ニューお試し部屋 | ナノ


その少年、ひとりぼっちにつき




「って言っても隊長ぉ、やっぱり任務中は面倒見るのは無理っすよ」

先ほどは啖呵を切ったハーレムだったが、やはりその点は気になっていたようだ。
ロッドの言葉にしばしの間考え込んだ。
やがて、

「よし、マーカー。お前確か弟子がいたよな? そいつに任せる」

そう言ってマーカーを指差した。
マーカーは驚いた。自分の弟子に任せる? あの根暗な弟子に?

「……わかりました。連絡を取ってすぐにこさせます。ですが、あまり期待はしないほうがよろしいかと」

通信室へ向かったマーカーは、しばらくすると苦虫を噛み潰したような顔をして帰ってきた。

「断られたので私が馬鹿弟子を連れてきます。少しお待ちください」

数時間待つと、マーカーは縄でぐるぐる巻きにされた人間を担いで帰ってきた。
バタバタと動くそれを床に落とし縄を解くと、京訛りのある若い男がわめきだした。

「お師匠はん! いきなりなんですのん! わては行かないって言ったはずどすえ?!」

「お前に拒否権はない。我々が任務に行っている間、ナマエ様のお守りをしろ」

ハーレムからアラシヤマヘ、ナマエが手渡される。

「ちなみに、ナマエが怪我でもしたら……お仕置きだかんナ」

「理不尽すぎや!」

じゃ、俺らは任務に行ってくっから。
と飛空挺を後にするハーレムたちの背中に叫ぶも、虚しく響くだけだった。

「……はぁ。何が悲しゅうてこんな赤ん坊の世話なんか」

ため息をついてソファに座ると、赤ん坊がへらへらと笑っているのがいやに目に付いた。

(人の気も知らんで呑気なもんやわ)

取り敢えず、物が散乱して赤ん坊が生活するには危険なこの艇内の掃除でも始めよう。
赤ん坊はソファに寝かせておけばいいだろう。
そう思ってアラシヤマは早速掃除に取り掛かった。元来几帳面な性格の彼は、やるのなら徹底的にやってやる! と闘志を燃やしていた。


「ふぅ。だいぶ綺麗に……って、ちょおおお!!」

少ししてからソファにいるはずの赤ん坊へ視線をやると、ソファから身をかなり乗り出していた。その下の床にはビール瓶になにやらよくわからない刃物やらで危険きわまりなかった。あわや落ちるかと思われたところを、アラシヤマは間一髪で抱き上げた。
子供から目を離してはいけないという故郷のじい様の言葉を思い出したアラシヤマは、自分の背中に紐で赤ん坊をくくりつけた。

「ふぅ。やーっと綺麗になってきはった」

しばらく掃除に没頭していたアラシヤマが辺りを見回すと、ビール瓶が転がっていた床はピカピカに磨かれ、汚い食器が山積みだったテーブルとシンクは見違える様に綺麗になった。
時計を見るとお昼時だったので、アラシヤマは昼食の用意を始めた。料理は師匠のマーカーにだいぶ仕込まれたので、かなり得意だ。
匂いを嗅ぎつけたのか、先ほどまで寝ていたナマエも起きて活発になりだした。もぞもぞと背中で動くナマエに、そういえば赤ん坊は何を食べるのだろうかと頭を悩ませること数分。これなら食べられるだろうと、アラシヤマはすりおろしたリンゴをあげることにした。

「美味しいどすか」

「あーうー」

スプーンでリンゴをあげるとき、親鳥はこんな気分なのかと思った。口を開けて自分がリンゴをあげるのを待ち、一心にこちらを見てくる姿は庇護欲を煽られる。赤ん坊というものは恐ろしい。
子供というのは見ていて飽きないもので、何かに興味を示したと思ったらすぐに別の何かに興味が移り、起きていたかと思えば寝ている。自分も昔はこんな風だったのだろうか。
自分にもこうして誰かが側に居てくれたのだろうか。ずっと一人だと思っていた自分にも……。普段は考えないようなことまで考えてしまうのは、きっと久しぶりにこんなに穏やかな時間を過ごしているからだろうとアラシヤマは思った。

「アンタの名前、ナマエやったっけ」

ナマエ、ナマエか。
心の中でつぶやく。心が温かくなるような錯覚をおぼえた。

「ま、お師匠はんに言われたことやし、アンタの面倒はワテがしっかり見たるわ」



任務から帰ってきた四人が見たのは、ソファに横になるアラシヤマとその腹の上に乗って寝るナマエの姿だった。

「嫌がっていたが、案外満更でもないようだな」

マーカーがポツリと呟く。
部屋が綺麗になってるー! とはしゃぐハーレムとロッドにナイフを投げ、マーカーはブランケットを二人にかけた。