坊と知り合いだからっつってそーいうのに慣れてるとは限んないし、知らなかったら蓮ちゃんはフツーにどうみたって怖ぇもんな…。
…うん、財布だけ受け取って逃がしてやろ(猫かなんかみたいだな)
「…お前、あん時の。兄ちゃん助けてくれたヤツじゃねーか」
え?
「…な、なな、何のことでしょうかっ」
「なんでこんなトコにいんだ?花にでも会いに来たのか」
え?えっ?
「は…花、と言うと…」
「ああ、そういや話は軽く聞いてっけどまだ会ってやってねーらしいな。ようやく折れたのか?」
「…あの…な、何でそのことを知ってらっしゃるんですか」
「何でって…あーそうか。実は、オレも同居人でな。月島花と、それから拓海と」
「ええっ!?」
「ついでに言うと、コイツもな」
「なっ…ちょ、聞いてないですっ!」
いやいやオレなんで今怒られたの!?
でもって蓮ちゃん″ついで″ってヒドくね!?
っつーか…
二人知り合いなの!?
それどころか花ちゃんと拓海っちゃんの名前も出てきてたし心当たりアリアリな感じだし。拓海っちゃんは黒咲だから分かるとして…花ちゃんなに。どこ繋がりよ。
「っつーかその目どーしたんだ」
「こ、これは…ちょっと転んでぶつけただけです」
「…そーか」
「……………………」
蓮ちゃん、思いっきり納得してねーって顔してる。まぁ考えてみればたとえ顔から転んだにしても瞼らへん打撲するとか結構レアだよな…言われてみればって感じだけど。オレはよくそこのトイレとか学校帰りとか絡まれて目んトコ腫らすの慣れてっけどさ。…って、まさか。
この子も誰かに殴られたってコトねーよな?
さすがにソレは…ねーか。うん。
「花ならもうちょいしたら会えると思うが、なにもカラス駅まで来なくても良かったんじゃねーか。ココがどんなトコかくれー知ってんだろ」
「わ、私…月島くんに会いに来た訳じゃありませんから。ただちょっと用事があって…あっそうだ!」
「用事?」
蓮ちゃんの問い掛けをスルーして、っつーかそれどころじゃねーって感じで慌ててオレの元に駆け寄ってくる。あ、そっか。本来の目的ねソレね。オレもすっかり飛んでたわ。
「私もう行きますんでこれだけっ「ああっ!お前この前の電車女!!」……え?」
いや、コレばっかりはオレも「え?」だ。
って
「マ…マサさん!秀吉さん!」
「ん?おお、おはよう諸君!」
「声デケーよお前。完徹でテンション狂ってんじゃねーアホ」
「…っス」
「あー確か、ええ、と。寅くんに蓮次くん!いやぁ今日も爽やかな朝よのう〜〜」
「ったく…ダメだこりゃ」
な、何なんだ。
どこからツッコんでいいのか分かんねー…。
マサさんのテンションといい、相変わらずの秀吉さんの怖さといい、どう考えてもこの人たちのわりに早すぎる出勤といい。
それに何より。
「コラ逃げんな電車女!」
「ぐぇっ」
猛スピードで階段の方に逃げようとしてたその子の首根っこを思いっきり引っつかんで足止めするマサさん。
そもそも電車女ってなんだ。某有名映画かよ
「はっ、離してください…!」
「やぁだねー。っつーかなんだお前、今度は目ぇ怪我したんか?鼻はもういいのかよ鼻は〜」
「…っやめてくださいその話!っていうか苦しいです離して…っ」
「逃げねーな?」
「逃げ…ません」
「はいウソ〜!ダメ〜!」
ギャハハハッ!って笑いながら楽しそうなマサさんは一気にこの場を自分のペースに持ってっちゃってて…蓮ちゃんとオレ唖然。
っつーかもしかしなくてもマサさん。
酔ってるっスよね?全然酒抜けてないっスよね??
日頃関わるコトがほとんど無いから普段のテンションとか知らねーけど、妙にオレらに対しても友好的っつーか陽気っつーか。まぁとにかく酒が入ってるコトは間違いないと思う…。
「おい」
「あー?」
「お前じゃねー。女の方」
「は…はい?あっ」
未だに首根っこを掴まれたまま、振り返りづらそうにしながら秀吉さんの顔を見上げると急に何かに気づいたみたいに小さく声を上げた。けど、秀吉さんはそれに構うことなく話を続ける。
「誰にやられた」
「…えっ」
「えじゃねーよ、その目だ」
「こ、これは…別にそういうんじゃ…」
「嘘つけ。湿布剥がれてっから青アザ丸見え」
「ええっ!ウソっ」
「ああ冗談だ」
「………っ!?」
やっぱ殴られたってーのが先にくんのか。
蓮ちゃんもあの感じだとそう考えてたんかなぁ。いや、とりあえずその前にちょっと、触れたい一件が。
…うわ。うーわ。
秀吉さんのあのしてやったり顔。
分かる?微妙に笑ってんの!超微妙に!
