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「で、誰にやられたって?」

「い、いや…あの、それは…」


私は今、何故か。
鮎川くんのお家の前で尋問を受けている。

いやただ葦津さんのお店から一番近かったのが彼の家だったから流れで立ち話になってるだけなんだけど。気づきたくなかったが彼とはそれなりにご近所さんらしいネ…

それより河内さん、顔。怖すぎです。


「おいコラ鉄生、んなおっかねー顔で詰め寄られても怖ぇーだけだろ。それじゃ殴ったアホゥと変わんねーじゃねーか」

「ああ!?女に手ぇ上げるよーなクサレ外道とオレを一緒にする気かテメェ!?」

「だからそーいうコトじゃなくてだな…」

「オレァ自分が尊敬してるお人に関わる人間がワケもなく傷つけられて黙ってられるよーなタマじゃねーからよ。葦津さんにしかり、だいたい頭と口喧嘩できるよーな仲とか聞いてねーぞ!?」

いやいや。それを言うなら武田さんと私はまさに、 水 と 油 だ

河内さんがグッと拳を握ってまたさらに詰め寄ってくるので私も自然と一歩後ろに下がる。さっきからそんな繰り返し…。


「そ、それは大きな誤解ですっ武田さんには一方的なイジメを受けてるだけでしてっ」

「頭が女をイジメるだぁ!?ありえねー。絶対ねぇ!!」

「なら私はその例外ですね、どうやら女じゃないみたいですねっ」

…あれ、さっき藤代くんの話のときも似たようなことを言ったような気がする。

どうやら私はイケメンに嫌われるらしい。
い、いいんだ別に。むしろそういう人に好かれる訳がないんだからっ。


「なに!?お前まさか男か!?」

「…戸川さん助けてください」

「悪いな砂羽ちゃん。これコイツ素で言ってっから」

でしょうね。
真剣な顔で吃驚してますもの。どうしてそう言葉をまんま吸収するかな、単純というか単細胞というか、もうこれぞまさにドアホだと思うんだけど!?


「まぁまぁ〜鉄生さんの気持ちは分かるっスよ〜。オレだってんなボケナス野郎ギッタンギタンのグッチャグチャのひき肉にしてやりてーっスもん」

その表現やめようか
鮎川くんが言うと冗談に聞こえない…。

「いやっつーかマー!そもそもオメー自分の女やられたってーのに呑気にデートなんざしてる場合か!?んな腑抜けじゃねーだろうが!」

「だ、だからっ…鮎川くんとはそういうんじゃなくてですね」

「あのね〜オレだってこー見えて色々考えてんスよ〜。なにも返り討ちだけがコイツのためになるワケじゃねーっしょ?」

「あ?どーいうコトだよ」


言葉の続きを待つように河内さんと戸川さんが黙って彼の顔を見てると、いきなりポケットをゴソゴソし始めて。

「あっ飴ちゃんいります〜?」

その場一同ズルッとコケた。
あ、私もついつられちゃいました、ハイ。


「真里…気ぃ抜けっからちょいちょいそーいうのブッこんでくんな」

「テメェはいつもいつも…!」

「ハハハッ、まぁまぁ落ち着いて〜」

二人が盛大にため息をつく中、ヘラヘラと笑いながら飴玉を口に入れて壁沿いにしゃがみ込む鮎川くん。「やるよっ」とこちらに向かって一個投げてきたので咄嗟にキャッチする。


「砂羽を見りゃ分かるじゃねっスか〜。どう見たってコトを荒立てて欲しくねーってツラでしょ」

「…鮎川くん…」

くだけた調子は相変わらずだけど。
それでも彼にどこか感じていたものがある。
洞察力とか物怖じしない姿勢とか、実は何もかも分かってるかのような鋭さとか。

悪戯があまりにも過ぎるから、言葉のまんま狂ってる恐ろしい一面はあるけど、なんか。

…なんかこの人って。


「オレはまぁともかくとして〜、鉄生さんたちが出ちまったら武装がバックに付いてるって敵に知らしめるコトになるでしょ〜。そーすっとコイツはそれ以上狙われるハズなかったかもしんねーのに余計な焦点当てられっかもしんねーじゃねっスか」

「……………………」

「いずれ復讐は必然にしても〜、今は逆に首しめるよーなコトになり兼ねないっしょ?関係ねー人間の被害拡大を防ぐためにはもーちっと相手の出方を待ってみるってーのも手だと思うんスよ〜。無駄な血は流す必要ねーっつーか」

