18






『…ぅ…うっ……』

私は知らなかった。

『…あい、つ…バケモン…だ…』

さっき後にした暗がりのトイレにて。
彼がひょっこりと出てきた奥の個室に、血塗れでほとんど気を失っている別の人物がいたなんて。あの屈託のない笑顔の彼の、恐ろしさを嘆いて震えていたなんて。




「なぁなぁなんか飲みモン買わね〜?」

「い、いえ…私は大丈夫です」

「えぇ!遠慮すんなよ〜。とりあえず冷たいの買ってそれで目ぇ冷やせよ!な?」


私はまだ、知らなかったのだ。
とんでもない人と関わってしまったという事実を。

( )













〈 GENBA SIDE 〉


「へぇ、重ねちまうってワケか」

「ちげーよ、重なっちまうんだ。事故だ事故」


珍しいこともあるモンだと今日ばかりは思う。

コンビニから出てきた好誠の手元をチラッと見ると、湿布…じゃなくて、代用で買ったらしい冷却シートのフィルムを剥がしてるトコだった。待たせたと目配せしてきて元の道を歩き出すコイツが、そのシートを例のモミジ腫れの頬に貼るのが後ろから見えて不覚にも噴き出しそうになる。

…どーでもいいけどマジでアイスねーのかよ。ちっ。

と思えば、いきなり「ほらよ」って何かほん投げてきて咄嗟に構えてそれをキャッチすっと。

ホームランバー…!!

さすがはうちの頭、実は意外と気が利くことは知ってんだぜまったくよ。(切り替えはえーとか言うなよ)




「お前の姉さんってあんな感じだっけか…最後にマトモに会ったのもいつだったか覚えてねーもんな」

「昔っからあんなんだろーよ。弱ぇクセしていっちょ前に意地っ張りで可愛げなくて、その上妄想癖がウゼェ」

「まぁ若干会話にならねートコはあったかもな。支離滅裂っつーか、お前んち行った時なんざ顔を合わせば何かと謝られたし…」

「姉貴はオレらみたいなモンはみんな常にタカったり突っかかってきたりするって思ってからよ。免疫がねーからなのか誰かにすり込まれたモンなのか知らねーが」

「…そりゃただ加地屋にいる間、弟がセンコーすら看過してた超問題児だってコトで色々苦労した結果なんじゃねーのか」

「オレのせいかよ」

「さぁな。ま、結局今となっちゃそれが嘘のように仲良いんだからよ、別に何でもいいじゃねーか」

「誰が」

「なんだよ、シスコンのクセに」

「いくらお前でも次それ言ったら口縫うぞ」

「シスコン」

「テメェ」

「悪かったって、冗談冗談」

大袈裟に片手を上げてどうどうとやれば、これまた大袈裟にため息をついてタバコをくわえ出す好誠。今日のコイツはおもしれーしアイスはうめーし。散々待たされたけどまぁ結果オーライだな。

別に冗談でも何でもねーんだぜ、好誠よ。
いつだったかコイツの姉さんがそこらのチンピラに絡まれて突き飛ばされたなんて話があった時、武装のモン集めて引き出した僅かな特徴から辿りに辿って、結局この辺のヤー公繋がりで組の名前出してデケェ面してるアホゥだと突き止めて。間髪入れずにソイツの通ってるって店に乗り込んでよ…あん時のコイツの険相はまぁ、長年ツレやってるオレでもほぼ見たコトねーってくらい凄まじかったモンよ。

コイツは常に冷静で案外普段は大人しいヤツだが、自分の大切なモンを傷つけられっと見境がなくなる。つまり容赦がない。憎むべきヤツにはどこまでも残忍になれる、敵に回すと恐ろしい男だ。

んで、何が言いたいかってーと。
基本的に気が利くし女に優しい。優しいっつーか、深く関わらない人間には無駄な綻びを見せねーヤツだ。その上このツラだからよ、付き纏われてる光景は日常と言える。今日ほどではねーがよくそれで機嫌悪くしてんのも知ってんだ。

…だからおもしれーのよ。


「しかしよ、お前が女と色恋沙汰以外で言い合ってんの初めて見たぜ」

「アレが言い合いだ?冗談じゃねーよ」

「けど珍しくムキになってたじゃねーか」

「誰がだよ」

「お前が」

コイツにからかいが通用しねーのは承知だ。
回りくどく言おうがストレートに突き付けようが、こういう時は鋭く一睨みだけして会話をすり替えてきやがる。まぁいい、オレとしてもからかってるというよりコレは期待に近い。


