例えるなら、砂漠で水を求めるようなもの。
例えるなら、海に投げた指輪を探すようなもの。
私の欲しかったものはもう手の届かないはるか遠くへと消え去った。すぐそこにあったはずの光がいとも簡単に失われてしまったのだ。何が間違っていたのか、それすら今の重い頭では考えることもままならない。
今、行き場のない喪失感を抱え、涙を呑み、地獄の番人の後ろを震える足で一歩一歩と。まだ、まだ私は生きているのだ、と頼りない実感に何とか平常心を保ちながら大地を踏みしめる。
前を悠然と歩くその背中には悪気は微塵たりとも感じられない。私はそれがまた恨めしく、それ以上にこれから待ち受ける恐怖を煽るのであるー…
ああ、ケルベロスに導かれし哀れな無実の人よ。
訳:藤代くんとやらの呼び出しで死亡フラグ
要するにアレですよ、一言で言えば
絶 体 絶 命(私小説書けるんじゃね?)(前置きなげーよ)
〈 TAKUMI SIDE 〉
「さ、先に一つだけよろしいでしょうかっ」
最初から反応が面白いヤツだと思ってたけど、予想以上だった。
屋上に着いてすぐ聞こえてきた声に思わず噴き出しそうになる。その顔を見なくても背中から伝わってくるその焦りと、悶々とした視線。やっとのことで絞り出したらしい声は変に上擦ってやがる。まぁ知らねーヤローからの呼び出しに警戒する気持ちは分からなくもねーけど。
何がそこまでコイツをテンパらせてんだろうか。
「…差し出がましいのは承知の上ですが、どのようなご用件かはさて置き私があなたと関わったという事実の…いや、何故だか理解に苦しみますがあなたが私を知ってるという事実の払拭をお願いいたしたく思います」
「ん?」
オレが軽く笑いながら″何が言いたいんだ?″って顔をすれば、余計に慌てふためいて顔の前で両手をブンブン振る。
「あっ、も、もちろん一度用件をお聞かせいただいてからで構いませんのでっ」
「要は話が済んだら二度と関わるなってコトだろ」
「その通りですっ!…え、ああっいえ!まぁ、えっと…簡単に言うとそうと言いますか…」
「オレあんたにそこまで嫌われるよーなコトした覚えねーんだけどな」
「き、嫌われる!?めめ、滅相もございません!そういうことじゃなくてですねっっ」
とにかくバカ正直なヤツなんだろう。
面と向かって″関わりたくない″なんざ言われたら誰だっていい気はしない。関係性によっちゃそんなのは逆効果だ。敢えて言うくらいなら黙って勝手にそーすりゃいい話だろ、だがコイツはそれすらも考える余裕がないらしい。それ程に必死さが伝わってくる。
図星のハズだってーのに此の期に及んで言い訳しよーとしてるあたり、どうやら怖がられてんのか単にビビりなのか何なのか…まぁとにかく。
コイツ、見てて飽きない。
「お、おおっ、お互いのためです!」
「お互いのため?」
「わ、私も一応ここの生徒なのでっその、藤代くんのことは知ってます。お名前は何度も耳にしてます。そ、そんな方が私などというしがない一般人との関わりを周りに認識されてしまったじゃないですか!ついさっき!それはご迷惑以外の何物でもないと思うんですっていうかご迷惑なんです!だからあなたの為でもあるかとっ」
「よく分かんねーな、オレだって一般人だよ」
「なっなな、何を仰いますか!」
「まぁそれはいいとして。要するにそれによってあんたまで悪目立ちするハメになるのは御免だってコトだろ」
「はいっ勘弁してください!」
「言ったな」
「…へ?ああっ!!」
オレの要約に思いっきり頷いて頭を下げたかと思えば、マズいコト言ったって顔で口をパクパクさせながら後ずさる。
…とことんからかってやりたくなる顔してる。
こうして本人が一番早く済ませたいであろう本題から遠ざからせてるコトを分かってんだろうか。
「と、とにかくっ一体全体どういうご用件なのかは存じあげませんが!他の人には人違いだったということにしておいてください。ま、まぁ私のことなんて聞かれることは無いと分かってますが山川さんにだけはっく、口裏合わせと言いますか…何も関係ないとお伝えをっっ」
「山川?何で?」
「な、何でって…そう言われましても…」
オレが思ったままを口に出すと、信じられないとでも言うように逆にコイツの方から疑問の目を向けられた。
「私は詳しいことはよく知りませんけど、と、とにかくそこのところよろしくお願いしますっ!」
「……………………」
言い切ってまた勢いよく頭を下げる。
どうやら周りに影響されやすいのか信じ込みやすいのか、何か勘違いしてるらしい。ま、コイツがどう思ってようとオレの知ったことじゃねー。わざわざ誤解を解くなんざ面倒なマネもするつもりはない。
確かに本人が言うように、別段目立つワケでも何でもないごく普通のオンナだ。科も違うし花の一件が無ければ知ることはなかったワケであって、何よりオレはただその用件を伝える役目だけ。
しかし、それにしたって随分な言われようだ。
機嫌を損ねないように必死のつもりらしいが、逆に失礼なコト言ってるってーのも…分かってねーんだろうな。しかし拒絶っつーか、恐怖に怯えてるっつーか、その目。
…おもしれーけど、なんか腹立つ。
「あんたが言いたいコトは分かった」
「あっ…ありがとうございますっ」
「とりあえず用件聞いてくれるか」
「は、はい」
オレの一言に分かりやすく安堵したような表情を見せる。そんでまた一度頭を下げた。なぁ、出水さんさ。
″分かった″ってーのは今のところ了承の意味じゃねーよ?
