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こいつら。目を爛々とさせやがって。


「どーだった!?」

「人違いでした」


満面の笑みでそう返すと途端に

は?何それどーいうこと?話が違うじゃんっていうかあんたの成した偉業で恩恵を授かろうと思ってたのに何それ?は???

って顔してんじゃないよここぞとばかりにチームワーク発揮すんなよこの裏切り者めがぁぁぁぁあ






「随分と疲れた顔してるね」

「誰のせいだとお思いで?」


裏切り者たちの期待に反した私の一言により、奈那子やら麻美が″嘘!認めない!却下!″とギャーギャー騒ぐ騒ぐ。悲しい現実を受け入れられないその嘆きに対応するスタミナすら残ってない私は、それを適当に手で制してかわしつつ自分の席へとまっすぐ向かった。

この状況を汲んでみて頭の片隅でふと尊敬。聖徳太子ってすげーや。(なにそれ)


普段だったらその勢いに飲まれるところだっただろうけど、それよりも精神的疲労の方が数倍も勝ってた。当たり前だ、っていうか

嘆 き た い の は コ ッ チ だ

幸いなことに後ろではチャイムが鳴ってて、さらにタイミング良く次の授業の先生がたまたま早く教室に着いてたために一時的に難を逃れたのだ。今日ばかりはそれに心から感謝した。先生ありがとう…!!



「うーん、奈那子?」

「いや彼女は当然重罪ですがあなた方も。助け船を出すどころか楽しんでたじゃないですか」

「わ、私は一応これでも心配してたんだよ?砂羽が喜んで飛んでくような子だとは思ってないもん」

「でも期待してたんでしょ」

「…だって」

「だってじゃありませんよ」


そしてノートをとりながら左隣の席にいる裏切り者の一人(根に持つタイプです)、沙都子と小声で話す今。

神はチリ一つ程度には私の味方をしてくれてるらしい。いやチリなど温い、ハウスダストレベル。

奈那子や麻美はともかく、この沙都子は比較的大人しくてほんわかしてて勘が鋭いどころか軽く天然ボケが入ってる子だ。どうやら一応私の話を受け入れてくれた様子だし人違いともなれば深く追求してくることもないはず。うん。

…あー。前方と後方からビシビシと伝わってくる鋭い視線が痛い。あの二人 私 の こ と を 一 体 何 だ と 思 っ て る ん だ (友達ってなんですか?)



「藤代くんってあんなに騒がれてるのにそれを気にもとめてないっていうか自覚ないっていうか、だから仲良くなれるチャンスってなかなか無いんだよ?実際話しかけてもすぐ逃げられちゃうって聞くし」

「あらそう。鼻に掛けないタイプなのね」

「またそこが良いって言われてるけど」

「その話私に得あります?」


藤代くんとやらがどんな人であろうとどうでもいいけど、私はどうも苦手だと思った。

何を考えてるか分からないというか見透かされてるような気がするというか。何だろう、上手く言えないけどちょっと怖かったな…
まさかあの人が梅星さん下宿先にいる黒咲の生徒だとは予想外過ぎたし。
しかし、となると=彼は不良さんってことになる。安易かもしれないけど恐らく間違いない。だいたいみんなそのこと分かっててキャーキャー言ってるんだろうか。…カッコよければ何でもいいのか。それは今さら愚問だったわ。

確かに沙都子が言うように、女子からの絶大な支持に関心が無さそうな素振りはしてたような気がする。

でもそれこそ私にとってはどうでもいいことで。いくらその…えーと、月島くんだっけ?に頼まれたこととは言え。

私 は 軽 く 脅 さ れ た ん で す よ ね ?



「その藤代くんがだよ?わざわざ女子を公然の場で呼び出したなんて、それはみんなビックリするよ。喉から手が出るほど羨ましい立場なんだから」

「うん、喉から手が出るほど代わってほしいね今からでも」

「そんなことになったら周りの私たちは期待して当然。もしかしたらそこから藤代くんとお近づきになれるかもしれないって考えて当然」

「開き直ったな」

…分かってたけど改めて。
藤代くんを置き去りにして全力で退散してきましたなんて口が裂けても言えないっ☆


「でもそれが残念ながら人違いに終わったとなれば落ち込んで当然。そうでしょ?」

「尚もまだ責めるか」

「せ、責めてないよ!砂羽は悪くないし藤代くんに興味がないのは知ってるし、だから可哀想だとは思うよ?」

「いやほんとそれ。むしろ同情されるべき」

「結果はどうであれ注目浴びちゃったしね。昼休みだったから他のクラスの人も多少見てただろうし、噂にはなってるかも」

「私が一番恐れてることサラッと言わないで」

っていうかそれだぁぁぁぁぁあ!!