「だいたいあのアホ女が会話のキャッチボールできねーのが悪い。何か言やぁ怒るな、怒鳴るな。仕舞いには泣きやがる」

「…言われてみっと、モロお前の姉さんだな」

「似たよーな性格なんだろーよ。だからお前からすると兄妹喧嘩みてーに見えんだろ」


んなコトどーでもいいだろ、と言わんばかりに空を仰ぎながら煙を吐き出す。オレはアイスの最後の一口を食しながらそれを盗み見た。

…っていうよりな。
お前、アレほとんど素だったじゃねーか。

お前みてーな気ぃ遣いのヤローには珍しいコトなんじゃねーの。そういうのって結構悪くねーんじゃねーの。

日頃カッコつけのお前ばかり見てたオレとしちゃおもしれーし喜ばしいし、何より。


いやホント。
スゲーおもしれーのよ、好誠クンよ。




「で、面倒見のいいアニキってワケか」

「あ?」

「まだあそこに居っかなぁ」

「おいおい…オレは戻る気ねーぞ」

「いやオレが会いてーんだよあの子に」

「はっ?」

「なんだよ」

「あーいや…別に」


フッフッフッフッフッ…

まぁ嘘は言ってねーよ。
あの子はフツーに素直でいい子そうだしよ、武装に平気で寄ってくる女はやたらと男慣れしてる感じの香水クセェよーなヤツが多い分、全く真逆ときたらそりゃ新鮮だもんよ。


「……………………」

「……………………」

「おい」

「ん?」

「行ってやれよ。オレは先ブライアン向かってっから。ついでにコレ」

「なんだよ?」

「…余ったんだよ。渡してやれ」

余った、ねぇ。
冷却シートわざわざ箱買いしてまで自分のモミジ隠したかったのかよ、好誠クンよ。
そんなタマじゃねーだろーよまったくよ。


フッフッフッフッフ………ん?

んん!?


「おい好誠…アレってよ」

「…なんだよ」

いつの間にか公園まで戻って来てたらしい。
入り口からベンチのトコが見えて、そこには。

自販機で買ったのかアルミ缶を目元に当てながら誰かと話すさっきのあの子と。


「アイツか」

「へぇ、まさか知り合いか?」

「知らね」

「よう、行ってみっか」

「だからオレはいいっての」

「おいおいまだそんなコト言ってんのk「ああーーーっ!!好誠さんと玄場さんじゃないっスかぁ!

…相変わらず、うっせぇ。


コイツを説得する必要がなくなる程の秀逸な人材が(今に限ったコトだが)そこには居た。

その場すべてを巻き込む嵐のような人材が。

…アイツ、シャツの裾に返り血付いてやがる、また誰か殺ったな。ったく血の気の多い若者は怖ぇーや。













〈 SAWA SIDE 〉


「ほう、ソイツが女子トイレに入りたいっつーから、ね」

「そそ!叫ばれようが通報されようがビビるコトねーようにしてやったんスよ〜。オレって優しいっしょ?」

「ソイツは何したんだって?」

「いやそれが聞いてくださいよ〜。元魍魎…じゃなくてまぁ知り合いなんスけど、オレの後輩の有り金盗み回ってソレ全部オンナに使ったとかで、後輩のタレコミでソイツがこの辺来てるってんでとっ捕まえてやったんスよ」

「フッ、んで成敗ってワケか」

「そりゃそー……いや、ハハハッ。まぁそーとも言う!みたいな?ハハッ」

……………………。

あ、事の経緯は以上です。ハイ。
ちなみに今の恐ろしい話は全力でスルー…。


まぁそんな経緯で今に至る訳で。
さっきの変態さんと、何故か戻って来られた青木さん(仮名)とパンチさんと。

並んでベンチに座っている。(解せぬ!!!)


