「ホットコーヒー二つで」
『かしこまりました』
平岡さんに促されて入ったのは、ビルの二階にある少し広めの喫茶店だった。時間帯のせいかお客さんはまばらだけどガラス張りで小綺麗な店内だ。
注文を受けた店員さんが去っていくのを見送って、様子を伺うようにこちらをチラリと見る平岡さん。そして一瞬目が合う。
…うぅ、なんだか気を遣わせてしまってる気がする。
何となくだけどこの人は人の表情を読み取るのが得意そうだし。私はこんな時でも気丈に振る舞えるほど大人じゃないし。でもダメだ、申し訳ないから何か話さなきゃっっ
「あの」
「あのっ」
まさかの、ハ モ っ ち ゃ っ た 。
「ど、どうぞっ」
「いえ、お嬢からどうぞお先に」
「…………………」
「…………………」
「あ、あの…この喫茶店は…えーと、よく来られるんですか?」
「え?ああ、そうですね。たまに」
「そ、そうなんですか。綺麗なお店ですね…あははっ」
…なんだこの初々しい雰囲気は。あ、私だけな(お見合いってこんな感じなのかな)
〈 KUROSAWA SIDE 〉
…何なんだありゃ。
俺は今、駅近の茶店に来てる。
昼に起きてゲーセン行って適当に格ゲーやって、そろそろ帰るかと思ったときにタイミング悪くコイツに出くわした。
「あ、ミカミカ?グリグリばい!今なんばしよっと?浮気なんかしちょらんばいね?」
電話片手にデレデレと鼻の下伸ばしてるこのアホは、夜から呑気にデートだと。本来なら夕方から会う予定がオンナのバイトが延びたとかで中途半端に時間が空いたらしく、″暇だから茶でも奢れ″と抜かしやがった。
言い出したヤツが奢るモンだろ、フツー。
んなコトを軽く言い合ってるうちに駅に着いちまって、とりあえず入ることになったってワケだ。
「なんね〜?もうグリグリに会いたいと?昨日散々あげなこつそげなこつしたとに!え?そりゃグリグリも会いたか、毎日でも会えるモンなら会いたか!」
…どーやら今日の相手と電話先のオンナはちげーらしーな。全くもってどーでもいいコトだが。
タバコをふかしながら、窓際のとある席に目がいく。さっき店に入ってきた時は反対側の禁煙席に座ったよーな気がしたが、少しして何故か移動してきた二人組がそこに居た。
他の客のコトなんざ普段気にしちゃいねーが、そいつらはどうも妙だった。
なにが妙って言やァそれは
「クロサー、さっきから何難しかぁ顔しとると?」
「…あ?終わったのか、電話」
「おお。いや〜ミカミカはちぃとヤキモチが過ぎるばってん、そげなとこも可愛かオナゴちゃね〜。愛され過ぎるっちゅーのも辛かこつやねぇ」
「…………………」
相変わらず話になんねーヤローだ。
「で、なんね?何か面白かモンでもあるとね?あっもしやオナゴか!?」
「…オメー少しは黙ってられねーのか」
無駄な投げかけだと思いつつもため息まじりにそう言うと、それを聞きもせずにずいっとテーブルから身を乗り出しやがるコイツ。そんで横にある観葉植物を手で避けながら俺がさっき見てた方を覗き込む。
どうせロクでもねーコト考えてんだろーが、しばらくそのままの体勢で何やらブツブツ言ってやがる。つーか邪魔だよオメー…
「………ん〜」
やっと座り直したと思ったら今度はコイツが難しい顔して何かを考え込み出した。俺はそれに興味がねーどころか、いちいち聞く気にもならねー。
「わしの統計からいくと、ああいう子の友達は可愛か子が多いっちゅー可能性が高か!紹介ば頼んだら大いに期待できるばい!」
ドヤ顔で言ってんじゃねぇ、アホ。
「何の話してんだ」
「そーゆうこつやなかと?それともアレか、クロサーひょっとしてああいう可もなく不可もなしっち子がタイプか?」
…コイツいつかオンナに刺されて死ぬな。間違いなく。
俺とグリコが興味を示した方向性は真逆に近いが人物は確かに同じだ。…いや俺は少しちげー、その二人の組み合わせに疑問を持ったんだ。
「そーいうコトじゃねーだろ」
「ならどげんこつやね?」
「男の方はどー見てもヤクザだろーが。おかしな組み合わせだと思わねーのか?」
「なっ…!ク、クロサー!キサン…」
「…何だよ?」
「そげなしかたもなかこつ考えとったと!?呆れたばい!そげなこつどーでもよかっち思わんと!?考えたとこでしょんないやろーが!」
「…確かにどーでもいいコトではあるがな、オメーのせいでするコトもねー茶店なんかに入っちまったモンでまぁ暇だったんでな」