沙都子の言葉で重大なことを思い出した。
藤代くんご本人のことよりもそっちの方が死ぬほど大事だよ私が一番嫌なのはソレなんだよ残酷にも平々凡々な私もこれでも一応生きてますんで人の目に触れることが起きれば浮上するんであろう身の程知らずなこの展開によって何よりも恐怖なのは

噂 だ

そしてさらに言えば一番動向が気になるのは、あの人だ。き、聞きたくないけど…聞かなきゃ…ああ…もう何でこんなことに…


「だから砂羽のことはご愁傷様っていうかドンマイっていうか、そうは思うんだけどね」

「…ほんとに思ってる?」

「思うんだけど…やっぱり残念は残念だよね」

「あなたの天然が今は憎い」


いやそこで首を傾げたってダメですよ。

慰めてるつもりかもしれんが慰めになってないよ沙都子さん。むしろグサグサくる。ご愁傷様とかドンマイとか 今 の 私 に ピ ッ タ リ 過 ぎ て な


「いやっていうかそれより!あの方の…や、山川さんのご様子は…いかがでしたでしょうか」

とりあえず沙都子の言葉に傷ついてる場合じゃない。これだけは確認しとかないとって思いつつ怖すぎて無駄に丁寧…

「え?山川さんがどうかしたの?」

「いやどうかしたのじゃないでしょ!か、彼女であるあの人の目の前で私なんかが呼び出されてっどう考えたって面白くないって思っただろうなぁと…さぞお怒りだっただろうし…」


確かに奈那子の配慮で山川さんとは自己紹介し合ったけど別に仲が良い訳じゃない。むしろあの事件のほんの数分前に一応知り合ったっていう程度だ。

だからあの方に嫌われるのが嫌だとか怖いとかじゃなくて。それによって例えば噂されることで、わざわざあの方との格差が強調されるのはとにっっっかく避けたい。おこがましいにも程がある。理解に苦しみまくるが現実は同じ土俵に立たされてしまう事態。考え過ぎだと?いやいや噂って末恐ろしいんだぞ…

だってあの超絶美少女だよ??
比べられたくない。笑われたくない。目立ちたくない。月とすっぽん。火を見るよりも明らかな差。

公開処刑やんけ。


「そんなことなかったと思うよ?」

「…へっ?」

「怒ってなかったしむしろいつもの感じでニコニコ笑ってたもん。さすがにクラスはちょっと騒ついてたけど…何にも気にしてないって顔で″そろそろ戻るね″って奈那子に挨拶して帰っちゃったもん」

「………………………」

「周りの女子は大袈裟に捉えるけど、だからって砂羽も考え過ぎだって。山川さんは列記とした彼女なんだよ?まずあんなに綺麗なんだしちょっとしたことじゃ動じないっていうか、自信あるでしょ」

沙都子のわりに(失礼だけど)的を得たことを言ってる気がして妙に納得できる意見だ。

…ああ、そうか。確かに。

「他の女子と一言も喋らないでとか関わらないでとか言ってるなら話は別だと思うけど。山川さんくらい完璧だったら目移りする心配もないだろうし、ほら、美人な人はそういうプライドも高そうじゃない?」

マトモだ、マトモだよ沙都子さんが…!!

「結局人違いだったんだし山川さんのあの感じ見てれば多少噂になってもすぐほとぼりは冷めると思うよ」

「う、うん。なんかそんな気がしてきた…!」

「ね?だからそんなに気にしなくても大丈夫だって!」

っていうか身の程を知れ!

ヘラッと笑った顔で言う沙都子のその言葉の続きにこんな声が聞こえてきたような気がしたのは、私が卑屈過ぎるからということにしておく。…いつからこんなに歪んでしまったんだろうか。ははは。


でも実際は沙都子の言う通りなんだろう。
山川さんにとってはほんの些細なこと、眉ひとつ動かすに値しないどうでもいいこと。うん、そうだ。私などという庶民が一瞬ポッと出たところで動揺する訳がないじゃないか!それこそおこがましいんだ!