「……………………」

「ホントの狙いは何なのさ〜って見極めねーと傷つく人が増えるだけかなぁ〜と。まぁそんな感じっスねぇオレの考えは」

頭が切れるというか、喰えないというか。
だけど当の本人である私の考えを読み取って、それを無視せず尊重するような素振りも見せて。

鮎川くん…不思議な人だ。


「…フッ、そこまで冷静に考えられんなら普段の奇行どーにかしろよ」

「ちょっ奇行って!翔太さん人聞き悪いっスわ〜」

「おい、マー」

「はいっ?」

「いずれその時が来たらよ、お前はどーすんだ」

「あ〜それどこに付くのかって話っスか」

「別にそーは言ってねーよ」

「オレはその時許せねーと思ったヤツをブチのめすのみっスわ!今となんも変わんねっス〜」

「…ハッ、そーかよ」

力なく笑いながら少しばかり俯いて、短くため息をつく河内さん。おそらく彼の言い分をひとまずは理解したんだろう。…納得したかどうかはさて置き。



「砂羽ちゃんよ」

「は、はい」

「オレァ一度こうだと思うと周りが見えなくなっちまうタチでよ…さっきは無理に聞き出そーとしちまって悪かったな」

「いっいえ!とんでもないです…あの、私なんかのことで逆に申し訳ないというか…」

「申し訳ねーってコトねーよ。さっきも言ったが、お前はオレの尊敬する二人の知り合いなんだ。偶然ってーのも不思議なモンだがそれは事実に変わりねー。だからよ、オレにとってもお前はただの通りすがりじゃねーんだよ」

「し、知り合いなんて言えるほどでは…ないんですけど…」

「お前がどう思ってよーが関係ねーの!第一マーはオレの弟分みてーなモンだからよ。弟分の女はオレの妹分、そー決まってんだ」

「ハハハッ!マジっスか〜オレ鉄生さんの弟分か〜。んじゃやっぱ今までの叱咤は溢れて止まんねー愛情がダダ漏れになっちまってたってワケっスね〜」

「気色わりー言い方すんなアホ!」

「わ…私、妹分…?」

冗談でしょ。

思わず目が点になって。
おもむろに自分を指さして聞き返してしまう。

ガッハッハと豪快に笑う河内さんの言葉はどちらかと言えば友好的だし。まぁ少し、ほんの少しだけ。嬉しくなくはない…けど。

この人たちの 一 期 一 会 的 思 考 ブ レ な い な


「まっ、そーいうコトだ。遠慮しよーが否定しよーがオレらはオレらなりのポリシーってモンがあるからよ」

…何がそーいうコトなのかさっぱりだけど。
一つ思ったのは、戸川さんは河内さんの良き理解者なんだろうなぁということ。さっきから要所要所で彼の暴走をさり気なくフォローしてるように見えるから、うん、きっとそう。

まぁ何が何だかよく分からない。
分からないんだけど、わざわざ言い返したり、今さらここで鮎川くんとの関係の誤解を解こうとしたり、そんな面倒なことはする気になれない。…だって今日私いつになく頑張ってるもん、ちょっともう疲れちゃったんだよね


「…い、色々と、その、ありがとうございます」

そうして頭に浮かんだのは唯一これだった。

「ハッ!礼言われるよーなコトじゃねーよ」

「まぁ何か相談があるって時は思い出してくれや」

…ムム。

当たり障りない言葉だったと思うんだけど、あれ。もしや裏目に出たか。これって私が「頼りにしてますアニキ!」的な流れを了承した感じになってない!?

そもそも相談ってなにさ。
そんなもの無いよはなっから無いよ。
だって相談しなきゃならないような″何か″が起きないようにひっそりと生きてますから。

まぁその結果が、この目なんですけどねっ☆

…いや、とりあえずこれで良い。
関わらないでくれって言ってハイ分かりましたって頷いてくれるような人たちじゃないと、ついこの間学んだから。(イケメンFとの一件で)いちいち予防線を張る手間よりも私が逃げればいいだけの話、か。

………………………。

いつからか随分と生きづらくなっちゃったなぁぁぁあ…。






そんなこんなで話がひと段落したところで、河内さんと戸川さんは軽く手を挙げてヒラヒラさせながら帰って行った。

鮎川くんが「またそのうちブライアンに顔出しますわ〜」と二人の背中に声を掛けると、明るい了承の返事とともに、河内さんったらご丁寧に「お前も特別に入店を許可する!」とか言って私に向かって指をさしながらまたあんたお店の何なのさ発言。すると今度は戸川さんが「そこの角の〜」とか道順説明をし始めたから、全力で聞いてるフリをした。…でもそういう時に限って覚えてんのね、意外とここから近いことになんか泣けた…ご近所さん…


だって、それ、アレでしょ。
どうせ武装さんがいらっしゃるんでしょ。

気軽な気持ちで行ったものなら「調子乗んな」とか「顔だけでウゼェ」とか仕舞いには「ドアホは退店を命ずる」とか言われてボッキボキに心折られる想像しかできない。え、誰にってほら、某Tさんですよ

…ま、断固として行かないけどな!!





