「…お前、前もそんなこと無かったか」
「んなの思い出したくもねーよ」
自分でもらしくねーと思ってる。
普段ならコントロールできるはずのものを引っ掻きまわされて、それが余計に苛立ちを増長させていた。
元凶はあのオンナ、…あいつは誰だったか。確か加地屋の先輩で十三さん経由で知り合ったヤツだった気がする。一度飲みに付き合って家連れ込まれそうになって以来、連絡もシカトしてたんだっけな。それが今になってああやって爆発されっとは…しかしいかんせんオレには興味がない。それだけの話だ。
「けどお前にも原因があんじゃねーのか、どうせまた思わせ振りなコトでもしたんだろ」
「知るか」
「心当たりナシってか」
「ああ、ねーな」
「羨ましいヤツだな」
「嫌味かコラ」
人の気も知らねーでコイツは呑気に笑ってやがる。いやな、オンナに平手打ちされたこの気持ちが分かるか玄場。…それは愚問か。たとえ仮にコイツにそんな状況があったとしてもだ、叩かれよーがビクともしねー気がする。謂わば鉄壁。そーいう問題じゃねーんだがコイツはおそらくその辺に疎い。
…チラッと顔見てんじゃねーよ、モミジんトコ見んな。だいたい跡になってるとか聞いてねーよチクショウ。
「…で、コンビニね」
自動ドアを通り抜けながら。
どこか含みのある言い方しやがる連れの鉄壁。
「何だよ」
「なに買いに来たんだ」
「………………………」
「まさか、これからブライアンだってーのにエロ本か?この前翔太だか誰かのがマスターに見つかって持ち込み禁止されてたじゃねーか」
「ちげーよアホか」
真顔で腕組んで何を言ってんだコイツは。
「………………………」
「悪いが外で待ってろ」
「アイスならオレ、ホームランバー」
「聞いてねーよ」
チッ…と軽く舌打ちしながら踵を返す玄場。
その見た目で甘党とかやってねーよ。まぁ風貌に関してはオレも人のこと言えねーが。
…さて。
これはアレだ、モミジ丸出しでブライアンに顔出したら何言われっか分かったモンじゃねー、だから、来る途中で玄場と揉めてできた傷ってコトにして証拠隠滅の意味で買うんだ。まぁんな嘘っぱちすぐバレんだろうがそん時はそん時だ。っつーかタバコのついでだ、ついで。
……………………。
ったく気分悪ぃ、と小さく舌打ちをする。
別に知らねーよ。
あのアホ女のアザのコトなんざ、別に、オレは知らねー。
…あーあのアホ女。
何か引っかかるって思ったら、そーいうコトだったか。やっぱムカつく。
〈 SAWA SIDE 〉
うわあ…コレは思ったよりひどい、かも。
あの後私はひとまず公園のトイレに向かった。
手っ取り早く鏡にありつけるところと言ったら此処だからだ。通りすがりの子供連れのママさんとか、走り回る小学生とか、不審な目でジロジロ見てくる理由が今やっと分かった。
…な か な か グ ロ テ ス ク や
腫れ上がった青アザで左目は半分くらいしか開いていない。怖さとかパニックでそれどころじゃなかったから、痛みの感覚はあってもいつの間にか視界の悪さには慣れていた。だからまさかこんな醜怪な状態になっていようとは思わなかった。
さっきの二人にこんな顔を見せていたのか。
それでも平然としてたのは、やっぱり。痛々しいものに目が慣れてるからなんだろうな…。
「………っぅ…」
軽く指で触れてみると未だ熱を持ってて、当然のことながらズキッと痛んだ。ったたた…痛い。コレは腫れが引くまでに多少時間が掛かるだろう。
なにわともあれ見た目が悪すぎる。
何かで隠さないと…っていうか、冷やさないと。
湿布はさすがに持ってないから後で薬局に買いに行くとして。応急処置で絆創膏とか貼って人の目が気にならないように…
ガチャッ ギィ……
んん!?
あれ、誰もいないと思ってたんだけどな…。
だって私が入ってきたとき個室トイレの扉全部開いてなかったっけ。え。待って。ただの見落としだよね。まさか…
ト イ レ の 花 子 さ ん か 。(あれって学校のオバケじゃないの!?)
い、いい、今ならっ!
今のこの顔なら対峙できるかもしれない!ってできるかぁぁぁあ
「よっと」
「え」
「ん?」
「………………………」
「のぉぉぉぉぉお!?」
……………………。
ど うしよう、 ド ン 引 き で 言 葉 が 出 な い
「わ、わっ待て!待ってくれ!こ、これは違う違うんだよっっ」
「わぁぁあ!こ、こっち来ないでっ!!」
扉の奥から出てきたのは花子さんじゃなく、いや花子さんよりも末恐ろしい人型の妖怪、その名も、変態。(まんま)
って違う違うっ
何で男の人が女子トイレにいる!?
たまたまこのタイミングで入ってしまった私の不運さたるや…いやここまで来るとこの運のなさも見事なモノだな…全くもって喜ばしくないけど…ああ、目眩が…
「はっ、話せば分かる!」
分かる訳ないだろぉぉぉぉお
両手を前に突き出して、待てというより何かを阻止するように取り乱すこの人。の前で壁に背をつけて取り乱す私。双方パニック。当たり前である。
と、ととっ、とりあえず!