ああ、何でそんな初歩的なことに気づかなかったんだろう。考え過ぎも時に仇となるな。無駄な心配だったんだ。よかった。うん、本当によかった。よしっっ

すべて 無 か っ た こ と に し よ う(忘れるに限る!)


「でもそこで山川さんのこと気にするなんて、砂羽って優しいんだね!偉いなぁ」

「……………………」

履き違えてる人が約一名いるけどまぁいっか☆














「へぇ、野球やってるんだ」

「うん!この人なんだけどね」

そう言って恥ずかしそうに携帯画面を見せてくる友達。可愛いなおい。恋する乙女よ。


「えっでもなんかちょっと意外かも!」

「意外?そうかな?」

「光子って中学の頃サッカー部で人気あった…ナントカくんとか、県道部の…ナントカくんとか。何かこうはっきりした顔立ちっていうの?そういう人と付き合ってたからさ」

「…砂羽ちゃん、相変わらず名前の記憶が乏しすぎる」

「そこは触れないで」


今日は日曜日。
中学の頃の友達と遊びに来てるところだ。
例のあの間違い電話ならぬ迷惑電話の日に約束した光子とです、ハイ。カラオケに行ってそのあと少し早い晩ご飯にありついて今は近況報告中。

あの時この子の言ってた″いい報告″とは、やはり私の予想通りだった。実におめでたい。卒業間際に別れた人のことを当時だいぶ引きずってたからなぁ…幸せそうな顔を見てるとこっちまで嬉しくなる。

…しかし野球少年か。
高校生らしい爽やかなお相手でよかった。 フ ラ グ 立 た な く て よ か っ た (真顔)


「彼、すごく優しいんだ。毎日練習で大変なのに連絡もマメだしできる限り時間作ってくれるし」

「そっかそっか!いい人と出会えてよかったね」

「うん!あ、機会あったら今度紹介させて?」

「あら、それは光栄です」

そのようなお相手でしたら是非。
巷で恐れられてるとか頭張ってるとかそういう恐ろしい世界からかけ離れた方なんでしょうから。うん、っていうか

本 当 は そ れ が 当 た り 前 な ん だ ぞ 私 ?


「優太郎くんって言うの。今度はちゃんと覚えてね?」

「あははっ、分かってるって!」


悪戯っぽく笑って言う光子、この子も元から可愛いけど何かまたそれに磨きがかかってるような。肌のツヤとか増してないか。ははーん、やっぱり恋する乙女は違うね無敵だね。って 誰 目 線 な ん だ

…それに比べて私ときたら。
枯れてるどころか始まってもいない。もはや始まらない。強いて言うならアレか、認めたくないけど薄々感じてるのは

終 わ り の 始 ま り(始まらない方がマシってやつ?)





「砂羽ちゃん、ありがとうね」

「えっ?ど、どうしたの急に」

「いつも笑って話聞いてくれるからって甘えちゃう私が悪いんだけど…辛いはずなのに全然そんな素振り見せないんだもん。心配になっちゃうよ」

「…光子…」

「元々自分の話あんまりしない子だって分かってるけど、こういう時くらいは無理しないで?私だってこれでも砂羽ちゃんの役に立ちたいって思ってるんだから」

「…うん、ありがとう」


めまぐるしい環境の変化と最近のゴタゴタのせい、というかむしろそのおかげで、正直に言えば忘れかけてたこと。考える余裕がなくて、そういう意味では今の刺激的な日々は有り難いものなのかもしれない。

光子は私のお父さんの死を知ってる。
仲が良かった何人かにはそのことを話してて、ただ引き取られた先は親戚の家ということにしてて。本当のことを言ったらどんな顔をされるか分からないけど、何にせよもし私が光子たちの立場だったらそれは当然心配になる訳で。でも改めてそう言われてみて気づく。