ここからが本題だ。あんたがコッチの用件を聞き入れるかどうかでソレがどっちかに転ぶってコトだぜ。あんたのここまでの様子を見てるとソレは、聞かずもがな分かるんだよ。
「梅星さんって知ってるな?」
「えっ?」
「4月の頭の話。その梅星さんの家の場所を坊主頭の男に尋ねられた、覚えてるだろ?」
「…え、えーと」
「そいつは今、梅星さんの下宿先で世話になってる。元気でやってるよ」
「……………………」
「オレはそいつの同居人でな」
「えっ!?…あ、いやその…」
″梅星さん″の名前を聞いた途端コイツは虚をつかれたような顔してそれからまた一気にテンパり始めた。何を考えてるかはだいたい想像できる。大方知らないフリでもしようとしてるんだろう。
なのにオレが同居人だと言うと、素っ頓狂な声を上げて驚いた。すぐさまそれを否定するかのように素知らぬ態度をとったがもう遅い。どうにもウソが下手らしい。頭を抱えながら″ってことは…あの時の、黒咲に通う一人っていうのは…″とか何とかブツブツ言ってやがる。と思えばハッとしてこっちを見て、その場から勢いよく数歩後ずさった。
…フッ、分かりやすいヤツ。
「ひ、人違いです!」
「人違い?」
「私何も知りませんっ!」
「なら何でそんなに焦ってるんだ?」
「あ、ああっ焦ってません!」
「声裏返ってるぜ」
「き、聞き苦しいものをお聞かせしてしまい申し訳ありませんっ」
「謝るのはオレにじゃねーよ」
「は…はい?」
「そいつ、月島花ってんだ。一度あんたに会ってそん時のコトちゃんと謝りたいって言っててな。オレはそれを伝えるためにあんたを呼んだんだ」
「……………………」
「だったら真っ向からツラ見せろって思うかもしんねーが、色々事情があってな。ソレはオレが止めた」
「……………………」
「だからさ、改めて一度会ってやってくんねーか」
しらばっくれようとしてたコイツだったが、花の伝言を伝えると何を思ったか俯いて黙りこくる。しかし今度は何かを振り切るように勢いよく首を横に何度も振った。つくづくオーバーリアクションだな…
それからゆっくりとコッチに顔を向けたときの表情を見れば、答えは瞬時に分かった。
「…お断りします」
「そう言うと思ったよ」
「…す、すみません」
「けど、オレも一度そいつに協力してやるって言ったんだ。ああそうですかって簡単に引き下がるワケにはいかねーんだよ」
「…そう言われても私は…そ、その人に会う気はありません」
「理由を聞かせてくれないか」
「……………………」
目を逸らしてまたもや黙りやがった。
けど実際は理由なんざ聞かずもがな分かるさ。
少なからずオレとの関わりをこの場で断ち切れなくなっちまうからってコト、それからおそらくマサやんから何か聞いてんだろうが花もオレも同じ部類で厄介なヤローだと認識されてるからだってコト。オレらみてーなヤローは毛嫌いされてるらしいな、まぁそれは元々コイツに限ったコトじゃねーし今に始まったコトじゃねー。だから別に驚きも腹立ちもしねーよ。
ただ、なら何で。
何で中途半端にカッコつけるよーなマネしたんだよ。
花から聞いてんだ。
偶然にも蓮次の兄貴がチンピラに絡まれてたトコに乱入して助けてやったって話、何でもコイツが最初に騒ぎに気づいて一緒になって向かってったらしい。
あんたが嫌なのはそーいうコトだろ。喧嘩ばっかの野蛮なヤローが嫌だってコトだろーが。
嫌なら見て見ぬフリすりゃ良かったじゃねーか。嫌ならその場でチンピラを全員伸した花の道案内なんざ引き受けなきゃ良かったじゃねーか。
言ってるコトとやってるコトが矛盾してんだよ。
「…一つ、聞いてもいいでしょうか」
「…………………」
「…あ、あの」
「いいよ何だよ」
「は、はいっすみませんっ」
ガラにもなく、オレは苛立ってる。
コイツの行動とは矛盾したその態度に。
「わ、私が言うのもなんですけど…たまたまあの時居合わせただけで友達でも知り合いでも何でもないじゃないですか。私も最後キツいことを言ってしまったと反省はしました。けど…だからって改めて謝りたいと言われても、そこまでしてもらう必要はない…と思うんです」
「……………………」
「…い、今さら話を大きくする必要がないと言うか…どうしてわざわざそこまで…してくれるのかと言いますか、その…」
「なら、あんたは何でわざわざ花の道案内を買って出たんだ?」
「…え?」
おいおい、あんたがそう言うか?
