どういう訳か、災難は重なるものである。
悪いことが起こると小さな良いことはすぐに忘れてしまうものだ。それは都合のいい考えのような気がして、″なーんか良いことないかなぁ″なんて言葉はあんまり好きじゃない。でも今は言いたい。っていうか言わせて。いや、そもそも全部
あ の 電 話 の せ い だ
ガタンゴトン…
意味不明な間違い電話を切ってすぐ、タイミング良く電車が来たことに些細な喜びを感じていたのもつかの間。
くっそぉぉお…!
あの電話がなきゃあの電話に出なきゃ。さっきの急行に乗れたのに急行に乗れてたら無駄に疲れるハメになることもこんな最悪の偶然に泣きたくなる思いをすることもなかったというのに。
ーどうしてこうも不運なんだろうか。
ここで通学あるあるを一つ。
高校に入ってこの線を使うようになって、そりゃあ朝はだいたい同じ時間の電車に乗るじゃない。そうするとそこには″この人よく見るなぁ″って顔も増えてくる。学生同士それが出会いのきっかけとなって恋に発展したなんて話も昔どこかで聞いた。しかしそんな甘酸っぱい青春ストーリーではない。っていうかほんとにあるのそんなこと?いやいやドラマとか漫画の世界でしょ、だって悲しいことにそれが私の場合
小太りのサラリーマンのおじさん。(これぞ現実あるある)
別にこのおじさんに文句はないし毎日お勤めご苦労様ですって感じなんだけど。 け ど ! 自意識過剰なことは言いたくないがいつからだろう、あまり好ましくない視線を感じるというか妙に距離が近いというか。そして今はご存知の通り朝ではない。帰りの時間なんてそれぞれだしいつも同じって訳でもないのにまさかの、乗 っ た ら そ こ に 居 た ん だ よ 。
パッと目が合って、″あっ″て顔されたんだよ。なんだよその顔。さすがにゾッとしたよいくら卑屈な私だってあからさま過ぎてさ。そんでもって今まさに、何故か、座席の一番端っこにある鉄の手すりを掴んで立ってる私の後ろに何故か
ピッタリくっ付いてるレベルの距離感でそこにいらっしゃる。確かに混んでるから周りから見れば違和感はないが、私には大アリだ。
近すぎる息が荒い気持ち悪い勘弁して
なんて感情が渦巻く。だが、しかし。
一つため息をついてぼんやりと考える。
そう、私はごく普通の何の取り柄もない見た目だがそれのせいか気弱に見えるようで。今までも何度か痴漢に遭ったことはある。(今回もおそらく時間の問題だ)
そしてなんとも情けないがご察しの通り、気弱なのである。
その汚いねぇ手をどけろぉぉお!などとカッコよく関節技をキメられる訳もなく、「はーいこの人痴漢でーす」と手を掴んで余裕の笑みで公開処刑できる訳もなく、正義感たっぷり度胸たっぷりでも喧嘩最強でも何でもなく。声こそ上げられません。ただ、逃げます。過去逃げてきました。ひょいひょいっと。ひょひょいのひょいっとね。
うん、ただ違う車両に移動するだけですよ悪かったな。
「………!!」
私が降りる駅まではあと4つくらいある。 おじさんがいつ降りるのかは知らないが、この行動を考えてもやすやすと自分の最寄駅を知られるのも気味が悪い。さっさと逃げる作戦(まんまだな)を遂行しようと思っていた矢先。
ぬぉぉぉぉおお手がっ手がぁぁぁあっっ
太もも!おお、恐れ多くもっこれでも一応JKである女の子の太ももっっな、なな、生足をーーーーーっ!!
恐怖というより苛立ち。頭の中では振り返って思いっきりビンタを食らわす光景を思い描いてみる。が、 無 理 (それができたら苦労せんわ)
…逃げる以外に道はない!!!
「おい」
ぎゃあぁぁあ今度はなに!?
間違い電話の男の人に引けを取らないドスの効いた声が…!って痴漢のあとはチンピラ!?もう今日私このまま最終的に死ぬんじゃ……
…って、あれ?