…ああ、私まだ実感ないんだな。



「なんかさ…正直に言うと、今は悲しくないんだ」

「…悲しくない?」

「もういないって分かってはいるんだけど、何ていうかな…長い旅に出ちゃった?とか仕事で遠い外国に行っちゃった?とか…またいつでも会えるような、そんな気がしてる」

「…急、だったもんね」

「いつか本当に実感する時がくるんだろうけど、それがいつなのかは分からないし。当時はめちゃくちゃに泣いたけど…全部まるごと変わっちゃった気がして、その悔しさとか自分一人ではどうにもならない情けなさとか、色々ゴチャゴチャで混乱してたんだと思う」

「…うん」

「住むところも高校も変わっちゃって、光子たちに気軽に会えなくなっちゃったしね。思い通りにならないもどかしさもあったんだと思うんだ」

「お家の人は良くしてくれてるの?」

ギクッ。

そこは安心してくれ。
良くするもなにも異常な腰の低さだよ。なんせこの平々凡々な私が″お嬢″って呼ばれてるんだからな。世間に名が知れてるような、某週刊誌の記者さんに詰めかけられてるような方々にだぞ。…それはこの間たまたま村井さんが(たぶん上村さんとかと同格の方)そうされてるのを見ちゃったんだけど。なに!?記事になるほど注目されるような組織なのココは!?って驚きのあまり腰が抜けそうになっちゃったけど。現実から目を背けるように私には関係ないって頭の中で何度も念じたよアレは。


「それは大丈夫。とっっっても親切にしてくれてるから」

要約するとこの一言に尽きる。

「それなら良かった。でも、本当に辛くなったらちゃんと言ってね?私今まで砂羽ちゃんには散々助けてもらってるんだもん。話聞くくらいしかできないけど…誰かに話すと楽になることもあると思うから」

「うん。ありがとうね、光子」


誰にも辛い顔を見せない、なんてそんな良いものじゃないし別に私は強くもない。泣きたくなったら泣くし悲しい時は悲しいし、ふと誰かの優しさに甘えたくもなるだろう。

″重い過去を抱えて心を閉ざして、時々見せる悲しそうな目が明るさの裏に隠された何かを物語ってる。″
そんな出来すぎた設定は持ち合わせていない。どこかの映画や小説の主人公のようにカッコ良くはいかない。

話を聞いて欲しい、頼りたい、構ってほしい。
って人間誰しも強く思うであろう感情はいっちょ前にある。だから心配しなくてもそういう時は思いっきりSOSするよ。うん。

ただその気持ちは有り難いし嬉しいから。
無理してるとかじゃなく今はどうやらまだ大丈夫だから、とりあえず。

ありがとう、光子。




「結局高校も今住んでるところの近くになったんだよね?」

「うん、黒咲工業ってところ。まぁ元々行こうと思ってた学校ちょっと遠かったからあんぱいかな」

「でも入学ギリギリでよく受け入れてくれたね」

「…だいぶ親切な対応だよね」

「校長先生と知り合いとは言っても…そう簡単にいくものなんだね。最初聞いたときビックリしちゃった」

「…あはは」

ニコニコ笑ってる光子。この子は何も悪くない。特に疑ってる様子がないのがこちらとしては救いだし言ってることは正論中の正論だ。おかしいのは う ち の 家 庭 と 学 校 側 で あ る 。(どんなやり取りで成立したのかなんて怖くて聞けない)


「そういえば戸亜留市なんでしょ?」

「えっ?」

「砂羽ちゃんが今住んでるところって」

「ああ、うん」

「結構物騒なところって聞くけど…大丈夫?何か巻き込まれたりしてない?」

その手の話きちゃったーーーーー。

「ない。全くもってない」

「あっその顔!心当たりあり?」

何故そーなる!?
今の私の言葉聞いてましたか光子さん。

「ないないないない」

「本当に?」

どうしてこの話に限ってしつこいんですか。

「平穏で静かな生活を送っております」

正確に言えば 送 ろ う と 必 死 で す 。

「なーんだ、ちょっと期待はずれ」

「期待はずれっておい」

…あれ??
友達ってなんですか現象が起き始めてないかコレ。言葉のまんま残念って顔してんじゃないよ光子さん。あなたは違うよねあの裏切り者たちと違うよねっっどーしたの光子さん何でっ何を期待してたの!?


