「おはよ、出水さん」
また一週間が始まった。
光子から聞いた衝撃の過去のせいで、下駄箱を見ると頭を抱えたい衝動に駆られる。恥ずかしさやら恨めしさやらで思わず叫びたくなる。今さら何がどうってことはないんだけどさ。聞いた時は何で教えてくれなかったんだとか言ったけど、しばらくの間この複雑な心境に悩まされることになるのかと思うとやっぱり
知 ら な い ま ま の 方 が よ か っ た
…いや待って、ちょっとその前に。
「えっ」
「おはよ」
「……………………」
「おはよ」
「…お、おはよう…ござい、ます」
な ん で ?
「なぁ、オレら同学年って知ってる?」
「………(こくっこくっ)」
「その敬語止めない?」
「………(ふるふるふるふるっ)」
「フッ、やっぱ嫌われてんだ」
「ちっ違いますっ!あ、いやっていうか、えーと…な、何で…」
話 が 違 う じ ゃ な い か 学 園 の 王 子 よ
振り返るとそこにはイケメン藤代…!!
なに爽やかに朝の挨拶してくれちゃってんのこの人。他の女子だったら最高の一日の始まりだと舞い上がるんでしょうけど私は違うよ。そんなファンサービスいらんよ。私ファンちゃう。ちゃうねん。むしろめちゃくちゃ後ずさって後ろにいた人にぶつかりそうになってる始末。謂わば拒否反応。っていうか、えーと
何 で 話 し か け て き た よ ?
あの時交渉成立したと思ってたのは私だけだったのか…!?
「何で?知ってるヤツを見かけたら挨拶する、そんなの普通だろ」
どーいうこっちゃ。
何故に知り合いの程になってるんだ。だ、だってあの時。今後関わらないっていう話で落ち着いたじゃないか。分かったって言ってたじゃないか。月島くんとやらに伝言を頼んで解決したじゃないか。
なんでなんでなんでなんでっっ
…そうだ。ここでいちいち立ち止まるから妙なことに巻き込まれるんだ私。身をもって知っただろ私。こういう時は 逃 げ る が 勝 ち だ
「…しっ、失礼しますっ」
言いながら勢いよく階段に向かってダッシュ。
「出水さん」
「………っ」
落ち着きのある澄んだその声は私の体を硬直させた。立ち止まるなと頭は言ってるのに自然と足を止めてしまって。顔を見たら抵抗すら許されなさそうで、さすがに振り返ることはできなかったけど。何なんだろうこの静かな威圧感は…
やっぱりこの人、怖い。
「あん時分かったって言ったけど、あれは了承の意味じゃない」
「……………………」
「あんたはこっちの頼みを聞き入れなかった。それでオレだけそっちの言うこと聞くってーのはフェアじゃねーだろ」
「…そ、それは…」
ああ、甘く考えてたな。
確かに言ってることは分かる。私は藤代くんの申し入れを断っておきながら自分の望みだけ押し付けたんだって、それは都合のいいことだ。でもだからって必要以上に関わること無いじゃないか。あたかも知り合いみたいに挨拶してくるとか、どういう意図なのか全く分からない。あんな風に脅しておきながら今さら感じ良くされても…そうだ、だったらいっそ。
無理やりにでも連れてくとか強引な手段でもなんでもやってみやがれって話だ
彼らとも自然と仲良くなれてしまう美少女ヒロインでも、だったら私を倒してからにしな!とか言ってもキマる美しき喧嘩最強でもなんでもない。私に武器は一つもない。
乱暴なのは怖い、丁重に扱われることすら身分不相応で耐えられない、人より群を抜いてるのは卑屈レベルだけ。とにかく面倒なことには関わりたくない。それのみ。
だからとっとと殴って気絶でもなんでもさせて月島くんとやらに突き出して土下座させて謝らせて、ハイちゃんちゃん。ほら、それで満足なんでしょ。いつでもそうすればいいじゃないか。どうせビビリだし力でも抵抗できないですよ。あなた方のような人たちにとってそんなの容易いことでしょうが。私はそんな汚れ仕事がお似合いだもの、ええ、そうですもの。
「………………………」
って、そ れ が 言 え た ら ま だ 格 好 が つ く ん だ け ど な 。
生憎ビビりレベルもピカイチなもので、そんな強気な発言を口にする勇気はない。情けない以外のなにものでもないな。ははは。
「出水さんの伝言、花に伝えたよ」
…そういうことはちゃんと律儀に守るんだ。
フェアとかフェアじゃないとか、内容はどうであれ一応真っ当なことを言ってたもんな。
こういう人たちにも、こういう人たちなりのちゃんとしたやり方があるのかなぁ。なんて一瞬思ってみたりして。だけどそんなのは私には関係ないことだ。
何でかは分からない。
ただ何となく、この話の続きを聞いてしまったら後ろ髪引かれるような気持ちになる予感がして。そう思うと同時に、焦りに近い感覚で私は口走っていた。
「そ、その話っ…止めてください」
「……………………」
「もう…止めてください」