「キサンは相変わらずつまらん男ばいね…」
「ほっとけ」
可哀想なモノ見るよーな目で見られてんのが無性に腹立つが、グリコの言う通りではある。
…ま、人間観察しかするコトねーほど暇ってコトだわな。茶店なんざ漫画か雑誌がねーとそんなモンだ。グリコとは別にベラベラ話すよーな仲じゃねーし、無駄に疲れるしよ。
しかしアイツはー…
どー見たってヤクザのオッサンと出歩くよーなヤツにはとても思えねー。俺らよりちょい下くれぇのどこにでも居るよーなオンナだ。
最初は、どっかで騙されてやべー店の面接に連れて来らたのか?とかそーいう関係性を予想した。漫画でしか見たコトねーが実際もそんなような犯罪は腐るほどあんだろーしな。
けど、それはちげーと思った。
互いに妙に腰が低い。まさか出会い系で知り合って今日初めて顔合わせしたとかじゃねーよな…いや、まさかな。オッサンの方はやっぱどー見たってカタギじゃねー。
「なぁクロサー、わしあの子に声掛けたらあんオッサンにくらされっかね?絶対上玉の友達おるとよ〜〜わしのスケベセンサーがそう言うちょる!」
「…いくらヤー公とは言えオメーがやられるってーのはねーだろうな。けど逆にオメーがあのオッサンやってみ、相手が相手だ。後々面倒ごとになるのは目に見えてんだろーが」
「いや〜しょんないばってん、あげな組織っちゅーんはほんなこつしまえとーモンばい」
って言って大袈裟に肩を落とすグリコ。
コイツはオンナ以外に考えるコトねーのか?
「もしもし?おお、サユサユ?グリグリばい!昨日のおやすみメール無視したとね〜?わし寂しかーてなかなか眠れんかったとよ!?」
…ねーんだろうな。
ションベンたれてるガキでも分かるよーな愚問だったわ。
コイツはもう無視に限るな、と小さくため息をつく。そこで俺が何気なく視線を戻すと。
「…!…アイツら…」
見知った顔と予想外の人物と、なかなか興味深い光景がそこにはあった。
「…おいおい、またなんつータイミングだよ」
〈 SAWA SIDE 〉
ここのお店、ケーキが美味しい!
ということで今私はデザートを堪能中。
そんなつもりは無かったんだけど平岡さんがグイグイ勧めてくるからさ。(人のせい)
きっと私の様子を見て、元気づけようとしてくれたんだと思う。そのご厚意は素直に受け取るべきじゃないですか、うん。
私が喜ぶと平岡さんも安心したのか、一緒にメニューを覗き込んで″オレもショートケーキとか実は好きでして″とか言ってくるモンだから。
可愛くてビックリだよ。(私はそちらの世界の人たちを少々誤解してるんだろーか)
「よー、久しぶりだな。鎌田」
そんなこんなで少しほっこりしつつも、実は木製のパーテーションを挟んで後ろの席の人たちのゲラゲラ笑う声が気になっていた。いつから居たのか分からないけどかなり騒がしくて、恐らく周りのお客さんにも迷惑なレベルだ。それがどんな人たちかって、わざわざ見なくても何となくは分かる。
時々平岡さんもチラチラと私の後方を見てたけど、あんまり気にしないようにしてるみたいだ。
…うん、気にしなくていいですからね。
平岡さんは平岡さんで怖いから。もし知らない人だったらどう比べたって後ろにいる人たちよりも怖いから!ヘタに動いて目立たれても困る。
『…は、原田!』
この声を皮切りに、騒がしい声は途端に止んだ。な、なんか。何だろうこの…妙な静けさは。ピリピリとした空気が背中に伝わってくるような。
嫌 な 予 感 し か し な い ぞ ?
「まさかこんなトコで会うと思ってなかったぜ。ウチに再入学でもするつもりか?」
『ああ?!誰が!あんまナメんじゃねーぞテメェ!』
「フッ、誰もナメちゃいねーよ。偶然鉢合わせた旧友へのただの挨拶だろーが」
『オメーにはな、原田…一度は負けたが二度目はねー』
「へぇ、それはそれは…楽しみにしてるぜ?」
『…余裕ぶっこいてられんのも今のうちだからよ、寝首かかれねーようにせいぜい気をつけるんだな』
「…それはコッチのセリフだろーが。まさかテメェみてーな半端ヤローに言われるとはな」
『何だとこのヤロォ!?』
その大きな声と同時にダンッ!と拳でテーブルを叩くような音がする。背中に乱暴な振動が伝わってきて、後ろの人たちが勢いよく立ち上がったのが分かった。
…何故にどうして。
どうしてこういう場面に出くわしてしまうんでしょうかね???