一応自己紹介をしたから名を改めようか。
というより変態さん…改め、鮎川真里くんと言うらしい。この鮎川くんが(マーとかマー坊って呼べって言われたけど全力で鮎川くん呼び…!)、勝手に私の名前をお二人に紹介して、勝手にお二人の名前を私に教えてくれただけなんだけど、ね。

青木さん(仮名)は実名、武田さんと言うらしい。パンチさんは玄場さん。鮎川くんが早口で簡単に説明してくれたけど、ブソウ…とかいう走り屋さんなんだそう。走り屋ってことは要するに単車をブイブイ言わせてる、所謂不良さんなんだなぁ、きっと。うん絶対そう。鮎川くんも単車に詳しいらしくそこから仲良くなったんだそうな。


「ブソウ…」

「おいアホ女。イントネーションちげーよ」

「葡萄と同じよーに言ってみ」

「…ブ、ブドウ?」

「葡萄だとコラ」

「ブッブソウ!ブソウ!武装…で、合ってますか」

「うるせーよ連呼すんな」

「…………っ」


…武田さん…っ(泣)

いつの間にか私に対する扱いがコレに定着してるあたりを抗議したい…!でも無理怖いから…!!せめて「アホ女」言うのやめてくれませんか…。

私が撃沈してるのを見て玄場さんは笑いながらもヨシヨシと慰めてくれたりする。実は心の中で面白がってるような気もするけど、それでもっ

玄場さん…!!(歓喜)

とか何とかやってると横から某Tさんのチッという舌打ちが聞こえてくるのも、もう何回目だろうという感じ。一連の流れが出来てしまってるのである。それに加えてそういうとき鮎川くんが余計な一言をぶっ込んでくるので頭が痛い

「ギャハハハッ!好誠さんが怖がられて玄場さんに票が!レアパターン過ぎるっしょ!お前どんだけおもしれーのよ〜」

といった火に油を注ぐようないらない発言をのたまうので、思いっきり肩を叩かれてむせ込もうが無視を決めている。

鮎川くん…。(怨念)

そんな感じで三人に対する感情がそれぞれ破茶滅茶すぎて、自分の喜怒哀楽の表現力が失われつつある。

つ ま り と て も 疲 れ る !

…私頑張れ。(このアザが無ければ今すぐ飛んで帰るのに!!)





「砂羽ちゃんは黒咲って言ったか」

「そーそーそうなんスよ〜!な?」

「お前に聞いてんじゃねーよ」

「え。あ、そっか!ハハハッ!」

「…ったく…で、一年だっけか?」

「あ…はい。黒咲の一年、です」


さっき私が殴られた原因におそらくソレも含まれている、黒咲の生徒だということも。

だからあまり声を大にして言いたくなかったんだけど…鮎川くんの話の聞き方は今のこのおちゃらけてる感じとはまた違くて、物腰柔らかくて落ち着いてて。いつの間にかするすると引き出されてしまったのだ。でも結果悪い方向にはいってないみたいだし、その判断は間違ってなかったんだと思う。

それを尋ねてきた玄場さんに対しても私はコクリと頷いてみせた。


「だってよ」

「だから何だよ」

「いや黒咲と言やぁアイツだろ」

「ああ。藤代か」

「あっやっぱ思いました?オレもオレも〜」


…またか。またなのか。
またもやココでイケメン藤代なのか!!
っていうかみんな知り合いか…世間って狭いな…もはやお決まりの展開みたくなってきてる。

くそぅ、その藤代くんがどうやら私が殴られた原因の最大要素らしいんですよ、どう思います?私知り合いじゃないのに!って言ってやりてぇぇぇぇぇえでも無理ぃぃぃぃい

知り合いじゃない、と豪語してるクセに彼が悪いのだと擦りつけるようなことはしたくないし。っていうかそもそもできないし。だってあの人怖い。…いーやいや怖いとか知らんっ知らないものあんな人はっっ

知らない知らない!!!


「あら〜?どーやら砂羽も拓海と知り合いみたいっスよ」

……………………。

鮎川くん。いつの間に呼び捨て…って今はそこじゃない!

「そっそんなこと言ってない…!」

「いやいや顔に書いてあんじゃねーか!」

「え」

「″うわ出たその名前″ってよ〜」

「えっウソっ」

思わず顔を両手で覆って後ずされば、「そーいう書いてるじゃねーんだけど…お前可愛いな〜〜〜!!」とか何とか言ってお腹を抱えてケタケタ笑う鮎川くんと、何故だかウンウンと頷く玄場さんと、ウゼェ。って目でこちらを見てくる武田さん…。武田さんその目やめてください…!