ヘタに恨まれたくないし退散しなければ…!
「あ、あのえーとそのっ、私見なかったことにしますから!何も見てませんから!私っホントに通報とか絶対にしませんからっじゃあ!」
壁伝いにそろりそろりと出口に近づきながら、私は無害な人間だと必死に伝える。そして鞄をギュッと胸に抱き直して。そのままの勢いで全力疾走
…のはずが。
「ちょ、待った!」
「………っ!!」
ガシッと腕を掴まれて、その力強さに全身の血の気がサーっと引いた。本日三度目のこの感覚。実に不幸な記録更新だ。さっきのは思い違いだったけど、そう何度も上手いこといかない現実を悲しかな身をもって知っている。
脅されるのか。
殴られるのか。
もしやこのまま…乱暴されるのか。
殺気とか敵意とか、もはや考える余裕もなかった。この人のパッと見た感じの雰囲気で私は少し侮ってたのかもしれない。恐怖も相まって振り解くことができない腕に込められた力は、改めて女の人のそれではないと思った。
殴られるよりもマズイかもしれない…。
大声を出したら誰か気づいてくれるだろうか。
でもヘタに挑発しようものなら何をされるか分からない。
そんなことを一瞬の間で考え、そのうちになすがまま私は手洗い場の前まで引き戻されてしまう。
「オレが怪しいモンかどうかはとりあえず置いといてこっちのが重要よ?」
「………っ」
何のことを言ってるのかサッパリだったしそれを考えられるほど今は冷静じゃない。近い距離で聞こえた声色は男の人のわりに少し高くて優しげで、それが少しこの危険な状況にそぐわないけど、そんなことはどうでもいい。
そして突然この人は両手で私の頭を掴んで鏡の前に立たせた。相変わらず力は強いけど何故だか乱暴な感じじゃなくて、何というか、そっと。思わずチラリと鏡の中の彼を見やると、不思議そうな顔色を伺うような目でそこに映る私を見ていた。
「どーしたんだよコレ?」
「………えっ」
「ゴメンな〜、この状況だとただ聞いてもマトモに答えてくれねーだろうと思ってさ〜。ちっと手荒なマネしちまった」
「………あ、あの…」
「派手にやられてんなぁ〜、痛かったっしょ。女の子にコレはねーよなぁ。外道だわ外道」
眉を下げて心配そうにするその表情はとても嘘には見えなかった。慰めなのかポンッと軽く叩かれた右肩は、まだ強張ったままビクッと揺れて。それでも既に私は拍子抜けしていた。
もしかしてこの人。
私の怪我の心配、してくれたの…?
「まぁこんなトコにいるヤローに気を許してくれるとは思えねーけどさ〜、そんなモン見ちまったらほっとけないじゃん?」
「…す、すみません私…口止めに脅されるのかと、勝手に思って…」
「ハハハッ!いやそー思うのが普通っしょ!あんたが謝るコトじゃねーって〜」
軽快に笑うこの人は、私の緊張が少しばかり解けたのを感じ取ったのか今度こそ容赦なく肩をバンバンと叩いてくる。女性用トイレに侵入中の男の人。そうであることに変わりは無いし、どんな事情があろうとも不審な人だ。そうなんだけど…何というか。不思議と親近感が湧くのはどうしてだろ…いよいよ頭がおかしくなってきちゃったのかな
透き通るようなサラサラの金髪、襟足にかけてオレンジ系ブラウンのグラデーションになってて、色白で中性的な顔立ち、左耳のピアス。男の人のわりに細身で背はそんなに高くない。170センチないくらい、かな。学校にこんな人がいたら女子に騒がれそうだなぁ…って感じの風貌。派手だけど。何というか、可愛らしい。この屈託のない笑顔とか、うん。派手だけど。
そのせいなのか。
はたまた例のセンサーの反応か。
「あっ、とりあえず話は後にして出ようぜ〜。今また誰か入ってきたらとんでもねーコトになるし、それに」
関わるべからずと頭の中で警報が鳴っt
「あんたの誤解も解かねーとなぁ!」
……………………。
あの、変態さん。
誤解の使い方間違ってます。(未遂じゃないし堂々と立ちはだかっちゃってるし!)
っていうかこの場でバイバイじゃない流れになってるあたりについて激しく問いたい。
心配してくれたのは本当だと思うし、それはちょっと嬉しかったけど、あのすみませんそもそも
あ ん た 誰 。
「あ〜…もしかしなくてもオレ、やっぱ怖がらせちった?ゴメンなぁ」
その場を動かずに彼の後ろ姿に悶々とした視線を送っていた私。出口のところで振り返って困ったような顔で謝ってくる。
…怖かったことも確かだけど。
色々思い返してみて。理由があろうともこの場にいた事実が怪しすぎる。
やっぱりここはどうにか逃げ「ま、とりあえず行っくぞ〜!」「えっ」
えぇぇぇぇぇええ。ちょっとちょっと何しちゃってんの何してくれちゃってんの何なのこの状況あんたマジで誰なんだよぉぉぉぉぉお
この度わたくし。
変態さんに連行され、初めてを奪われました。(語弊がありますがノンフィクションです)
手を繋がれちゃいました。
(恋をしーちゃいましーた的なノリ)
(開き直りテンションでお送りいたします)
(この場に、アホが一人、増えたとさ)
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