思わずチラッと後ろを見ると、やはりソファから立ち上がってる数人と、テーブル手前に黒髪リーゼントの男の人とその奥に一人。
に、睨み合ってる!思いっきり睨み合ってるよ…!!
まさにアレだ
一 触 即 発 だ
「おいガキども、待てコラ」
…………………。
え!?
『あぁ?何だテメェ?』
「いいから落ち着け、関係ねー客に迷惑かけてんのが分かんねーのか」
『アンタにどーこー言われる筋合いねーだろーが!おぉ?!』
「ならココでドンパチ始めてみろ、すぐマル暴呼ばれて終いだぞ」
「…………………」
ひ、ひ、ひひっ平岡さん…!!!
私はこの場で一人異常にテンパっている。テンパり過ぎて平岡さんがそこに居ることを認めたくなくて、彼が座ってたはずの席と今そこで立ってる本人を何度も繰り返し交互に見て、右肘左肘…ああ何で…どうして…
ど う し て 介 入 し ち ゃ っ た ん で す か
何で睨み合ってる二人の間に割って入っちゃってるんですか!?
元々テーブル席にいた人たちは平岡さんに食ってかかるように詰め寄るが、リーゼント頭の男の人はそこを動くことなく静かにその様子を見つめていた。
当の本人はと言うと全く引く様子もなく…そりゃあ当然だ、あなたたちと違ってこの人はただの不良さんじゃないんですよ、ねぇ頼むから
も う や め て く れ(心臓がいくつあっても足りない)
「ココは引いといた方がいいんじゃねーか、なぁ鎌田」
「…オマエ」
『くっ…黒澤?!』
「…何でココにいんだよ?」
「ココはただの茶店だぜ?いちゃわりーかよ」
「フッ、オメーがいるってことは…」
「ああ、相も変わらずアッチでオンナとお電話中だ」
もう、もうダメだ…疲れた…なにこの
不 良 さ ん オ ン パ レ ー ド(平岡さん率いる、いや率いてないけど)
誰なのよそこのバンダナさんは…なんで現れたのよなんで増えたのよ…ああもう無理、特殊能力が欲しいテレポートしたい今はあのとんでもないお家でも天国に思えるきっと
『あの…も、申し訳ございませんが、他のお客様のご迷惑となりますので、その…』
店 員 さ ん の 勇 気 ! ! !
だけどゴメンナサイ、正直に言うともう遅いですもっと早く来て欲しかったです来たところでじゃあカイサーンとはならなかっただろーけど無力な私よりはマシだったはずだ、うん、だから
もう終わらせてくれぇぇぇぇえええ
「こちらこそすんません、コイツらはもう帰しますんで」
『おいオッサン!テメェ何様のつもりだコラ?!』
そんなテンパりの中で私は見た。
この後に及んでまだ突っかかってこようとする″鎌田″と呼ばれた人を平岡さんは静かにゆっくりと一瞥して。
「…何か言ったか小僧」
『…ウッ?!』
呟くように言ったそれは今まで聞いたこともない、あまりにも低く重い声で。その時の表情は言い表せないような凄みと気迫を持っていて、私は思わず身震いした。
ああ、これがその世界の人なんだ。って頭の隅でどこか冷静に思いながら。なんで私はそんな人に謙られる立場にいながらこんなに情けないんだろう、って胸がギュッと締め付けられるような感覚を味わった。
…いやしかし、怖いわ。怖すぎる。
さっきまでケーキの話して笑ってた人と同一人物とはとても思えない。というか違う人でしょ。ねぇ平岡さん、お願いだから戻ってきてくれ
『きょ、今日のトコは引いてやるわ…次会った時は容赦しねーからな』
居心地悪そうにボソボソと言うこの人。まだ諦めていない様子で闘志を燃やした目をしているようには見える。
だけどさっき平岡さんの怒りの矛先を向けられた彼は憔悴しきってるようだ。今にも腰を抜かしそうな感じだったもんね…少し同情したい気持ちになる。…しないけど。この中で一番荒い人な気がするし、何より今の私にそんな余裕などない。
「望むところだ」
「…フッ、負け犬の遠吠えか」
『ああ?!テメッ』「………………」『…お、おい!行くぞっ!』
…やっぱり荒いなぁ。
しかもまた挑発に乗ったせいで平岡さんに睨まれて狼狽えてる。
挑発する方もする方だと思うけど。
っていうかこの黒髪リーゼントさんとバンダナさん、もしかしなくても。
「ハッハッハ、じゃーな!」
『今日のコト…後悔させてやるからよ!楽しみに待っとけよクソどもが!』
「…ハッ、どの口が」
この人のことおちょくって楽しんでないか。
『…そこのオッサンもな!お、覚えとけよ!!』
「まだ懲りねーのかコラ」
『いっ…行くぞ!ホラ早く出ろテメェら!』
平岡さんの言う通りだ。
そんだけ怖がってるのにも関わらずまだ虚勢を張るなんて…でもやっぱり不良さんは弱いところを見せる訳にはいかないし、そうであってナンボなのかなぁ。
…あれ?