「優太郎くんの親友の男の子がね、戸亜留市に住んでるんだって。小学校の頃バッテリー組んでていつも一緒だったみたいなんだけど、その人が怪我で野球辞めてからなかなか会わなくなっちゃったみたいで」

…あ、何だそういう話か。ホッ。

「今どうしてるのかって聞いたら濁されちゃったから、もしかしたらと思って。優太郎くんのあの感じだとワルになっちゃったんじゃないかなぁって私は踏んでるの」

やっぱりその手の話かーーーい

「ふ、ふーん…でっでもそれが私とどういう…」

「もし砂羽ちゃんがその人と知り合ってたりとか、そんな偶然あったら面白いなぁと思っただけ」

面白くねーよ。
可愛い笑顔でなんてこと言うのこの子は!?

でも光子自身がそういう人たちに興味がある訳じゃないだけマシ…かな。うん。いや、マシなのか?っていうかもう こ の 展 開 ほ ど ほ ど に し ろ


「あ、あり得ないって。だいたい元々そういう人と関わりないし、戸亜留市って言ったって広いし。そんな偶然ある訳ないじゃん」

「…砂羽ちゃん」

「な、なに」

「今だから言える話。だから聞いても黙ってたこと怒らないでね?」

「…はい?」

え?なに??
話の流れが全く読めないぞ。
ただ光子のその神妙な面持ち…嫌な予感がするのは気のせいだろうか。



「あれは、私たちが中学二年生の時の話です」

「なにそのほ○怖のVTR冒頭のセリフみたいな切り出し」

「その頃校内では″ウソ告″というものが流行っていました。それは、そのまんま″嘘の告白″という意味です。子どもの過ぎたイタズラといったところ。くだらない遊びです」

「シカトしつつ毒吐くの怖いからやめて。私たちついこの間までそのくだらないお年頃だったんだよ?ね?光子さ」

「そんな中、少し不良をかじったとある男子が思いつきで自分のクラスの男子一同にこんな提案をしました。″二年の女子から適当に名前を借りて偽のラブレターを書き、三年の下駄箱に入れて反応を見よう″」

「え。くだらなっっ」

結局フツーに話を聞いてしまってる私も私だ。

「一部の男子は面白がってそのイタズラに乗ることにしました。教師から学年名簿一覧を拝借し、あみだくじで女子の名前を絞りました。そして不運にも選出された一つの名前を使ってラブレターを書き、後日三年生のある男子の下駄箱にそれを入れました」

「…成し遂げちゃった訳ね」

「数ある下駄箱の中でどこに入れてやろうと迷っていた数人の男子は、コソコソしているうちに校舎の方からワルの先輩たちがゾロゾロやって来たのを見て焦りました。そして考える暇もなく、一つの下駄箱に偽のラブレターを押し込み一目散に逃げたのです」

「っていうかさ」

脈 略 が 掴 め な い 。

これはなんの話なんでしょうか。何故今その話をする必要があったんでしょうか。私の戸惑いをよそに、光子さんにはまだ話の続きがあるようで語り手の表情を崩さない。

だいたいその話し方も何なの。どうしたのこの子。話の内容としては面白おかしい口調の方が自然な気がするのに、そのカタいというか…言いづらそうな顔が謎でしかない。何なんだ一体。


「イタズラに成功した男子たちは下駄箱の近くの壁に身を隠し、様子を伺っていました。そしてしばらく、偽のラブレターを受け取る人物の登場を今か今かと待ちわびていました」

「頑なにシカトか」

「ただ誰の下駄箱に入れたのかは男子たちも分かっていません。なかなかやって来ない正体不明の待ち人に痺れを切らしかけたその時、彼らは顔色を一斉に変えました。それは自分のたちのイタズラとは全く関係のないことに対して。とある人物の姿が目に入ったからです」

「とある人物?」

不本意ながら再び真面目に話を聞く私。

「それは先輩の中で、いや学校中の誰よりも恐れられていた人物、真島一也だった」

「……………………」

誰。

「やべぇ真島さんだ!ここは挨拶した方がいいよな?いやでもそんな所に隠れて何をやってたんだって言われたらどうする?どうするオレ!?」

「…光子さん?」

「と、あたふたしているうちに真島先輩は下駄箱の方へ。やはりこのまま隠れておくのが安全だと一瞬で判断した男子たちは彼の様子をジッと見守ります。…そしてその直後、信じられない光景を目の当たりにするのです!」

「偽のラブレターがその真島先輩とやらの下駄箱に入ってたってオチですね」

「…なんで先に言うの?」

「ご、ごごっ、ごめん!」

い、痛いっ!眉をハの字にしてそんな落ち込んだ顔されたらなんか胸が痛いって…!!