友達でも知り合いでもない、それでいて関わりたくねーハズの部類のヤローに自ら恩を売ったあんたが。
その言葉、そっくりそのまま返してやるさ。
「あの時は、その…正直に言えば知らん振りしたいって思いました。梅星さんは…なんて言うか、怖いし。私自身そんなにお話したことないし。その人を連れてった時にもし会っちゃったらどうしようって…」
「……………………」
「でも、何でって言われるとよく分かりませんけど…案内するって言ったら、私なんかのこといいヤツって言ってくれて。それが嬉しくてっ…その、むしろその人の方が比べものにならないくらい何倍もいい人だって思って…」
「それと同じだろ」
「…へ?」
ワケわかんねーな。
たどたどしく話すコイツはやっぱり矛盾してやがる。困ってるヤツを放っとけないなんざよく言ったモンだが、いっちょ前に正義感振りかざしてんなよ。オレに呼び出されただけでビビってるヤツがするコトじゃねーだろ。
いいヤツだと思ったから、それが理由。
それすらハッキリ言えねーほど自覚のねー行動だったのか単にビビって言葉がまとまんねーのかは知らねーが。
…その感覚だけは、悪くねーときたか。
「花もあんたのコトいいヤツだって思ったから簡単に片付けらんねーんだろ。知らねーヤツだからってどーでもいいとは思えねーんだよ、きっとな」
「…私は…そ、そんないいヤツじゃないです。わざわざ誠意を見せてくれてるのに、それを拒否するようなヤツです」
「そう言われても、それはオレが決めるコトじゃねーよ」
「ど、どーでもいいヤツなんです!何と言うかこう…そこのところ上手くお伝えいただけないでしょうかっ」
「いや、あんたが会わないって言うならおそらく花の方から会いに来るぜ。オレが止めよーとな。あいつはオレが知る限り義理堅いヤツだからよ」
「…何とか、ならないんでしょうか」
どーでもいい。ああ、そうだ。
オレにとっちゃコイツはどーでもいいヤツだ。
頑なに拒否するその姿勢も頑固さも、それなのに怖がってんのか震えながら何とかオレの目を見てるそのビビり具合も。矛盾だらけじゃねーか。
どーでもいいってーより、腹が立つって言葉の方がしっくりくる。
「花の強さは知ってるな?」
「…強さ?」
「黒工の人間も決して大人しいヤツらじゃない。既に花の名前は街中に広まってるんだ。…無駄な衝突は避けたいトコなんだがな」
「…も、もしそうなったら…私のせいってことですか」
「まぁそうは言ってねーよ。ひとまず出来る限りは止めるつもりだし、何よりあんたが頷いてくれりゃそれで話は済むんだ」
「……………………」
「これこそお互いのため、だと思わねーか」
困ったようにオレの顔をしばらく見つめるコイツの目には、うっすら涙が浮かんでるように見えた。諦めか悔しさか悲嘆か。コイツの表情からはそんなものが伺えたような気がする。″何で私がこんな目に遭わなければいけないんだろう″まもなくそんな声が聞こえてきそうだった。
それが錯覚だったのかどうか、確認する間もなく勢いよく顔を背けられちまう。
…何だこの感じ。ツンとするような胸のあたりに何かが突っかかる感覚。
「…なら、その月島くんに伝えてください」
涙を堪えてんのか、自分を落ち着かせるように小さくため息をついてそれから。ゆっくりと顔を上げたコイツの表情は、何一つ変わってなかった。
「″理由を聞かずに一方的に酷いことを言ってすみませんでした。私は怒ってませんし、もう忘れてください。″って」
変わってねーハズのにさっきまでのたどたどしさは無くて、妙に静かで落ち着きのある声でそう言う。冷静を装って、強がって。けどいまだに震えてやがる。
「それから、″色々とありがとうございました″って」
「……………………」
コイツはオレがブチ切れて怒鳴り散らすとでも思ってんのか?言うこと聞かねーからって脅すとでも思ってんのか?…確かにさっきのはちょっとばかし脅しに近かったかもしんねーけどさ。
何をそんなに怖がってんだよ。
どこに泣く必要が、そんな顔する必要があるってんだよ。
…ああ、そうか。
この胸の突っかかりが何なのか今分かったような気がした。
「…わ、私はこれで失礼しますっ」
コイツの矛盾と拒絶するようなその目が、コイツのコトが、オレは嫌いだ。
そんな目で見んじゃねーよ。
(中途半端にいいヤツやってんなよ)
(怖がるのか強がるのかどっちかにしろ)
(引き下がる気が、失せる)
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