「鮎川くんも色々とありがとね」

「えっ?オレ礼言われるよーなコトな〜んもしてねーけど〜」

「いや…そんなことないよ、私の時間潰しに付き合ってくれたでしょ」

正確に言えばこちらが連れ回されたんですけどね。

「んなコト気にすんなって〜。楽しかったし。むしろ付き合わせたのオレじゃん?」

未だしゃがんだままハハハッと笑う鮎川くんが二個目の飴玉の包みを開けようとしてるところで、私は心の中で「さて」と切り替える。



「じゃあ私もそろそろ行くね?」

「えっ行くってどこに」

「どこに…って、家に、帰ろうかと」

まぁ誤魔化すのがとにかく下手だと自分でも思う。語尾がたどたどしくなってしまうのは、半分くらいは嘘を吐いてるからだ。

もう少し時間が経てば上層部の人たちがいる可能性が薄まるし(元々いるかは分からないけど)、警護を任された組員の人たちだけになれば少しの間だけでもこの怪我に触れられなくて済むんじゃないかって。苦肉の策だけどさ。

だから遅くまでやってるファミレスとかであと小一時間だけ暇を潰そうと思ったのだ。



「女の子だもんなぁ〜、そんなツラして帰ったらなに言われるか分かんねーよな〜」

「…ま、まぁそうなんだけど」

「帰りたくねーんだろ?」

「えっ?」

「家」

「………………………」


彼は相変わらずヘラヘラと笑いながら。
否定したところで、きっとまた「顔に書いてあるぜ〜」なんて言われちゃうんだろうな。

まず黙ってしまったあたりで肯定してるようなものだし。言ってしまえばそうなんだよね。

…帰りたくは、ない。

情けないし自分のことで荒波を立てたくない。
この目のことは今日だけで既に何度も聞かれた。彼らはみんな初対面だったし深く追及してこなかったけど、家に帰ったらそうもいかないと思う。何かしら心配かけないような理由を作って嘘をつかなければならない。

失礼だけど藤木さんなんかは元々気性が荒そうな人だし、ましてや最近良くしてくれてるからこそ…詭弁は通用しない気がする。


兎にも角にも。
今日はもう、キャパオーバーなのよ。
それに対応する体力は残ってない。

だからもはやこのままどこかで眠ってしまいたいくらいに思ってる。でもお風呂には入りたいし、あっ銭湯でも行こうかなぁ



「だったらよ〜ウチ泊まってけば?」

「………………………」

はい?

「今21時前だろ〜。この時間にいきなりダチの家押しかけんのも気が引けるっしょ?けど帰りたくないっしょ?」

「え。いやあの」

ちょ、ちょっとちょっとちょっと
何言ってんのこの人。

「そーすんのが一番じゃん?あっもしかしなくても一人でどっか入って時間潰すとか最悪野宿とか考えてた〜?それぜぇーったいダメ。今日でよく分かったっしょ、この街がアブねーってーのはさ〜」

「…ええ…と」

いや、分かってる。
それは充分に分かってるんだ。
だから気持ち五割くらいはやっぱりちゃんとお家に帰ろうって思ってたし…うん…だから大丈夫なのよ、ね

「まぁどーしてもどっかで時間潰すってーならオレも一緒行くけど〜、明日学校っしょ?オレも学校。こー見えて真面目ちゃんなの、あそこ楽しいからさ〜」

どうしてさも当然かのように一緒に行くという流れになるかな?はて?この人最初から謎、親切なのか不親切なのかよく分からない謎過ぎる

「…い、いやそのっいきなり押しかける形になるのは鮎川くんのお家だって同じでしょ!そんなの…ご、ご家族に悪いしっ」

「あ〜その辺気にしないで。っつーかオレ一人暮らし」

だったら余計に断じてNO!
っていうか高一で一人暮らしって…なんか、深く介入しちゃいけない事情がありそうなんで、ね。ほら止めよう止めよう

「あ、鮎川くん…そっそれはとっても有り難いけど…でもほら、一応初対面だしっまずそもそも男の子の家に泊まるっていうのは、どう考えてもちょっと…」

「ちょいちょい。さっきのカミングアウトもう忘れちったの?」

「え」

例 の ゲ ○ 事 実 発 覚 の や つ か 。

でもだからと言ってそれとこれとは話が別でしょうが。あんた生物学的上は男でしょうが。

「そーいう心配はご無用。女友達の家に泊まるのとなんら変わんねーよ〜。っつーかむしろ一緒?」

一緒な訳あるかぁぁぁぁあ

ああもう、ツッコミどころがあり過ぎてついてけないこの人…。

「で、でもっ」

「オレ、心は乙女だからっ♪」

「」

人差し指を頬に添えてノリノリで決めゼリフをのたまう鮎川くん。

……………………。

くそぅ。なんか、なんか可愛い!!!

女の私より何千倍も何万倍も可愛い彼のその姿に呆然として、それから、ちょっと泣いた。



いや、問題はそこじゃないんだけど…なんかもう、なんかもう、疲れた…っ






今日は帰さないぜベイビー!
(ゲ○ならそういう冗談やめようか)
(あっさすがにオレ女装の趣味はねーのよ〜)
(…は?)
(だからお前の下着だけ買ってから帰るべ?)
(デリカシーないのかあんたはぁぁあ!?)


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