…ああ、どうしてこう嘘が吐けないんだろう。
しかも鮎川くんの言ってることが図星過ぎて。この人の洞察力どうなってるの…



「で、なに。うわって思うよーな関係なのか?」

「い、いえ!関係も何も、別に私は…」

「おいアホ。嘘言って為になるコトなんざねーんだからよ、ハッキリ言えよ」

も、もう既に″アホ女″ですらない!
ただのアホか…それはそれで辛い…。

「…すみません。え、えーと…知り合いとは程遠いですそれは本当です。少しお話したことある程度なんです、それだけですっ」

「オレに言うな。別に興味ねー」

たっ…武田さん…っ!!
やっと、マトモに、返せたと思ったのに。

氷のような一言に全私が泣いた


「へぇ」

「ふーん」

言葉にしなくとも伝わる興味のなさ…!
聞いといて何なのこの人たち!?

再び全私が泣いた、心ポキッといった


「アレっスね〜玄場さん!」

「だな」

「…?」

アレってなにアレって

「拓海に直接聞いた方が早そうだぁ〜♪」

「待って待って待ってっっ」


それだけは勘弁…っ!!
だって、だってだってだって。
せっかくもう関わらないであろう現状なのにそれを土台から崩されかねやしないか。特にこの鮎川くん。この人の口から私の名前を出されたら、藤代くんにとっちゃ「はぁ?」って感じじゃないか。お前なにオレのダチと交流図っちゃってんの?あれだけ花(だったっけ)と会うの拒んだクセによ?って話じゃないか。やめろやめろやめろやめろ

そんなことを言われたら返す言葉もない。
…というか私、何してるんだ実際。今。
巷の有名な(きっとそうだよね)不良さん三人となに呑気に談笑してんの。すっっっかり頭からすっこ抜けてたけど。ちょっと。

どうしちゃったの私!!!


「えぇ?別にいいじゃんか〜。っつーか焦っちゃってよぉ、そんなに拓海のコト苦手?あ、もしかして逆かぁ!?」

「アイツは基本人当たりいいからな、誰かさんと一緒でよ」

「…あ?なんでコッチ見んだ」

「苦手です。そして藤代くんが人当たりのいい方なら私は例外です。嫌われてますから」

「…マジ?」

「…んなハッキリ言い切るか」

「ハッ、ざまぁ」

……………………。

嫌われてるなぁぁあ…。

分かりました、えぇ、分かりましたよ。
武田さんにも思っくそ嫌われてるって…!!





そんなこんなで私が妙にスパッと言い切ったせいか、藤代くんの話題から逸れていった。そこは空気を読んでくれて非常に有り難い。この人たちが思ってる意味と私の安堵にはかなりズレがあると思うけど、まぁそれはいいんだ。

そしていつの間にかここ最近の巷の不良さん事情という名目の男同士のギラついた話(よく分からないけど)になり、物騒なワードが飛び交い始めたため、私はそっと貝になった。

ぼんやりと空を見上げながら、さっき鮎川くんからいただいた(まさかの奢り…!後が怖いっ)缶ジュースをゴクゴク。時々横から飛んでくる、「砂羽〜勝手に帰んなよ!」という鮎川くんの鋭い発言とか、「口開いてんぞ。あーあ。変な顔」という武田さんのもはやイジメとか、「分からねー話で済まねーな」という玄場さんの労わりは私の癒し。


…武田さんじゃないけどさ。
あーあ。変な顔だし。それは元々だし。
変なことやっちゃってるし。
私ったらこんな所で一体何してるんだろう。

いや本気でなに不良さんに混じって缶ジュース片手に公園で語らってんだろ。青春かよ。間違いなく青春はもっと他にあるよ。私のバカ。いつから道を間違えたんだよ。知らんよ。もう本当にどうなっちゃってんのかしら

あ、そういえば今何時だろう。

湿布買いに薬局行かなkバサッわぁっ!」なっ、何かいきなり顔に乗っかった…!?