「確かにそれは一つのオチだけど、そんなのはまだ序の口。本当のクライマックスはここからなのです」

「あ、あのー。先に一つ聞いていいですか」

「″その話の意味はなに?″っていう質問以外でしたらなんなりと」

…出鼻をくじかれた。
まぁいいや、ならもう一個の方で。


「真島先輩って誰ですか」

「……………………」

「…先輩なんて知らなくて当たり前じゃんか」

なんて、小さな抵抗を試みる。

「砂羽ちゃんって自分に必要ない情報は一切遮断されるような特殊能力でもあるの?」

「えーと、真顔で聞くのやめようか」

「本当に知らないの?一度も名前聞いたことないの?」

「…覚えてないけど、とりあえず知らない」

「毎度のことながら周りへの関心のなさには本当に驚かされるよ…」

「それはどうも」

「褒めてません!」


そーんなこと言われたって、ねぇ。
関わりがなければ知らなくて当然じゃないか。増してやそれが先輩となれば余計。いくら学校一恐れられてる人だったからって…って何でまたいつの間に

不 良 さ ん の 話 に な っ て る ん だ よ 。(この呪縛どうにかしろ)



「でも…そっかそっか。砂羽ちゃん真島先輩のこと知らなかったのかぁ…それはそれで面白いかも」

クスクス笑いながらそう言ってるけど意味がわからない。それはそれでって。面白いってなに。

「み、光子さん。何かもう色々ツッコみたいところなんだけど…えーと」

何から聞けばいい。
激しくどうでもいいけどさっきの話のクライマックスからが無難かなぁ

「砂羽ちゃん」

「は、はいっ」

「何でこんな話したと思う?」

「それ私に聞く?」

私が一番知りたいことを逆に尋ねられても。

「さっきのオチは読めても、最重要ポイントを見逃しちゃったら何の意味もないんだけどな」

「へっ?」

「話の中で重要なのは二つ」

あら、ピースサインしちゃって可愛い。(違うけど)

「はい」

「偽のラブレターを受け取った人物。と?」

「…あー、なるほど」

「分かった?分かっちゃった!?」

いや分かったけど。
なんで光子がそんなに楽しそうなのかは不可解。たぶん私が理解したことと光子が言いたいことにはズレがあるんだ。ねぇ悪いけど

こ の 謎 解 き 面 倒 く さ い 。


「結局何が言いたいんですか」

「わぁ、そのやる気ない感じ…っていうかここまで言って分からない?」

「だから何が」

「砂羽ちゃんにこの話をした意味」


この話のキーパーソンは二人。

偽のラブレターを受け取った人物。
つまりその真島先輩とやら。

不運にも勝手に名前を乱用された人物。
当時二年生のとある女子生徒。

…………………………。










『お待たせいたしました。きのこたっぷりデミグラスソ』「ちょーーーーっと待ったぁぁぁあ!!

…店員さん、タイミング悪くゴメンなさい。


「あははっ!やっと分かった?」

「分かった?じゃないよっっ!な、何で!何でそれもっと早く教えてくれなかったの!?」

「だからさっき言ったじゃない。今だから言える話だって」

「い、今じゃなくたってその時言ってくれたって良かったじゃん!だいたいどうして光子が知ってるの!?男子のイタズラだったんでしょ?」

「私はそれを企んだ男子たちと同じクラスだったの。その日たまたま教室にいて、青ざめた顔で走ってきた男子たちと鉢合わせてね。思わず好奇心で何があったのか聞いちゃって」

「…………………」

悪気はないんだよな、この子には。

「とにかく男子たちは真島先輩の手に渡ったのが偽のラブレターで、それが自分たちの仕業だって知られたらタダじゃ済まされないって思ったんだろうね。聞かなかったことにしてくれって必死に頭下げられたよ。本当にその女子が彼にラブレターを渡したってことにして、二人が接触しようが何だろうが自分たちは知らん振りしようって決め込んで…」