『な、何だアンタは…!?』
「心当たりあんだろ。次の駅で降りろ」
『…は?い、一体何のことをー」
「聞こえねーのか」
『ぐっ……!!』
え?
ちょっと。え?なに?どういうこと?
私がその場を離れようとした瞬間、後ろからさっきのドスの効いた声が聞こえてきて。てっきり自分に言われたものだと思って震えながらも身構えたのに、どうやら違ったらしい。
思わず振り返るとそこには思いも寄らぬ光景があった。
顔を真っ青にして口をパクパクさせてるおじさんと、その人の胸倉を掴んでとてつもなく冷徹な目で見下ろす…背の高い男の人。いや、えっ
こーーーーーーわ。
そしてまもなく、周りが何事かと騒ついてる中。次の駅に到着したらしい電車が止まる。チラチラとその様子を振り返りながら降りる人は降りて行き…その流れに続くようにして乱暴におじさんのシャツを掴んだままドアの方へ向かう怖すぎる人。
私は何が何だか分からないまま呆然と立ち尽くすことしかできず。横目に、向こう側から勢いよく人を押し退けるようにしてドアの外へ出て行く男の人が見えた。まるでその彼を追いかけるようにしてー…
「おい!秀吉!」
そう叫ぶ声が聞こえた。
プルルルルル…
『1番線、ドアが閉まりますー』
いやちょっと待ったぁぁぁあ
今やっっっと状況を理解した。失礼ながら怖すぎてそれどころじゃなかったけどおじさんの気持ち悪さなんてどこかに吹っ飛んでしまってたけど!要するにさっきのは
助けてくれたんだよね!?
「ちょ、ちょっとすみません!すみませんっ」
ドアが閉まる寸前に人を押し退けて出ようとするなんて普段じゃ絶対にやらない。居眠りしてたとしても自業自得だしやらない。でも今は迷惑そうな顔を向けられるのも気にしてる場合じゃない。だってとにかく
「すみません!待ってください!」
「…ん?」
「お?おい、なんかー」
一言おれっガッシャン。ヒューン…
あれれれれれれれ
しまっ…閉まっちゃったぁぁぁあ!!!
私の必死の行動も虚しく電車はそのまま平常運転。ホームにて珍妙なものを見るかのような目でこちらを見ていた彼ら(と肩をガックリ落としたおじさん)が遠ざかっていくのを私はドアに張り付いたまんま見送る。こ、こんなハズじゃ…これじゃただ
恥を晒しただけじゃないかぁぁぁあ
こちら電車内、背中に突き刺さるような視線とクスクス笑う声。振り返るのが怖い。こういうとき何事もなかったかのように振る舞える鉄のハートが欲しい。…でもね、それより何より
「ぶっ!ハハハハハッ!!な、何だよあいつ!?」
「クックックッ…知らねーよ、お前に用でもあったんじゃねーの」
「へ?オレあんなヤツ知らねーぞ?」
『…あの』
「あ?」
『…いやっ!き、きっとお礼が言いたかったんじゃ、ないかと…』
「礼?」
『ぼ、僕が言うのも難ですけど…その、あ、あなたが僕から助けたのは、あの子ですから…ハハッ』
「……………………」
『……ハハッ』
「あーそうか、なるほどな。ハッハッハッハ」
『…ハハハッハハッ』
「じゃねーよ」バコッ
『あつっ!…す、すいません!』
「でよ、秀吉」
「ん?」
「そのおっさん誰だ?」
「………………………」
思いっきり笑われてました☆
徐々にホームから離れていく中、声こそ聞こえなかったけどお腹を抱えて爆笑してる姿だけはバッチリ確認しました。ご丁寧にこちらに指までさして。まぁ当然だ。みなさん、駆け込み下車は大変危険です。良い子はマネしないように。
しかしお礼一つも爽やかに言わせてくれないのね、神様ってなんてイジワルなんでしょう。
…ああ、私って可哀想。(誰も慰めてなんかくれないって分かってる)
ぶつけた鼻が痛むから、それください。
(「大丈夫?」の一言)
(だけどほんの少しだけ身分不相応なような)
(私でも誰かに助けられたりするんだって)
(あの一瞬だけ、か弱い女の子になれたんだろうか)
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