「色気のねー声だな、アホだしトロいしよ。お前はバカなのか」

「た、武田さん…ボロクソ過ぎてもはや褒め言葉に聞こえます…」

「ついでにめでてーらしいな」

「…めでたくて結構ですっ」

「でもってお前は痛みに強ぇーのか、それともアホ過ぎて忘れちまってんのか」

「…へっ?」

痛みに強いっていうのは…それどちらかと言うと褒め言葉ですよねっっは、初めて!初めてプラスのこと言われたぁぁぁあ


「お前今また全っ然関係ねーコト考えてたろ」

そ、その顔怖いです武田さん…!
ベンチに座ってる私とその前に立ちはだかってる武田さん、自然と見下ろされてる位置なので、ね。あの、どうしよう。怖すぎてどうしよう

「…すみません」

私、結構この人をイラつかせてる自覚が芽生えてきちゃったんだけど。そんなこと本人に言ったら本気でぶっ飛ばされそうだから、うん黙ろうか

「おい」

……………………。

自覚なぞないやないかーーーい
また余計なことを考えてたっっさっきの武田さんの質問なんだったっけ痛みに鈍感?アホ?うぅ…どちらにせよアホに変わりないという…。


「…す、すみませんアホで…」

「それ謝っちまったら自分を全否定するコトになるが、いいのか」

「アホとめでたさだけが友達さ…みたいな、感じ、ですっ」

…ん、なにを言ってんだ私は。

「アンパンマ○パクってんじゃねーよ」

たたた、武田さんが。
武田さんが真顔でアンパンマ○て言った…!マジか。どちらかと言うとバイキン○ン顔だと思うけどマジか。マジなのか。あんな正義の塊を知ってるのか野蛮人が…!!


「今スゲー失礼なコト考えてたろ」

「!」

もう黙る。お口はミッフィィィィイ ×

「………………………」

「………………………」

え。武田さんまで黙っちゃうんですか…!

「……あ、あの」

「早めに」

「は、はいっ」

「早めに冷やさねーと治りが遅れんぞ」

「…えっ」

「最悪、跡が残る可能性もある。それ以上変な顔になりたくなきゃ早めに対処しろ」

「…武田さん」

たっ、武田さん…っ!

ツンデレきたぁぁぁぁぁあ

ご丁寧に一部貶しも入ってたけど優しい言葉、今までに比べたら優し過ぎるくらいだ…!なんか、感動。うわぁぁあ武田さぁぁぁあん


「あっ…ありがとうございますっ」

見えるのはもう後ろ姿でズンズンと歩いてく彼の背中は既に遠いけど。最後の一言は効いた。ズルい。ズルいですよ武田さん。あんだけ落としまくっといて今のは相当パンチ効いてました…!


「砂羽ちゃん、オレもそろそろ行くからよ。またな」

「あっ玄場さん。はい、お、お気をつけてっ」

「好誠にも言われたかもしんねーが」

「え?」

「どんなヤツにやられたか、話す気になったらいつでも教えてくれな」

「…玄場さん…」

「なに、オレらもそのヤローと道は違えど同じ線路走ってんだからよ。いつかは嫌でも衝突するってモンだ」

「…は、はぁ」

よく分からないが玄場さんがカッコいいので良しとしよう。なんか、ときめいた。

「だからよ、砂羽ちゃんがオレらに気ぃ遣う必要ねーからな。もしかすっと協力できるコトもあっかもしんねーし、ま、とにかく言いたくなったら言ってくれ」

「ありがとう、ございます…」


えぇぇぇぇぇえぇ。なに、この人たち。

一期一会なの。一期一会的な考え方がモットーの信仰組織か何かなの不良さんって。ここで会ったも何かの縁ってやつなの。何よ何なのよ。

いい人って思っちゃうからやめて欲しい。
惚れてまうやろーですよ、えぇ。

ずっと避けてきた、毛嫌いしてきた。そうして揺らぐはずがなかったものを、大きく揺らがす由々しき事態なんですけどすみませーん誰か今すぐ否定をしt「砂羽その膝の上のヤツなに〜?」「えっ

ふと声の方を見るといつの間にやら買ってきたらしい鯛焼きを美味しそうに頬張る鮎川くん…なんかこう、目の保養という言葉に尽きる。


「あっほら、半分やるよ」

「ああっいいのに…」

「だぁかぁらぁ〜遠慮すんなって!」

遠慮もなにも…既に二つに分けられた鯛焼きの片方を目の前に突き出されたら、ねぇ。自由奔放っぽく見えるけどさり気なく女の子扱いが上手というか優しいというか。私なんかにも優しいんだから、三人とも、きっとどこかで仏とか呼ばれてると思う。(いやかなり真剣に)あ、武田さんはツンデレが過ぎるからちょっと違うか。

…っていうかコレに夢中だったからお二人が帰るとき見送らなかったのね、鯛焼きに負けたんだね、そっかそっか☆

憎めなさそうな人だ…鮎川くんって。


それよりも、そうそう。
膝の上って言うから何かと思ったら。

「…湿布?」

あ、違う。熱冷まし用の冷却シートだ。
何でこんなところに私が今一番欲しいものが…えっしかもいつの間にか横に箱まで置いてある!?なになになになにっっ

ま、まさかあの二人が…?