「最低すぎる」

「うん、それは私も思った。だからその女子の名前聞いたら、もしバラされたら困るから嫌だって言ってきて。何回か頼んだんだけどダメで」

「……………………」

「真島先輩に直接掛け合ってみるしかないかなって思ったんだけど」

「わ、わざわざ弁解してくれたの!?」

「…ゴメンね、あの時はさすがに怖くて勇気出なかった。周りの人も中学生のオーラじゃなかったんだもん」

「…ううん、光子は悪くないよ」

「噂とかになってないのかな?とも思ってたから、何度か三年生の教室の近くまで行ってみたりしたんだけどね」

「光子…」

二年生の頃クラスは違ったけどこの子とは既に友達だった。それにしたって、その不運な人物が私だって知ってた訳でもないのに実は色々と動いてくれてたなんて。しかも相手は不良さんなのに…その優しさと強さには感極まる思い。

私の周りって二物も三物も与えられすぎだろとか言ってたけど、それに助けられてる自分がいる訳で。…ってあれ、ちょっと待てよ。ならば

それが私の名前だったっていつ知ったの??




「その時にちょっと面白いこと聞いちゃって。ついでに砂羽ちゃんの名前もね」

……………………。

ということは、やはり。

私の名前が、何の取り柄もないしがない女子生徒だった私の名前が。学校で一番恐れられてる人に、そしてそれを取り巻く不良さんたちに。

知られちゃったんですね。
少なくとも一度は話題に上がったということですね。

あ れ ?

私 の 波 乱 は 今 に 始 ま っ た こ と で は な か っ た の か



「先に、何でその時に言わなかったのかっていうのを言い訳させてもらうと」

「はい」

「パニックになるでしょ。ヘタしたら不登校になり兼ねないでしょ」

「仰る通りです」

「真島先輩だって一応中学生だった訳だし、ラブレターを貰ったなんて話が広まるのは恥ずかしくて避けたかったんだと思うの。だから仲の良いごく僅かな人にだけ言ってたみたいで」

「…はぁ」

「そのおかげで噂にはなってなかったみたいでね、そういう意味では相手があの人で良かったんだと思うよ。男子たちも徹底してその話題はタブーにしてたらしいし、うちの学年の間でもそんな話聞くことなかったでしょ」

「…確かに」

まぁ被害を被った私からすると、良かったとは一ミリも思えないけどな。

「でね」

「まだ何かあるの」

「砂羽ちゃんって裏庭でノラ猫のお世話してた?」

……………………。

「…ソラミ」

「え?ソ、ソラミ?」

「私ソラミの話したことあったっけ」

「…やっぱり砂羽ちゃんだったんだ」

「やっぱり…って?」


ソラミ。
うわぁ、懐かしいなぁ。
中一の時にたまたま裏庭で見つけた子猫のことだ。雑種なのに澄んだ青い目をしてて不思議だなぁって思ったのをよく覚えてる。初めて見つけた時、その子の目に映る空の色がすごく綺麗で印象的で。その空をとって″ソラミ″。単純だけどお気に入りの名前だった。

その日から時々裏庭に行ってみるとソラミはいつも同じ場所で日向ぼっこしてて。いつの間にか餌をやりに会いに行くのが日課になってたんだ。


「そのラブレターの最後に書いてあったんだって。″次の月曜日の放課後、裏庭で待ってます″って」

「…え」

月曜日の放課後。
瞬時に悲しい記憶が蘇る。あれは冬になったばかりの寒い日だった。
事故に遭ったんだってすぐに分かった。傷だらけのボロボロな体でなんとか裏庭まで辿り着いたんだろうって。あんな小さな体で。猫のくせにその姿を見せちゃダメじゃんかって思った。だけどそれでも、最期に私に会いに来てくれたのかなって。

ーソラミが死んじゃった日。



「私が偶然話を聞いたのはその月曜日。真島先輩が裏庭に行ったあと、教室に戻ってきた時だったらしくて」

「…裏庭に、その人が?」

「だいぶ行くのを渋ってたみたいだったけど、返事はどうであれ無視するのは可哀想だって、まぁ周りは面白半分だったのかもしれないけどその後押しに負けたみたいで」

「……………………」

「″そのオンナらしきヤツは居た。けど話にはならなかった″って感じに聞こえたかな。周りはどういうことだって詰め寄ってたけど、真島先輩はそこからほとんど黙ってて」

「……………………」

「″そいつ、子猫抱えてすげー泣いてた。だからタオル頭にほん投げて帰ってきた″ってそれだけ言っていきなり教室から出てきたから、ビックリして私も慌ててその場から退散したんだけどね」

「…あー…」

あの時。
突然頭に何かが被さったと思ったら、それはグレーのクシャクシャのハンカチで。混乱してた私は思わず周りを見回したけどそこには誰もいなくて、ただ。

背の高い知らない男子生徒の背中が遠ざかっていくのを見たのは覚えてる。

あの人が、その真島先輩とやらだったなんて。

…って。
なにその少女漫画顔負けのほっこりエピソード!?