これ以上面倒なことに巻き込まないで。
…でも本当はそれよりも。
私のせいでここまで拗れてしまった話から、申し訳なさとか不甲斐なさとかそういうものから、逃げたいんだ。
今さらだと言うのにわざわざ話をしようとしてくれてる月島くんとやらに、こんな風に思ってしまう私を知られたくないし、これ以上がっかりされたくない。身勝手だって分かってるけど。
「出水さん」
「…す、すみませんっ失礼します!」
自分の臆病さを突きつけられたくないんだ。
でもこれで、さすがにもう関わってくることはないだろう。あの藤代くん相手にここまで失礼な態度を取る女子なんて早々いないだろうし今のでカンペキに嫌われたはずだ、うん。自分で言うのもなんだけどさ。っていうか逆に恐ろしいけどさ。でも大丈夫、男の子にしつこく付纏わられた経験なんて一度もないもの。そんな贅沢な悩み味わったことないもの。自慢じゃないけど。はっはっは。
…とりあえず、逃げ切った。
教室まで全力疾走。
朝からとんだ災難だ、い、息が苦しい…っ
自分の情けなさに落ち込みつつも今は安心の方が大きい。やっぱり自分は自分で守らないとだもの。ま、何はともあれアレだ
計画通りってことで☆
「砂羽おはよ!どうしたの、ギリギリなんて珍しいじゃん」
「あ…おはよっ!ちょ、ちょっと寝坊しちゃってさ」
「今日、麻美カゼで休みだって」
「そうなの!?後でメールしとこっかな…」
「あたしさっきズルですかってメール入れたら本気で怒られた」
「あははっ、そりゃ怒るでしょ」
そしてまた今日も、平穏な日常が始まる。(奈那子の顔見たらなんかホッとした)
〈 KUWAHARA SIDE 〉
「あれっ?拓海じゃねーか!」
若干遅刻で出勤したオレは、下駄箱で見知った背中を見つけて思わず小走りになる。
「………………………」
「よー、どーしたんだよ?こんなトコで突っ立って」
「………………………」
「…拓海?」
…あらら?
な、何か。スゲー機嫌悪くね!?
どっか一点をジッと見つめながら険しい顔をしてるオレの連れ。同じクラスだし基本的に一緒にいるコトが多いワケだが、コイツはいつも人当たりいいしこの顔だから女子にはまぁモテるし。本人は全く興味ねーっつーかむしろ困ってるっつーか、オレはそのおこぼれを頂戴してやろーと必死だっつーのに…
話はズレたが、とにかく。
コイツがこんな顔してるのは珍しいコトだ。
何となく初めっから思ってたけどよ。
やっぱコイツ、キレたら絶対怖いよな…既にビビっちまってるもんなオレ…
「悪い、今日はフケる」
「はっ!?何でよ?来て早々帰んのか?」
ってオレはアホか!
予想外なコト言うモンだから思わず声上げちまったけど…一瞬ジロッとコッチを見た拓海の目はなかなかヤベー雰囲気だ。
い、一体何があったってーんだ…
「………………………」
「………お、おい」
「イライラすんだよ」
「えっ!ゴメン…オ、オレ?」
答えは分かってんだけどよ、そんな顔で言われたら咄嗟に聞いちまうわな…。
拓海が理不尽な理由で八つ当たりするよーなヤツじゃねーコトくらい、この短期間のうちだとしても一応分かってるつもりだ。
まず感情を表に出さねーっつーか、感情的にならねーヤツだとオレは思ってる。常に冷静だしよ。
そんなコイツが明らさまに不機嫌なのが分かるよーなツラしてるコト自体、オレにとっちゃ驚きだ。だから原因が何なのか正直めちゃくちゃ気になる。
「…いや、悪い。ちげーんだ。とにかく今日はそういう気分でよ」
「そ、そーかよ」
「ああ。じゃーな」
「おう…」
そう言ってオレの横を通り過ぎて校門の方へ向かう拓海。マジでフケる気か…別にそれは構わねーけど、朝イチからってーのが異例だからよ。一度出勤したってコトは最初はそのつもり無かったんだと思うんだよな。だからやっぱ何かあったとしか思えねー。
「……………………」
オレは徐々に遠ざかる拓海の背中をしばらく見て。ちょっと一回考えて。
「…おっ、おい待てよ!オレも行く!」
あの顔を見ると理由なんざ恐ろしくて軽々しくは聞けねーとは思った。思ったが、どうも気になってとりあえず連れの気まぐれに乗るコトにした。
校舎に入って一瞬で踵を返したオレに、拓海はコッチを振り返って困ったようにフッと笑った。しょうがねーな、ってツラで。
しょ、″しょうがねーな″はねーだろ!
オレは一応コレでも心配してついてってやろーって思ったんだからな!
…今日ちょうど英語当たる日だったんだよな。ラッキー!
「嫌い」にも種類がある。
(苦手意識と無性な苛立ち)
(ねぇあれから藤代くんと話してないの?)
(も、もうその名前出さないで…)
(でよ、何かあった…のか?)
(…悪いけど今その話しないでくれ)
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