と思いつつ膝の上にあった一枚を何の気なしにペラっと捲ると。



なっ

「ん、どーした?」

恥ずかしいから前言撤回しまーす

っていうか。
武田さんどんだけ私のこと嫌いなんですか…
どこまで私のこと貶したいんですか…
こんな心温まる粗品を置いてってくれるなら最後までその優しさ貫き通して欲しかったです…


しかもただの単語じゃない最上級きちゃったよ

″ドアホ″って。
わざわざ貼ったら見える方に(反対面は書けないからね、でもきっと確信犯)ご丁寧に油性ペンで。武田さん油性ペンとか持ち歩いてんのプププッて感じだよ嘘だろ持ち歩かないでくれ似合わないからさ、こういういらないイジメ思いついちゃうからさ…!

そもそも戻って来たとき武田さんの顔に、あら湿布がプラスされてる。って思ったんだよね。モミジ腫れを隠したかったんだろうね、元々玄場さんとどこかに行く用があるとか何とか言ってたし。だからその余りをくれたんだろう。



「ギャハハハハハッ!さっすが好誠さん抜かりねーわ〜。ちょ、砂羽貼ってそれ」

「え」

「いや、えじゃなくて。貼ってそれ。今すぐ」

「なっ何で」

「写メって待受にすんだよ〜早く〜」

からかい半分で写メを撮るのは百歩譲って分かるが待受って。携帯で一番大事な画面設定だぞ。そこ私のドアホ表明ってなんでやねん

「こ、これじゃなくても箱ごと置いてってくれてるから他に何枚もあるしっ」

いいから貼れよ☆

ちょっと鮎川くん。
そんな笑顔できるなんて聞いてない…っ!!(黒すぎる今のは黒すぎるっっ)


結局私はドアホ表明をさせられ、鮎川くんから不気味な黄色い悲鳴を浴び、そして宣言通り待受画面にされてしまい目眩で倒れそうになるのであった。っていうかもう本格的イジメじゃん

鮎川くん…あんた何考えてるの…コレは何かもっと、彼の目を引くもので釣るしかないのか…しかしどうして私がこんなことで頭を悩ませなきゃならない…!

殴られたあの時どうして素直に古田さんたちに泣きつかなかったんだろうとここに来て何度後悔したか分からない、ここだけの話。ああ、不器用って生きにくい…



「けど、好誠さんは実際気が利くわ優しいわでいい男よ〜マジで。っつーかこの街はイカした男が多くてなかなか楽しいぞっ♪」

まったく呑気なものだ…と思いつつ。
確かに彼が言いたいことは分からなくはない。ここに戻って来たのがこのシートを渡すためだとしたら…うん。まぁ、当たりは強いし回りくどすぎる優しさは時々心が折れそうにもなるけど。

それでも、有り難いことに変わりない、か。

なんて目元のドアホ表明シートを摩りながら思ってみたりする。いてて。うぅ、はたから見たら私ってホントにドアホなのかも…

鮎川くんのこの何気ない発言が尾を引いて、顎が外れそうな程に驚かされ、頭がもぎ取れそうな程に納得させられるようなことになるまで、あともう数十分。



…っていうかこの後どうしよう。(横の彼はいつまでここに居るつもりなんだろうか)

途方に暮れたため息が、いつの間にか暗くなってしまった空に、静かに溶けていった。





ツン9割、デレ1割の法則。
(なんでお前が渡さなかったんだ)
(それはそっちの役目だろう、お兄ちゃんよ)
(うっせ。あーあ、勿体ね。)
(まぁ確かにあんなあからさまに喜ばれちゃ妬けるぜ)
(…コイツも真里も何だってあのドアホに懐くかね、)


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