「思い出した?っていうかその時のこと覚えてる?」

「…うん」

「すごい偶然だと思わない?二年生の女子全員の中で奇跡的な確率で選ばれた砂羽ちゃんが、待ち合わせ場所の裏庭にたまたま居たなんて!」

「それは…うん、確かに」


私には勿体無い程にドラマチックだな。

っていうかちょっと、いやかなり意外だ。
この間の…えーと確か、秀吉さん。その人にしかり真島先輩にしかり。助けてくれたり泣いてたらハンカチをくれたり、ああいう人たちにもそんな風に優しい一面があるとは。めちゃくちゃ失礼だけどさ。

少しだけ、ほんの少しだけ。
周りの人たちがときめく気持ちが分かったような気が…しないでも、ない。



「その真島先輩、どうやら高校は鳳仙に行ったみたいだよ」

「ほうせん?」

「…まさか知らないの?」

「逆になんで光子さんは知ってるんですか」

「この辺りに住んでれば戸亜留市がどういう街かって嫌でも知るし、その市内の学校のことだって耳に入るよ。おかしいのは私じゃなくて砂羽ちゃんの方です」

「…何でこうも私の周りはそういう情報に長けてるかなぁ…」

っていうか話の流れを考えるとその″鳳仙″って学校は戸亜留市内にあるってことか。あちゃー。

…何であの街に移住しちゃったんだろ。そんなこと言ってもどうしようもないけどさ。


「その鳳仙だけど、なんか凄いところみたい。共学なのに昔っから女子一人も居ないらしいし」

「…そりゃそんなとこ入ろうと思う女の子いないだろうね」

いたらそれは神だ。
でもそれがもし女神だとしたら、いや超絶美少女だとしたらハーレム状態でチヤホヤとかそんな展開は成り立つだろう。…やはり女子は顔だな。



「ま、話は長くなったけど結局私が言いたかったのはね」

「いやなんかあんまり聞きたくないからいいかな、うん」

「…最後くらい言わせてよ」

「わ、分かった!分かったからそんな顔しないでっっ」

ワザトか!?その顔ワザトか!?
まさに文字通りシュンとしちゃって悲しい顔しちゃって。お手上げだよそんな顔できるのってある意味才能だよちくしょぉぉぉお

…翻弄されとる。っていうか手のひらで上手く転がされとる。女って怖い。



「引越し先が戸亜留市って聞いて、私は確信したの」

「…何をですか」

「自分でも薄々感じてるでしょ?」

「あ、やっぱり聞きたくないので前言撤回でお願いしま」「砂羽ちゃんは絶っっ対にああいう人たちと縁があるっ!


『失礼いたします。デザートをお持ち』「いやぁぁぁあそれだけは言わないでぇぇぇええ!!


なりふり構わず断末魔の叫びを上げた私は、店内中の冷たい視線を一斉に浴びることになるのであった。

あははっ出禁バッチコーイ☆


…あっ店員さん!デザート下げないでください!食べます食べますからっ私のほんの些細な至福の時を奪わないでぇぇぇええっっ




気づきたくなかった現実。
言葉にされたことによってズシリとのし掛かってくる私の不幸すぎる運命。

現実と運命って紙一重なんですか。
運命なんて言葉、非現実的だと思いませんか。


…どうでもいいわ。とにかく。

この運命に抗いてぇぇぇぇぇええ!!!






ジーザスクライスト!
(もし真島先輩と再会したらどうする?)
(…ハンカチ投げつけ返す)
(えっダメだよ〜。ずっと持ってたんですって可愛く渡さないと!)
(そんな甘酸っぱい展開いりません)
(でも仮にも好きだったことになってるんだし、ね?)
(面白がるなぁぁぁぁあ!!)


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