それが絶妙な具合に不敵っつーか意地悪そーな顔で。女の子はああいうのに弱いんだろーけど、この子はやっぱ変わってんのか口パクパクさせてるし顔青ざめちゃってるし。
今この瞬間、全国の狂犬ファンを敵に回したな。(なにそれ)
「っつーかお前なんでこんなトコいんの?あれ、そもそもえぇっと…コイツらと知り合いなのかよ?」
聞きたいコトがいくつもあんのは分かるけど一気に質問しちゃダメだろ…今その子超絶テンパってんだから…。とか思いつつ、オレらの名前をすでに忘れたらしいコトに軽く傷ついた。チラッとオレの顔見て諦めたのバレてますよマサさん…
「し、知り合いというワケでは…っていうか!わ、私の用事はもう済んだのでっ学校行かないと…!」
「用事ってなによ。っつーかお前どこ高?」
マサさん。一気に質問は(以下略)
「こ、これ拾ったんです!持ち主の方、み、見たことあったんで鈴蘭生だって知っててそれで届けに来ただけなんですっ」
「ふーん。誰のよ?ちょい見して」
「ダ、ダメですよ財布なんですよこれっ」
「ああ!?お前オレがスるとでも思ってんのかコノヤロウ!?いい度胸してやがるなぁコラッ!」
「あだだだだっ痛い痛いですっ!」
今度は頭グリグリされてるよ…なんか知らないけど随分仲良い、みたい…??っつーか今さらだけど
この子この二人とも知り合いなの!?
やっぱこの展開そーなの!?
「フッ、スらねーとは言い切れねーだろマサ。なんたって明け方まで雀荘で粘って大負けした挙句、フケるとか言っときながらスッカラカンだってんで漫喫もロクに入れねーでやっからな。お前ってヤツはよ」
「ちょっココでんなコト暴露ってんじゃねーよ!っつーかいちいち丁寧に説明すんなアホ!だいたい今日給料日だしんなびた一文くれー屁でもねーんだよっ」
……………………。
何やってんだこの人たち…。(コーコー生ってなんだっけ)
「で、えーっと何だっけ。っつーかどーする秀吉?」
「知らね。勝手にしろ」
「イエッサー。じゃ行くか電車女!」
「はっ?い、行くってどこへ!?」
「どこってガッコ」
「………………………」
「がーっこーうー」
「あっ大変だ。急いで帰ってご飯観て朝ドラ食べないと」
「………………………」
「………………………」
「アホ」
「ぶっ!ギャッハッハッハッハ!おもしれぇ!お前おもしれーよやっぱ!ハッハッハッハ!」
「……し、しまった…!」
「だいたいソレのどこが大変だっつーんだよ!ハッハッハッハ!腹痛ぇ…!」
…よく分かんねーけどさ。
これだけは言える。
この子にも原因があるよコレは。
オレさっき普通でどこにでもいそうっつったけど、なんか。だからこそなのか。
気に入られる要素持ち合わせてるよあんた。
「よしっ!とりあえず向かうべー!」
「や、やや、やめてくださいっ離して!離してくださいっ!お願いしますっお願いだから離してぇぇぇぇぇええ!!」
「だぁからやだねっつってんだろー。だいたいお前が何聞いてもハッキリ答えねーのが悪いんだよ!要約すっと、そう。結局お前が悪い!」
だ、誰も要約頼んでないけど!?
しかもまんまだし…。
「そそ、それはっあなたに答える必要がないから…じゃなくてっ一気に何個も聞いてくるからじゃないですか!!」
…あ、本音が漏れてる。
けどやっぱ思ってたんだな、あの質問責めについても一応は。
「おっ言ったなぁ?忘れねーからな今の言葉!答える必要がねーから?へぇ〜。随分と言うじゃねーの」
「………っ!」
「はい図星ー!連行決定っ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁああ」
そうして散々首絞められたり拳で頭グリグリされたりした挙句、駄々こねるガキのよーに肩に担がれてジタバタしながら改札を通り抜けてった。そのまま走るマサさんに思いっきり揺らされながら。数十分前にトイレの入り口から顔だけ覗かせてた、さらにそのあと饒舌にキレてた子と同一人物とは思えない展開になったワケだ…
って何コレ!?
あの二人登場してから口あんぐりさせたまま一回もセリフなかったけど何コレ!?
とりあえず分かったのはナチュラルハイのマサさんは最強。重要なコト学んだ。ここまできて名前分かんねーけどあの子ありがと。あのテンションの時は近づかないよーにしよ…
あら。秀吉さんもいつの間にあんな遠くに。
「…何だったんだアレ」
蓮ちゃん。さすがの蓮ちゃんもボー然だね。
「ハハッ…ごめん、全然分かんねー」
「あいつマサさんらとも知り合いってコト…だよな」
「…そーみたいね」
「そういや結局あいつはなんでココにいたんだ?寅は話聞いてたんだろ」
「あー…そーいえばそうだっけ…」
すっっっかり忘れてた。
っつーかあの紙袋ってどーなったんだ?中身財布なんだよな?失くしてたらヤベーよな!?
辺りを探しても落ちてもねーし見当たらねー。
もうだいぶ離れちまった背中をジッと目を凝らして見てみっと、あ。持ってるわ。マサさんの背中にバンバン当たってるわ…。ついでになんか叫んでたけど気づかないフリ。
そーだよな、そもそもあの子はマー坊の知り合いで。でもって蓮ちゃんとも…でもってマサさんと秀吉さんとも……
やっぱなんなのあの子!?
「連れてかれちったし…いずれ分かると思うよ。なんかスゲーもん」
「…何がだ?」
「コレだけで終わんない気がする。あの子絶対なんか持ってるよ」
「……………………」
こんな予定じゃなかったんだけどなぁ…って朝からドッと疲れたのを感じて。横目に蓮ちゃんが見えなくなった三人の方を黙ってジッと見てるのが分かった。
「フッ、まぁこれでうちの未来の番長と嫌でもご対面ってコトになるだろーし。いいんじゃねーの」
…あ、そっか。それも忘れてたわ。
そーいや花ちゃんとも知り合いなんだっけか。
……………………。
マジでどんだけよあの子!?
左目に湿布、右手に紙袋。
(特徴と言えばこれくらい)
(ああそれから女の子、一応ね)
(カラスまみれのこの一帯に現在出没中!)
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