私、そこんとこ少し見習った方がいいんじゃ??
〈 KUROSAWA SIDE 〉
「お嬢!お怪我はされてませんか?」
ただのオッサンじゃねーだけあるなと思った。
あの気迫はさすがに、鎌田のタコじゃなくても誰でもビビってたろーよ。これは俺の勘だがおそらくこのオッサンは…殺ったコトがあるだろう。何かそーいう、俺らが入り込んじゃいけねー領域を知ってるよーな目ぇしてた気がすんだ。
…しかしスゲーな、この変わりようは。
鎌田が逃げるようにして店を出てったあと、すぐに元いた席に駆け寄ってったオッサン。
オンナが小さく頷いて苦笑いしながら何かモゴモゴ言えば、″すんません″と頭を下げる始末だ。
この態度を見りゃ、俺の想像はすべて外れてたんだってーのが瞬時に分かった。オッサンとオンナは対等の立場どころかデカく差があるらしい。
しかしこの組み合わせでソレだ。
奇妙と言や奇妙だし面白くねーワケがない。
…興味はあるな、多少。
「…じゃーな黒澤、俺は行くからよ」
「茶飲みに来たんじゃねーのか」
「あのタコのせいで気分がわりーんだよ、こーいう時は帰って寝るのが一番だ」
「そーかよ」
「グリコに言っとけ、ビョーキには気ぃつけろってな」
出口に向かって歩きざまそう言って、原田はふと立ち止まった。そんで顔だけ振り返って目を向けた先はオッサンとオンナの席。
まぁそりゃ気にはなるわな…
「ケーキ食べてないじゃないですか、お口に合いませんでしたか?」
「あっ、あんな状況で私だけ呑気に食べてられる訳ないじゃないですか…!」
「…すんません、心配かけるつもりは無かったんですが」
「えっ!?あのっ…いえ!こちらこそすみません!生意気なこと言ってっ」
原田が何を思ったのか知ったこっちゃねーが、ほんの数秒、一見どーでもいいやり取りを見てからアイツはそのまま黙って店を後にした。
それを何となく見送ってからオレも自分のいた席に戻るために歩き出す。
しかしこのオンナもオンナだ。
こんなオッサン連れて歩いてんだ、ああいう状況なんざ慣れたモンじゃねーのかよ。
さっきオッサンが原田と鎌田の間に入ってった時。この世の終わりかのよーなスゲー顔して、ネズミみてーにちょこまか動いたりキョロキョロしたり。まぁ要はパニック状態だったんだろう。
…よく分かんねーな。
俺は原田と同じように、立ち止まって後ろを振り返ってみた。するとタバコを吸い出したオッサンの前でフォークをケーキに突き刺して…あ?何だ、こっち見た。
ーオンナと目が合った。
その瞬間、肩をビクッとさせて思いっきり顔を背けてきやがる。
おもむろにケーキを食べ始めたが切った部分がデカすぎたのか口に運ぶ前にボロっと落とす。慌てる。テーブルを拭く。まだ慌てる。やっと食う。目が合ったコトにビビってんのか食べる速さが尋常じゃねー。…いや、テンパり過ぎだろ。
どーやらアホらしいな
…つーか、一気に口に詰め込みすぎだっての。(咳き込んでやがる。ああなると思ったわ)
ネズミっつーかハムスター
(あっ!どーやったと?番号ゲットできたと?)
(ああ、あれはハムスターだったな)
(…は?ひょっとしてあのオッサンにくらされたんか?)
(あのオッサンもオメーにやすやすとやられるよーなタマじゃねーぞ)
(ク、クロサー…わしが聞きとーはそげなこつやない!番号ぉぉぉぉおお!)
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